第37話 ~拳王と闇払う光~
唸りを上げ迫る無数の属性を帯びた鞭、裂ぱくの気合と共に振り下ろされる雷刀。
周囲の白金の森の木々をなぎ倒し、時に『白金の騎士』さえも巻き添えにしながら叩き込まれる攻撃の数々。
だが、いずれも彼には届かない。
多条の鞭が、多方向から時間差まで添えられ彼の巨体を狙う。一撃一撃が、幾ら頑強な身体であっても打ち倒すだろう強大な破壊力と、纏った属性による致命的な状態異常を引き起こす。
必殺たる神速の振り下ろし、または神業の切り替えしからの振り上げる剣の軌道は、正確過ぎる幾何学模様めいて、幾度となく繰り返される。
しかし、標的たる彼のその身体には未だ傷一つ無い。
50mを超え、魔法装置起動時には時に60mに届くほどの巨体を持つ彼……ギガイアスは、両掌を前に軽く出すような構えのまま、攻撃の嵐の中をゆっくりと歩む。
今も大型化した九乃葉の尾が、その身を狙う。
だが、一定範囲以内に、その攻撃は届かない。
攻撃が迫るたび、前に出された両掌が一瞬ブレる
高位の位階に至り、かつ戦闘系の称号を持つ者なら、ギガイアスが何を成しているか知覚できる者も居るだろう。
弾いているのだ、この魔像は。
属性を帯び、触れただけで発生するはずの状態異常も、余りに一瞬の接触の為か、もしくは……そもそも接触すら為されていない故に、一切が無効化されていた。
唐竹割りに振り下ろされたゲーゼルグの大剣でさえ、その軌道を逸らされる。
幾らその身が神鉄を含む複数の希少魔法金属で造られており、受けや攻撃に使用される肘から先は特に頑強な造りになっているとはいえ、それを成しているのは明らかだ。
技である。
ギガイアスがアクティブに設定している称号の中、それを成し得るのはただ一つ。
<拳王>に他ならない。
各武器を扱う上で、伝説級で至るべき頂点称号は複数種類ある。
攻防に秀で、また他のNPCや大規模戦闘時に呼び出せる配下等に指導可能な聖系。
他の称号のスキルなどにデメリットをもたらすも、強力な強化と修羅系スキルを扱える修羅系。
そして、聖系の配下への指導能力や修羅系のような強化はないものの、強力なるスキルを多数扱える王系。
ゲーゼルグなどは、<元帥>の称号を持ち各種族の配下を持つために聖の称号を持つ。
それに対してギガイアスは配下を持たない。また修羅系称号のデメリットは変形時にも該当してしまうため、夜光は彼に持たせる称号に王系を選んでいた。
それが、格闘系称号の頂点の一つ、<拳王>だ。
そもそも、格闘系称号は、幾つかの戦闘スタイルを選べる。
素のままに多彩な攻撃スキルを駆使することも出来るが、この様に防御にも秀でたスタイルも存在する。
それが、複数種類の『構え』から繰り出される防御系統のスキルを中心としたタンクスタイルだ。
本来重厚な鎧や盾を装備し敵の攻撃を一手に引き付ける事で、パーティーの他のメンバーは安全に攻撃出来るタンク系統の称号を、格闘系称号は『構え』からのスキルで再現できる。
今もそうだ。
両掌を前に軽く突き出したような構えは、攻撃を一切できない代わり、物理攻撃の殆どを弾き無効化する<聖域の構え>。
この構えを取っている間は、ゆっくりとした移動しか出来ないものの、同じ位階の攻撃に対しては高確率で、それ未満の位階の攻撃に対しては100%弾きダメージや追加効果が無効化されるのだ。
ゲーゼルグの竜の吐息や、九乃葉が操る白炎でさえ、両掌が届く範囲に至ると高度な受け技術により弾き受け、逸らされて散らされてしまう。
(……流石で御座るな……!)
これには、意思だけは未だはっきりとしているゲーゼルグも舌を巻く。
己の意志に反しているものの、ゲーゼルグの剣撃は決して揺らぎが無い。
だと言うのに、振り下ろした愛剣から伝わるのは、弾かれているにも関わらず己の意志で剣筋を変えているような、奇妙な感覚。
己自身も剣の頂である<剣聖>であるからこそ、その技量と……同時にステータスの差も感じ取れた。
あの超合金魔像は、鈍重そうな見た目に反して、敏捷性や器用さにおいて、実はゲーゼルグを上回っているのだ。
だからこそ、同格でありあくまで無効化は高確率であるはずが、ここまで完璧に無効化されるに至っている。
それは九乃葉も同じであり、九乃葉は敏捷性こそ大きく上回っているものの、器用さではギガイアスに到底かなわない。
更に、ゲーゼルグらは気付く。よく見ればギガイアスの身体を覆う僅かな輝きがある事に。
(錬気、で御座るな)
(あとは、光と闇に防護の奇跡やね)
格闘系の称号持ちや、東洋系の術系で扱われる無属性の生命エネルギーの活用法『錬気』。
ギガイアスはそれを、攻撃を弾く拳に宿していた。
属性攻撃の無効化はこれにより攻撃を直接触れずに弾いていたらしい。
そして、防護の奇跡だ。
(白の放射は闇の防護で、黒の放射は光の防護で防いでいるで御座るな)
(闇の防護はリムで、光の防護はホーリィさまやね……)
元より黒い靄から逃れていたリムスティアと、ギガイアスに同乗しているらしいホーリィ。
魔王と高位司祭の守りは、それぞれに対抗する属性を効果的に退けていた。
なるほど、此れならば『白金の大樹』と『陰陽の魔獣』の遠距離攻撃に対しても対抗できるだろう。
そう思い安堵したゲーゼルグであったが、次の瞬間己の行動に息を呑んだ。
(まて、何をする気で御座るか!?)
そう思いつつも、心の深い部分では、分かっている。
安堵したが為に、自身の意思に反する己の肉体が、更なる攻撃を仕掛けようとしていることに。
今まで連続して放っていた剣戟を止め、愛剣を肩口に引き寄せる。
それは意を決し放つ最大最強の一撃だ。
「伸びよ、泰山如意神剣」
(止めよ、我が身体! それは放ってはならぬで御座る!?)
意に反して動く口が、愛剣をさらに巨大化させんとする。
本来なら、持ち主の意にこそ反応する愛剣は、この黒い靄の中の為か、持ち主の真なる意志に反して巨大化しした。
更に、その愛剣に向けて、ゲーゼルグは口を開いた。
竜の吐息だ。
本来、敵を倒すために放たれるそれを、竜武人は愛剣に向かって放つ。
すると、吐息が意志を持つように、神剣にまとわりついたのだ。
その様は、まるで龍の様。
ただでさえも強大なる剣に、竜の気さえ乗せる一撃。
その準備が、整ってしまった。
(い、嫌や! そないなこと嫌や!)
同様に、九乃葉も内心の悲鳴を強くする、
鞭のようにたなびかせていた尾を引き戻し、己の身に纏うかのように束ねていく。
その九本の尾の先端は口元に添えられ、まるで恐ろしい顎のようだ。
ガアァァァァァっ!!
顎の中心で、魔獣たる獣が、本来の口を開く。
魔獣らしく耳まで避けたような口元で、白炎が灯った。
見る間に大きくなっていく白炎は、九本の尾からも力が流れ込み、見る間に巨大な火球へと膨張する。
煌々と燃え盛る白炎球により、周囲も焼けていく。
周囲の黒い靄さえも燃やし始めたソレ。
これこそ、九乃葉が放ちうる最大最強の一撃。
全ての尾と妖狐としての狐火の力、全てを合わせる<十全たる滅炎>。
寄りにも寄って、それを愛する主に向けている事実に、九乃葉は内心で泣き叫ぶ。
(嫌あぁぁぁぁぁぁ!?)
(お逃げを、お館様!!)
同じく準備を終えたゲーゼルグの願いも虚しく、二人は必滅の攻撃を放とうとし──それを見た。
二人が強大な攻撃を放たんと動きを止めたその間に、ギガイアスもまた準備を整えていたことに。
(あれ、は……!?)
(光の、戦鎚……)
普段の白銀の金属光沢の身体を神聖なる黄金の輝きに染め、背に3対の翼、そして手に光り輝く巨大なハンマーを手にしたその姿。
そして、ギガイアスを操る彼女の声が響く。
『いっくよ~、ゼルちゃん! このちゃん! ちょっと痛いかもだけど、我慢してね~!!』
呼びかけられた二人が事態を理解する暇も無く、巨大な光のハンマーが準備された攻撃が放たれる前に双方を周囲の黒い靄ごと薙ぎ払った。




