第30話 ~反転の呪詛~
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八つの脚を蠢かせ、『陰陽の魔獣』がゲーゼルグ達に迫る。
その身体は大型化したゲーゼルグと九乃葉をなお上回り、100mに届きそうなほどだ。
その姿を例えるなら、タコの脚を持つ巨大なイソギンチャクが近いだろうか?
『白金の大樹』で枝葉の部分であった箇所が、イソギンチャクの口とその周辺の触腕箇所になっていて、その口はゲーゼルグ達に向けられている。
接近しつつも触腕の先端から純白と漆黒の高圧放射が続けられており、ゲーゼルグと九乃葉はこれを何とか無効化しながらも、その接近に対して対処が追い付いていなかった。
「ええい! この力の減衰が厄介に過ぎるで御座る!」
「ゼルや、何か手はないのかえ!?」
放射自体は、ゲーゼルグは愛用の剣をさらに巨大化させ盾にし、九乃葉は自在に生み出せる炎──狐火の上位スキルだ──を駆使して、身体を動かせないながらも何とか防げている。
ただ、このままではあの魔獣が接近後、対処は困難だ。
無数の触腕が牙のようにも見えるあの巨大な口に人のみにされるのか、それとも巨体そのものに弾き飛ばされ防御を崩され無数の放射を浴びせられるのか?
その時だ。
「ああもう! 二人とも、小さくなって!!」
「「!?」」
後方からの叫びが、二人を動かした。
大型化を解除し、人サイズに戻ったのだ。
瞬間、後方からの声が響く。
「<緊急救出>よ!」
すると、二人の身体が後方へ弾かれた様に飛んでいく。
<緊急救出>は、アナザーアースにおける神官系称号が共通で持つスキルだ。
パーティーを組んだ仲間を、任意で自分の元へと引き寄せる効果があり、敵の範囲攻撃などに対し、逃げ遅れた者に使用して安全圏に逃す目的で使用される。
ただし、大型化しているモンスターには効果が無いため、今のように身体を縮める必要があった。
「おお、助かったで御座る!」
「二人とも、迂闊よ? こんな呪詛にまみれて……<解呪>!」
「……ああ、身体が動くわ」
二人を助けたのは、遅ればせながら森から飛び出したマリアベルだ。
『白金の大樹』周辺から、一気に森の切れ目まで二人を引き寄せると、その身を縛っていた呪詛を解く。
標的としていた者達が30mを超える巨体から小型になったせいか、『陰陽の魔獣』も誰に向かえばいいのか迷いでもしているのか、突進を止め広範囲を放射で攻撃し始めた。
それはギルラムやメルティも居る範囲も含んだ広範囲のものだが、大型化を解除し身体を縛る呪詛が無ければゲーゼルグらにとって回避は容易い。
メルティもそもそも身軽な暗殺系称号であり、大型タイプの大雑把な攻撃に当たるはずも無く、ギルラムに至っては飛来する白黒の放射を、機械人形の石化の視線が迎え撃ち長い線状の石に変えてしまっている。
幾らか余裕が出来たゲーゼルグは、マリアベルに視線を送る。
「ふむ? 呪詛で御座るか?」
「特殊な呪詛ですわ。それも、間接的な」
「どういうことや?」
「簡単に言えば、力を与えると言う付与に対して、その方向性を反転させている、と言った所ですわね」
奇跡によって呪詛を解除したマリアベルだったが、コレは彼女が<闇司祭>という奇跡を扱う神官職の称号のみならず、<呪術師>という呪詛系統の称号を持っていたからこそ気付け、対処できたのだ。
『白金の祝福』という『浸食と共に力を与える』力に対する、『反転』の呪詛。
結果、『浸食されていない者の力を奪う』力となった『漆黒の呪縛』が、ゲーゼルグらを縛っていたのだ。
本人そのものにかかっている呪いではない為、気付きにくいそれを把握し回復させ得たのは、どちらの要素にも適した称号を持つマリアベルだからこそ可能な業だった。
「呪詛は、あの黒い放射から漂っていますわ。あの黒いものに触れると、呪詛の影響を受けるようですわね」
「……我の時は、アレに切りかかった際にかかったで御座るか」
「妾は……地に落ちた飛沫にふれたようやな」
動くようになった身体に安堵し、未だ止まない放射を避けながら、ゲーゼルグと九乃葉は自分が何時呪詛にかかったか悟った。
ゲーゼルグは、大剣で大樹を切らんとした時、あの身に流れる『漆黒の呪詛』に触れ、呪われたのであり、九乃葉はそれまでゲーゼルグが防いでいた為に周囲に散らばった黒い粘液に触れてしまったために、呪詛に囚われたのだと。
「……つくづく厄介で御座るな。これでは近づけぬ」
「あの巨体に触れずに倒すんは、骨が折れるわ」
種が判れば、呪詛を避けること自体は容易い。
回避自体は人間サイズに戻った事で避けられるうえ、九乃葉の狐火のような触れずに防ぐ手段も彼らは持ち合わせている。
問題は、決定打に欠ける事だ。
遠距離からの攻撃は、ここまで大型化したゲーゼルグの竜の息が幾らか効果を為した以外、録にあの『白金の大樹』に通用していなかった。
九乃葉の劫火も、あの巨体の内部で常に胞子が流れている為か、余り効果が見られなかった。
それ以外にあの巨体に通じる攻撃というと、大型化したゲーゼルグの大剣や九乃葉の九条の尾になるだろうが、その場合呪詛に再びかかることになる。
そして、この範囲を薙ぎ払う攻撃だ。
マリアベルや九乃葉は術師系統の称号も修めており、遠距離からあの巨体に通じる大魔法も不可能ではないが、その場合は長い詠唱が伴う。所謂、溜めの時間が必要となるのだ。
この白黒の放射が続く中、足を止めて無防備になるなど、的になるも同然だ。
答えを見だせないゲーゼルグ達。状況は、膠着しつつあった。
だが、そこへ大きな変化が現れた。
「むっ、アレは……!?」
「な、何で!?」
光に満ちた地下空間に、新たな光源が生まれた。
森の一角、その上空に巨大な魔法陣が形成されたのだ。
それは、ゲーゼルグらにとっては、見慣れたもの。
しかし、この場にあってはならないもの。
彼らの主、夜光が使用する、大型モンスター用の転移魔法陣。
それが眩い輝きを伴いながら顕現していた。




