第26話 ~再誕の神堂にて~
本日、拙作の『万魔の主の魔物図鑑』3巻刊行です!
手に取っていただけると、続きを出して行けるかと……加筆や詰め木様による素晴らしいイラストもありますので、どうかお願い致します。
ゲーゼルグ達が地下の巨大な空間で大立ち回りを演じていたその頃。
聖地では地下の様相をよそに、皇国が兵を引いたことで信徒たちが安どの息をこぼしていた。
あと少し皇国が迫っていたのなら、教導帝の宣言の元、神聖なる戦を宣言され、一般信徒でさえ武器を手にする事態になっていた所だ。
だが、皇国は聖地間近に迫りながらも兵を引いた。
深い事情を知らない信徒たちからすると、それはまるで唯一神の威光によるものだと思えただろう。
そう言った信徒たちは多く、聖地の聖堂群では、熱心に祈りをささげる信徒の姿があった。
そして最も信徒の集まる場が聖地にはある。
聖地の中心と言えば何処か?
その問いに答えられない信徒は居ないだろう。
聖地の中心にして世界の中心と言われる、聖アバロフスク再誕神堂。
十重二十重に聖なる回廊や聖堂で取り囲まれたそこは、唯一神教会の信徒が祈りをささげる方向にある。
神堂そのものは、ちょっとした小屋程度の大きさに過ぎないが、長い教会の歴史において信仰の在り様として聖堂に触れていた為か、摩耗して滑らかな球形に成り果てている。
元は、唯一神堂の偉大さを称える彫刻などが施されていたと伝えられているが、そのような名残は影一筋さえ残っていなかった。
聖なる名を呼ぶことなど恐れ多い唯一の神が、世界を生み出すためまず作り上げたとされるのがこの神堂の中心にある神石とされている。
だが、余りに神聖であるため、それを見る事も触れる事も許されない。
唯一神堂の中に立ち入ることを許されているのは、神意の地上での代弁者にして、他の信徒を教え導く者。
教導帝、アヴァロフ3世ただ一人である。
来るべき時に唯一神の再誕の場でもあるその地を清め正常に保つのは、信徒の頂点が自ら行わなければならない。
これこそが、決して違えてはならない神の戒めの一つ。
普段それ以外の時間は、信徒が代わる代わる礼拝に訪れ、神殿に触れ祈りをささげているのだが、正午と深夜、一日に二度の聖務において、教導帝は再誕神堂の清めを行うのだ。
その間は、神堂のある区画には誰も入れなくなるほど。
今もそうだ。
正午となり、聖務を果たさんとアヴァロフ3世がこの区画に入ると、他の上位教導者や護衛の神聖騎士団の者達、そして密かに控えさせている姿隠しの神秘者も含めて全員を人払いする。
更に、念を入れるように周囲を確認したアヴァロフ3世は、
「やあ、調子はどうかね? 相変わらずのしかめ面だから、機嫌は悪いのかな?」
神堂に入った途端に投げかけられた声に、殺意そのものの視線を向けた。
本来誰も居ないはずの場所よりの声。
他の信徒が聴いたのならば、あり得ない事態に自身の正気を疑うところだが、アヴァロフ3世は動じだにしない。
ただ、静かな怒りを募らせるだけだ。
「何をしに来た、放蕩者。この聖地にお前のような輩が立ち入るなど許されぬ。即刻立ち去れ」
「酷い言われようだ。だがまあ、遊んでいると言われても、否定はできないがね」
視線を向けた先、神堂の中は、簡素なものだ。
伝えられる限りでは、神堂の外は神を称える彫刻が彫られていたとされている。
しかしその内側は、特徴的なアーチ状に積まれた純白の石と、中央に安置された滑らかな黒石以外、何もなかった。
厳格な教導帝を揶揄う様な声の主も。
確かに声はあるのに、姿を見せない相手に、
「不心得者達を聖地に焚きつけておいて、よくも言ったものだ!」
教導帝はため込んでいた怒りを吐き捨てた。
しかし声の主は、教導帝の怒りもどこ吹く風だ。
「必要な混乱だろう? 既にかの女神は地に立った。なら、こちらの神も立ってもらわなければ、つり合いが取れない。時計の針を進めるには、戦争が一番さ」
「要らぬ真似だと言うのだ! 神は必ず立つ。だが機というものがあるのだ! 時を言うのなら、むやみな顕現こそ真なる時を損なう所以にもなりかねぬ!」
もし聖地の教会の者達が見たならば、教導帝がこうも声を荒げるとは、と驚きの声を上げるだろう。
アヴァロフ3世は常に厳格さを保ち、厳しい面持ちながら声を荒げると言う事が無い。
世の信仰の無さや皇国などの異界の力の横行などに対して、常にその不義や不徳へ怒りを募らせているのが教会の信徒や教導者たちにとって当然となる程だが、それでも信仰と冷静さを保っていたのだ。
しかし、その教導帝を以てしても、この姿なき声には、我慢ならなかったのだろう。
「そんな事を言っていいのかね? 例の地下墳墓は、いま大変なのだろう? 力を貸しても構わないが?」
「……要らぬ世話だ。墓守達が動いている」
「その墓守だが、随分と押されているようじゃないか。このままなら、不落の聖地も万が一という事もある。それは此方にとっても都合が悪い」
「不要だと言っている!!」
怒声が神堂の中の空気を揺らす。
積み上げられたアーチが僅かに揺らぎ、はらりと石片が零れる。
それほどの怒りを向けられながらも、声は引く気は無いようであった。
「なら、そっちはいいとして、これだけは送っておこう。収穫できた『種』だ。有効に使ってくれよ?」
同時に、神堂の中央に置かれた黒石から、何かが転げ落ちる。
先刻まで確かにそこには何もなかったはずが、まるで黒石から沸いたかのように出現したのだ。
それは、姿なき声が語るように、何らかの植物の種のように見える。
その様を、忌々し気に教導帝は見やる。
姿なき声は、用件は済んだとばかりに種が出現してから発せられていない。
まるで、今の今まで静寂が続いていたかのように。
「傲慢め……!」
不快怒りと共に、教導帝アヴァロフ3世は、姿なき声の主の名を口にした。
口にすることで、己の怒りを深めるかのように。




