第27話 ~懶惰なる者~
3巻は昨日刊行いたしました。
手に取っていただけたら幸いです。
光に満ちたその部屋で、その者は横たわりながら顔を顰めていた。
(ああ、酷く五月蠅い……なんだと言うのだ)
広い部屋だ。壁は透明感がありながら、内から白く輝いていて部屋の中を常に照らしている。
天井は高く、むしろ見えないほど。輝く透明な壁が、遥か上方まで続いているのだ。
ただ広さに反して、そこにあるのは柔らかさそうな寝台だけだ。
如何なる材質なのか、そこで横になる者の身体をふんわりと受け止める様は、見ているだけでも最高の寝心地を予想させるものだ。
しかし寝台の主は、不快さを隠そうともしない。
今日は、酷く五月蠅いのだ。
寝台の素晴らしさでも、それをカバーしきれない。
なにしろ普段は静寂の中にあるはずのこの寝所で、騒音など本来はあり得ないはずなのだ。
少なくとも、この数千年もの間、この寝所に届くほどの音など、起きたことも無かった。
極々稀に、寝所の主以外の来訪者はあるものの、その者も静寂を妨げることはなかった。
だが、その静寂を引き裂くモノがある。
それは常人にとっては遠い地響きのような些細なものに過ぎない。
だが、この臥所の主にとっては、耐えがたい騒音そのものだった。
(まったく、目を開くなど、いつ以来のことか……)
寝台の主が目を開く。するとその部屋の一角、光り輝く壁の一角の輝きが消えうせる。
失われたのだ。寝台に寝そべったままのソレが視線を向けただけで。
目を慣らそうと言うのか、緩やかに視線を動かしているらしく、輝きを失った壁の領域が増えていく。
いや、只失われたわけではない。
まるで、周囲の輝きを吸い込んでいるかのように、輝きを失った部分がじわじわとその領域を広げて行っている。
ひとしきりその様子を見ていたらしき寝台の主が、身を起した。
──大きい。
名目上は人間と称するべきその者は、あらゆる部分が大きい、いや肥大化していた。
この広い部屋は、この者に合わせて広々と作られたのだと想起させるような大きさ。
そもそもの身長が、3mに届くかという時点で、分類としては巨人の域だろう。
現実の人類でも巨人症という身体が大型化する病気があり、記録に残る中では270cmを超える者も居たと言うが、この者はそれすらも超えていた。
ましてや、只背丈があるだけでない。
肥大化していると言っても、肥満というよりも膨れ上がっているような有様は、全身がバルーンアートの産物であるかのようだ。
しかし、そんな可愛らしい者でない事は、視線を向けただけで何らかの異常をこの部屋そのものに引き起こしている事でもうかがえた。
(……一向に収まらない、か。忌々しい……)
始めは遠くあった地響きは、今や明確に音としてこの部屋に届いている。
更には、ズズン……と、地響きの域を超え、遂には僅かな振動となって壁を揺らす程。
それは臥所の主にとって、耐えがたい事態であった。
「不快だ…………この身が動かねばならぬとは」
寝台から、その者が降り立つ。
壁と同じように床も内から輝く素材であったが、寝台から降ろされた足が触れると、そこを中心として輝きが失われていった。
それどころか足が触れた点を中心に、輝きを失った領域が一気に広がったのだ。
視線を向けただけでは起きなかったその事態。
光を失った領域は、あっという間に床を覆いつくすと、今度は壁を伝って上方遥か先にまで伝わっていく。
照明代わりの壁と床の輝きが消えたことで、この部屋は暗闇に閉ざされたかのようだ。
しかし、そうではない。
もし常人がこの部屋に居たならば、目の前で起きていることに混乱を隠せないだろう。
一切の光が失われたはずの部屋。だと言うのに、見えるのだ。
まるで、『闇に照らされている』かのように、明暗反転した視界。
それは、輝く闇か、黒い光か。
一つ明確なのは、この事態を引き起こしたのが、先ほどまで寝台で眠り続けて居たこの存在だと言う事だ。
同時に膨れていた身体が、闇が広がる程にしぼんでいく。
まるで、その身体に蓄えていたものを、放出しているかのように。
「この程度で良いか……」
しばらくして、その者は床につけていた足を上げ、再び寝台の上に寝そべった。
同時に足が触れていた点から、さっと光が広がる。
既に目も閉じているのか、あっという間に元に光に満ちた臥所へと戻っていった。
ただ、明確に違う点がある。
横になったこの臥所の主であるモノは先ほどまで膨れていた身体が幾分縮まり、部屋の一角に輝く闇の塊のようなモノが渦を巻いている事だ。
その渦へ、再び目を閉じたその存在は告げる。
「後は任せる」
「オマカセヲ、<懶惰>サマ」
闇の渦がその存在、<懶惰>に応えるが、命じた側は既に語るべきは言い終えたとばかりに、動きを止めていた。
闇の渦も、それに何かを告げる気も無く、そのままその身を床に沈めていく。
床や壁の奥、輝きを発していた正体である、『白金の祝福』の胞子流の流れに身を任せながら、黒い渦──性質を反転化させられた『白金の祝福』……いや、今となっては『暗虚の呪怨』と呼ぶべきものは、己を拡散させて行った。
主の命は、騒音の元の排除。
その為の力を、闇の渦『暗虚の呪怨』は与えられていた。
そして……
「む、アレは一体何事で御座るか!?」
同時刻。地下空間にて『白金の大樹』を目指すゲーゼルグは、目指すものの変容に驚きの声を上げた。
これまで輝く胞子を身の内に秘めていた『白金の大樹』に無数の黒い線が走ると、その圧を一気に増したのだ。
それどころか、植物然とした『白金の大樹』が、その身体に走った黒い線に操られるかのように枝を大きくざわつかせる。
「どうやら、ここにきて厄介ごとの様で御座るな」
しばらく後、無数の胞子砲や『白金の騎士』達を薙ぎ払ったゲーゼルグ達の目の前に、それが姿を現した。
『白金の祝福』と、その反転した『暗虚の呪怨』に操られる『白金の大樹』は、周囲の森の木々や苗床たる『白金の騎士』達さえも取り込み、一個の巨大な獣へと成り果てたのだった。




