エピローグ ~漆黒の呪縛の爪痕~
6章はあとエピローグ数話となります。
「それにしても、東方諸国かあ……皇国内や聖地絡みはこれまで多く情報を仕入れていたけれど、そっち方面はまだまだなんだよね」
「現皇王やフェルン候が暴れに暴れた相手らしいですな」
「知っているのはそれくらいだね。そもそも諸国と言ってもどんな国があるかも知らないし」
「ご安心ください、契約主様。調べ上げてありますから」
アクバーラ島の万魔殿の一室、元は図書室──書籍アイテムを管理していた部屋だ──今は書類仕事をする為の執務室で、情報を纏めてきてくれた上級悪魔から僕は東の大陸についての報告を受けていた。
この上級悪魔はリムの部下で分類的には夢魔の範疇だ。
見た目が直立した執事服を着た羊という、冗談めいた風貌だけれど、魔力を帯びた羊毛が多くの属性と物理に耐性を持つと言う何気に強力なモンスターでもあったりする。
僕が張り巡らせた情報網を管理している内の一体だ。
聖地の教会と皇国の情勢は、あの地に『門』を開いている身として依然無視できないものがある。
上級悪魔が言うには、ガイゼルリッツ皇国の東方は、小規模な都市国家や狩猟遊牧民の氏族が乱立する地域らしい。
地域内での都市国家や狩猟遊牧民同士でも激しく戦い合う土地柄と知られているが、狩猟遊牧民たちは他の地域に赴き略奪する事でも知られているそうだ。
皇国は、過去の王国時代においても他地域に比べても肥沃な穀倉地帯を抱えていたが為に、こういった部族の標的とされ過去に大きな被害を出して来た経緯がある。
だからこそ皇王として即位したヒュペリオン陛下は、東方諸国や聖地がある地峡地域を相手に戦い続ける必要があったのだとか。
「狩猟遊牧民というと、人馬みたいな感じかな? ヒャッハー! とかいって襲い掛かって来そうだね」
「……契約主様は人馬に何か嫌な思い出でも?」
「特にそういうのは無いけど……」
何故か脳内で全員モヒカンにそり上げた人馬が、旅人へ楽し気に襲い掛かる様子が思い浮かんでしまった。
その狩猟遊牧民の一氏族──ア・リタイ傑氏族というらしい──は、砦を護っていた異邦人──プレイヤーも含めてその地に居た皇国の兵を皆殺しにしたのだとか。
現地を護っていたプレイヤーは、僕のようなコンバート組では無かったようで、つまり伝説級などの高位階に至っていたことになる。
そんな彼らも含めて守備の兵は全滅したと言うのだから、東方諸国も侮れないものがある。
「フェルン領軍は、『白金の祝福』の影響で動けない分、他領が中心になっているそうで」
「あとは、現地で全滅したプレイヤーがリベンジに燃えてるらしいね。西の大陸で、関屋さんの商店街がにぎわってるらしいよ」
とはいえ、プレイヤーには復活の手段が幾つかある。
皇国が抱えている異邦人隊は、誰か彼かが倒れた際に、相互に蘇生の手段を用意するような準備をしているのだとか。
問題の砦で斃れたプレイヤーもそれを利用して復活し、対東方諸国の戦に牙を砥いでいるようだ。
プレイヤーをして斃れる様な手段を東方諸国群が持ち合わせているようだけど、一度見てしまえば対策は可能なのだろうか?
関屋さんの商店街の賑わいは、その対策に必要なアイテムなどを求めたモノなのかもしれない。
あとで関屋さんにも話を聞いてみようかな。
「とまぁ、皇国の東部地域は大荒れ模様との事ですよ」
「……ゼルも忙しそうにしてるからね。練兵だと鏡身魔の代役よりゼル本人が指導した方が兵の鍛えられ方が良いってフェルン候から伝えられてるし……」
話に上がったゼルは、操られていたとはいえ、聖地の地下で僕が乗るギガイアスに刃を向けたことを気に病んでいて酷いものだった。
何しろ、万魔殿に戻ってしばらくは、
「お館様に刃を向けるなど、あってはならぬ事! 腹を切るより御座らぬ!!」
と大騒ぎで大変だったのだ。
僕を見ていると罪悪感に押しつぶされそうになるとのことなので、罰名目でフェルン領軍でゼルグスとして活動してもらっている。
しばらく時間を置けば、頭が冷えてくれるのではないだろうか?
ここのも、気に病んでいたけれど、こちらは落ち込み方の方向性が違った。
「……主様、何度やっても狐姿になれへんの。なんでやろ?」
魔獣の姿で僕に炎を向けたせいか、狐形態になれなくなってしまったのだ。
呆然と何かが抜け落ちてしまったかのようなここのを見ていられず、僕は人の姿の時でも彼女に残った狐要素の耳や尾をひたすら撫でてメンタルケアする事になったのだけど……これは今は横に置こう。
同様に操られたマリィは、操られた時間が短かったのと殆ど僕に刃を向けることはなかった分ショックは薄く、僕と一緒にゼルやここののフォローに回る側になっていた。
一方、僕同様に大変なのはライリーさんだ。
『マズイ、メルティさんのタガが外れた!』なる連絡を同盟の仲間に送ってから、連絡が取れない。
いや、メルティさんの妹らしき何人かのメイド人形からの情報によると、ライリーさんの研究所の一室にこもって愛をひたすらに確かめ合っているとのこと。
多分とても情熱的な内容だろうから、触れてはいけないのだろう。
落ち着くまでは放置すべきと、他の同盟メンバーと全員一致で合意している。
同盟と言えば、関屋さんはほくほく顔だった。
あの地下で実戦評価をした巨牛タイプの内燃動力型の自動人形『試作型蚩尤号』が、十全に性能を発揮したのが嬉しかったらしい。
ドワーフの職人のギルラムさんも自身の戦闘能力を確認して満足したのか、試作型を量産型へ発展させるために開発に専念するようだ。
西の大陸にマイフィールドが出現してしまったプレイヤーへ、密かに撮影していた戦闘記録を見せながら売り込みをかけるつもりだと言うから、何とも商魂たくましい。
そんな事を想い返している内に、上級悪魔の話題は聖地と教会へと移っていた。
「……それで、聖地ですが、トップの教導帝の動きが活発ですな。地下の大規模崩落に伴う地震は、被害の範囲自体は狭いものの、直上の聖地への影響が甚大であったために、動くしかないのでしょうけれど」
身に覚えがあり過ぎる。
聖地の地揺れつまり大地震は、僕らがあの地下空間で大暴れした影響だろう。
去り際にあんな崩落が起きたなら、直上にある聖地に被害が出るのは必然だろうし、それについて多少なりとも罪悪感を覚えないでもない。
だとしても、あの『白金の祝福』はどうにかする必要があったし、皇国での蔓延具合と地下の森の規模を考えるとあの胞子型のナニカの苗床にされていた人々の事を考えると、あそこで止めて正解であったように思う。
なにより、悔んでも覆らないなら、今は心に留める以上の事をすべきじゃない。
自己弁護になるけれど、あの場に滅びの獣らしきモノが居た以上、何時かは衝突していた筈。
なら、今は敵方の大きな戦力である『白金の祝福』を倒せたことを喜ぶべきだろう。
なぜなら、
「わかった。教導帝と教導母の動向については、今後も重点的に調べておいて。リムが垣間見た通りなら、残る滅びの獣二体はその二人だから」
「お任せを」
教会、そして聖地には、僕達が警戒すべき、残る滅びの獣の大半が居ることになるのだから。




