第23話 ~霧中の真祖~
今日も何とか更新。
間に合った……
「これは……少し早まった、と言ったところですわね」
マリアベルは吸血鬼だ。
それも太陽等を克服し、真に不死と呼べる真祖である。
ましてや『白金の祝福』による光は、太陽光そのものでは無いため、この光に溢れた地下世界だろうと、十分に活動できていた。
ただ、実問題として、ダメージなどには至らなくとも、『嫌い』もしくは『不快』などと言った状態にはなる。
第一、この地は唯一神教会が神聖視する聖地の地下だ。
『白金の祝福』はアナザーアースに由来しないとはいえ、聖属性ともいうべきものを、この地の全てが帯びている。
つまり、マリアベルにとっては不快極まりない空間という事だ。
「せめて、ゼルやここのが傍に居たら、少しはましでしたのに……!」
マリアベルがそう思うのも無理はない。
竜種であるゲーゼルグや、分類的に魔獣に当たる九乃葉などは、その巨体とともに周囲に種族に由来する存在感のようなモノをまき散らしている。
それは、言うなれば竜気や妖気とでもいうもの。
巨体かつそれらを放つ仲間が傍に居る事で、聖属性の不快さもある程度緩和される面があったのだ。
しかし、散り散りになってそれぞれに森の中央の『白金の大樹』を目指し始めて、その保護下から外れたことで、マリアベルは途切れる事の無い不快感に悩まされている。
更に言うなら、『白金の騎士』達の追撃も激しい。
「っ! しつこい殿方ですこと」
縒り合された触手を紙一重で避けたマリアベルは、思わず舌打ちしそうになる。
森の他の箇所でも、そして森の上空でも激しい戦闘が繰り広げられているが、それはマリアベルも同様だ。
彼女を追って来た『白金の騎士』は両の手を超えるほどであり、また随時追加もされている。
それを捌きながら森の中を移動となると、実の所夜光のパーティーの中では一番後衛的な能力を持つマリアベルにとって、いささか手間なのだ。
マリアベルとて、吸血鬼の真祖として非常に強力な能力を持ち合わせているのだが、一応分類として聖属性を持つ『白金の騎士』達には、爪での攻撃や瞳による魅了も効きが悪い。
相手がアナザーアースの存在では無い事も、この場合悪条件だ。
同じアナザーアースのフォーマット内では、位階差はほぼ絶望的な壁となって立ちふさがる。
大上位である伝説級のマリアベルに対して、位階上限の解放を行えない存在では、まとめてかかっても決して太刀打ちできない差があるのだ。
しかし、『死の額冠』由来の『白金の騎士』達には、それが当てはまらない。
『白金の騎士』達の動き、攻撃の挙動は、アナザーアースの武術には当てはまらないものであり、そこに込められた力も異質。
マリアベルは基本的に戦闘時もローブなどの軽装であり、強力な保護の奇跡が込められた闇の神官服を愛用している。
しかしその保護の奇跡を異質な力はかいくぐろうとして来るため、純粋な服としての防護性能しか頼れないと言った有様であった。
これが、リムスティアが戦闘時身に着ける様な漆黒の金属鎧や、ゲーゼルグが生来持つ頑丈な鱗であれば話は別なのだろうが……。
つまるところ、攻防に渡って、この地はマリアベルにとって不利な条件が揃い過ぎているのだ。
だからと言って、マリアベルが劣勢かと言えば、実の所当てはまらない。
今も、何処から迂回したのか、森の行く手から3騎、追撃して来る5騎、合わせて8騎に取り囲まれそうになったのだが、
「あら、失礼しましてよ」
軽やかな声とともに、マリアベルはこれをすり抜けた。
後には、剣に槍、そしてメイスなどに変じた触手を振りおろし、結果同士討ちになっている『白金の騎士』達の姿。
騎士たちの感覚では、狙いたがわずマリアベルを打ち据えていた筈だった。
しかし、一瞬の手ごたえの無さの後、お互いの勢いを止められず、武器を手にしたままぶつかり合ったのだ。
「こうも眩しいのは好みませんけど、霧の中というのは都合がいいですわね」
吸血鬼の伝承には、その身体を霧にすると言うモノがある。
真祖であるマリアベルも、もちろん扱える能力だ。
そもそも彼女が軽装なのは、この様に霧化で攻撃をすり抜けられる特性がある為。
後衛とは言え、アナザーアースのエンドコンテンツでは、範囲を薙ぎ払う全体攻撃などありふれている。
霧になったとしても完全には無効化できないが、ダメージの軽減量はかなりのものだ。
もっとも、常に霧になり続けるのは、真祖であっても難しい。
霧になっている最中は、他のスキルの使用や移動に大きな制限がかかる。
使用するたびにスタミナを大きく消費するのもデメリットだ。
その為タイミングを見計らって変化しなければ、自分の首を絞める事となる。
だが、それは環境にも寄るのだ。
この地下空洞の中心に漂う胞子は、中央に近づくほど濃度を増し、霧のように視界に制限をかける。
森の上空はまだマシだが、高度を下げた森の中では一部濃霧と言っていいほどの領域もあるのだ。
そして、マリアベルにとって濃霧とは、最も霧化を活かせる環境となる。
消費するスタミナは大幅に軽減され、また周囲の者の感覚を狂わせ易くなる。
『白金の騎士』達の同士討ちも、コレが原因だ。
胞子に侵され感覚器もそれ由来に変質しているのにもかかわらず、マリアベルとの間合いを誤り、ほんの些細な事で同士討ちとなる。
逆に、マリアベルは幾ら霧が酷くなろうとも問題はない。
吸血鬼として蝙蝠に化身も出来る彼女だ。
光に寄らずに周囲を把握するなど、造作もない。
濃霧の中のマリアベルは、まさしく水を得た魚とまで言っていいほど、『白金の騎士』達を翻弄していた。
「先に進むほど、霧が濃くなるのも助かりますわ」
不快感に悩まされながらも、マリアベルは進めば進むほどに濃くなる胞子の霧を使用し、森の中を疾駆する。
遮ろうとする者を悉く返り討ちにしながら、吸血の姫は森の奥へ奥へと突き進んでいった。




