第33話 ~二つの巨砲~
戦場に新たに参戦した影が三つ。
僕のギガイアスと、ライリーさんの魔像『伍式迅雷』、そして既に九頭状態の竜王ヴァレアスと彼女に乗るアルベルトさん。
ライリーさん達も滅びの獣やゼル達の苦戦の情報を聞いて、助けに来てくれたのだ。
僕達は、リムがまだギガイアスの機内を移動中で反撃できなかったけれど、ライリーさん達は既に何時でも戦える状況にある。
戦場となっている地下空間を確認した二人は、早々に動き出していた。
先に動いたのは、ライリーさんだ。
『近寄ると、動きを封じられるんだったな! メルティからの情報にもあったが、ならこいつはどうだ!』
周囲の白金の輝きにも劣らない、魔力の輝きを宿す神鉄の装甲が、地下世界で煌めいた。
ライリーさんの愛機『伍式迅雷』が、背後の魔法装置を作動させたのだ。
ナスルロンのフェルン侵攻の際、僕のギガイアスと戦った時には、『伍式迅雷』背中には分離して個別に行動する子機があったはず。
だけど今日は、あからさまに遠距離戦仕様と言った折り畳み式の砲塔と、如何にも何かがつまっていそうな箱状の装置がつまれていた。
その一方。折り畳み式の砲塔が、伸ばされながら肩の上、頭部の横へと移動して来る。
既に内部も稼働しているのか、精霊石の供給に伴う独特のエフェクトと波動が溢れ出していた。
そのまま『伍式迅雷』、いや、ライリーさんは、噛めると同時にその武装を作動させる。
『<複合精霊砲>、発射!!』
ヒュッ! という、高音だけが微かに響く。
次に来るのは、閃光すら発しない空気の歪みだ。
砲塔の先端から放たれたソレは、その射線上の全てを静かに崩壊させながら突き進んだ。
<複合精霊砲>というのは、複数の属性の精霊石を一気に消費して、破壊のエネルギーに変換する魔像専用だ。
射線上の物体は魔法抵抗を成功させなければ、あんな風にダメージを受ける以前に消滅してしまう、一種の即死効果を持っている。
魔法抵抗を成功させても、高倍率の魔法ダメージが発生することもあって、大規模戦闘では切り札になることも多かった武装だ。
ただし、発射には分単位に届くほどの溜め時間が必要になる。
本来ならその間無防備になるところを、即座にライリーさんが撃てたのは、転移の魔法陣を超える前、万魔殿の地下で溜め時間を済ませたから。
これは事前に話しておいた作戦だ。
後から来るライリーさん達が強力な先制攻撃を行うそのために、一番巨大で目立つ僕のギガイアスが攻撃を引き付けていたのだ。
思惑通り戦場であるこの地下空間に来た瞬間ライリーさんが放った<複合精霊砲>は、白黒二色の魔獣の触手を貫いて、背後の『白金の大樹』に突き刺さる。
苦痛を感じているのか、苦悶したように身を捩る白黒の魔獣と、大きく枝葉をざわめかせる純白の巨樹。
そこへ、更なる追い打ちが入る。
『俺達もやるぞ、ヴァレアス!』
「「「ここは空気が悪い。手早く片付けようぞ、我が友よ」」」
アルベルトさんと、その相方である九頭の竜王のヴァレアスさん。
アルベルトさんも僕と同じ人間種。『白金の呪縛』に感染する危険があるけれど、今日は普段つけている兜とは違うものを被っていて、対応しているらしい。
何でも、高高度で飛行するときの為の装備で、清浄な空気を常に供給してくれるのだとか。
それもあってか、ライリーさんが大砲を放つ間に、アルベルトさん達は地下空間の天井近くまで上昇していた。
此処までくると、『白金の祝福』の胞子からなる雲も届かない。
天井にまで届いて柱のようになっている『白金の大樹』も、高度が有り胞子流を高圧で維持出来ないのか、アルベルトさん達へ攻撃できないようだ。
つまり、二人を止められる者は、今この場に誰も居ない。
『これをやるのも久々だな……行けるか、ヴァレアス?』
「「「無論だ、我が友よ」」」
相方の返答に、ヴァレアスさんの頭の一つに乗ったアルベルトさんが、ストレージから一際巨大な槍を取り出し、構える。
あれは、竜騎士系統の称号持ちだけが装備できる、竜槍だ。
上位の称号の取得や、乗騎となる竜の位階によって成長する特性を持ち、竜騎士系の必殺スキルを使うためには必須に近い武器だと聞いている。
アルベルトさんはその竜槍を、
『いくぜ、ヴァレアス! 人竜一体だ!』
おもむろに、自分の腹部へと突き立てた。それどころか、そのままヴァレアスさんの頭部も貫いてしまう。
だけど、アルベルトさんの胴とヴァレアスさんの頭、二つを貫いて居ながら、どちらの血も一滴たりとも流れていない。
竜槍というのは、竜騎士とその竜が、己の身体を削りながら作り上げるのだという。つまり、元は両者の肉体の一部。
その為、竜槍は竜騎士とその竜を傷つける事が無く、竜槍で繋がった両者は、本当の意味で一体化するのだと。
その通りの光景が、起きようとしていた。
人竜一体の掛け声通りに、アルベルトさんの身体がヴァレアスさんの身体に沈み込んでいく。
どういう力が及んでいるのか、複数あった首もアルベルトさんが沈み込んでいく首に吸い込まれるように集まり、一つの太く強靭な首へと変わっていく。
そして遂に、その姿が現れた。
ヴァレアスさんは、素の姿だと西洋風の竜に近い姿をしている。
被膜を持つ蝙蝠に近い形態の翼と、直立も可能ながらも基本的には4つ足のフォルム。
特異な所は何本も首がある所だけれど、それすらもよくある形態だ。
だけど、今の姿は違った。
翼は健在だけれど鱗に覆われた様がまるで鷹の翼の様。むしろ首から尾まで伸びに伸びた長大な龍身のせいか、まるで目立たない。
そう、一体化した二人は、東洋の龍に近い姿へと変化していたのだ。
同時に、その身体を稲光が走る。
東洋において、龍とは気象も操る神獣だ。
特に、翼のある龍、応龍は水と嵐を操る者とされている。
元々ヴァレアスさんは竜の息で無数の属性を操っていたけれど、今はその身全てが属性を操る存在と化していた。
つまり、水と嵐だけではなく、元々竜の息で放ち得る9種の属性を自在に操る九象相応龍、それが乗り手であるアルベルトさんと一体化した今のヴァレアスさんだ。
そして、その力が現出する。
長大な龍の身体に僅かに走っていた稲妻が、一点に収束していく。
それどころか、地下である空間にもかかわらず、周囲には雷雲がいつの間にか発生して、そこからも稲光が集まっていくのだ。
全ては、いつの間にかヴァレアスさんの手に握られている巨大化した竜槍の先端に集められ、
『「「「行くぞ、<九天応元雷声普化天尊>!!!」」」』
放たれた!
カッ!!!
雷鳴! 轟音! 衝撃!
天を揺るがす様な閃光が、『白金の大樹』と『陰陽の魔獣』を貫いた。
莫大な量の電流が空気を引き裂き、連続する乾いた雷鳴が地下を揺るがす。
先に放たれたライリーさんの<複合精霊砲>と併せ、豪雨の様だった高圧の胞子砲が完全に停止するほどで、大樹や魔獣の巨体であっても、無視できない痛打になったみたいだ。
ブスブスと両者がうっすらと黒い煙を纏っていて、その身体を形作っている触手の塊が、焼き切れて黒く地面に散らばっていく。
今なら、体勢を立て直せそうだ。
「今の内に、一旦引いて!」
咳き込みながら、僕はゼル達に叫ぶ。
回避に専念していた皆だけど、この隙になら体勢を立て直せる筈……。
そう思った僕を嘲笑うように、事態は更に進む。
「ゴホッゴホッ! ……ゼル、マリィ、ここの……?」
呼びかけた仲間達の、反応が、鈍い。
今の隙なら、確かに離脱できたはずの皆が、一向に動かない。
何が起きているんだ?
戸惑う僕の視線の先、外界表示で拡大されたゼル達が、ゆっくりとこちらに向き直るのが見えた。
僕に、ギガイアスに刃を向けて。




