第19話 ~白金の閃光~
地下の空間は、30m級の大型モンスターであるゲーゼルグや九乃葉が十分に飛行できる高度を備えていた。
「ここまで広いと、まるで一つの世界の様……」
「胞子が集まって雲のようにも見えるから、なおさらね。空が岩肌だから、辛うじてここが地下だと思い出すくらいだわ」
ゲーゼルグの背に乗ったマリアベルとリムスティアは、その広さに驚きを隠せない。
高度を上げて見回せば、この地下空間は一つの国が納まりそうな程巨大な半球の構造だと知れた。
恐らくは、地上の聖地を中心として広がっているのだろう。
その中心に向かうほどに、漂う胞子は増えていく。
集まると燐光を宿すその特性により、中央部は地下だと思えないほど輝きに溢れていた。
そして、やはり目立つのはその中央。
その名の通りにどっしりと大きく枝を伸ばした大樹のような、純白の異形『白金の大樹』だ。
幹に当たる部分は、半透明の脈打つ触手の集合体であり、その中央部に樹液の流れのような胞子の循環が、大樹の枝のように見えるのだ。
循環した胞子は、広げられた枝の先端から花粉の様に放出され、周辺へとまき散らされていく。
リムスティアが雲と例えた胞子の塊は、その様にまき散らされた胞子の特に濃い部分に当たる。
地下でありながら、夜光のマイフィールドの天界にも似た光景。
天国めいた光景だが、その本質は真逆。
「あまり吸い過ぎるでないぞい。親方が言っておったが、余り濃い塊を吸い込めば、儂らとて蝕まれるやもしれんからのう」
「私の身体はマスターのモノ。胞子だとしても、許すわけにはいきませんわ」
九乃葉の背から、ゲーゼルグの背に乗る者達にも聞こえるよう声を亜張り上げるギルラムの言葉は、出発前に聞かされた関屋の懸念だ。
今の所『白金の祝福』に感染するのは人間だけ。
しかし、病とは変異して行くもの。
特に、超常の胞子が元となれば、いつモンスターにも感染するか判ったものではない。
その為、彼らはそれぞれの主から、空気属性の悪影響を無効化するアイテムを持たされていた。
アナザーアースで火山などの毒ガス地帯で活動するため用意される腕輪、『対風防御輪』の効果は、気体に近い特性の悪影響の無効化。
胞子もそれに近い特性を持っているのか、今の所彼らは胞子を吸い込まずに済んでいる。
だが、そのような防御を持たないものがどうなるか?
「……あのような姿にはなりたくありませんものね」
「ありゃあ、『白金の祝福』の末期状態じゃな! 『白金の騎士』と呼ばれておるらしいぞい!」
「何て悍ましい……!」
眼下の白い胞子に包まれた純白の菌糸の森から飛び立つ姿を確認し、メイド人形のメルティが目を細める。
勢いよく舞い上がるのは、一見したならば巨大な鳥類か、もしくは天使のように見えるだろう。
背から伸びた白い翼と、頭を取り巻く白光の輪。鎧らしきものを着こんでいるとは言え、天使に見えるのも仕方はない。
しかし、直ぐにその認識を改めるだろう。
翼に見える広げたまま羽ばたきもしないその器官は、先端から空気を噴き出すノズルのような触手の集合体だ。
その異様な翼擬きを背に備えたそれらは、翼以外は鎧を着こんだ騎士のようにも見えた。
問題は、鎧に当たる部分も、硬質化したらしき触手であろう事。
そして、ゲーム名にもなった額の高さで頭を一周する光の輪は、脳にまで胞子が侵食し、支配されている証。
その全てを自らの身体から生やした、触手人間ともいうべき存在、『白金の騎士』の集団が、ゲーゼルグらの行く手を遮ろうとしていた。
「邪魔で御座る!!」
「妾に近寄るでないわ!」
しかし、空中に轟音と閃光が走る。
ゲーゼルグの咆哮とブレスが、九乃葉の属性を帯びた巨大な尾が、空中を荒れ狂う暴威となって荒れ狂ったのだ。
『白金の騎士』は、別世界ともいえるゲーム、『死の額冠』でも後半に登場してプレイヤーを悩ませる高レベルな敵だ。
高い機動力と、強靭な防御力を誇るうえ、集団で襲ってくるこの敵に苦しめられたプレイヤーは数多い。
だが、元々の前提として、『死の額冠』は、人間サイズの主人公を操作するゲームだ。
ゲーゼルグらのような、大型化し高威力かつ広範囲を薙ぎ払う存在との交戦を考慮に入れられていない。
ましてや、遮蔽物の無い空中でわざわざ接近するなど、ゲーゼルグや九乃葉にとっては良い的でしかなかった。
だが、胞子の元となる『白金の大樹』は、既にゲーゼルグらを只の異物としてではなく、明らかな敵対者として認識したのだろう。
眼下に広がる森からは、次々と『白金の騎士』が上がってくる。
更に、
「っ! ここの、離れるで御座る! グッ!?」
「なんや!? ああっ!」
「ゼル!? ここの!?」
何かを察したゲーゼルグの警告とほぼ同時、閃光が地下空間の『空』を切り裂いたのだ。
警告があったため、どちらも直撃は免れたが、ゲーゼルグの翼の先端と、九乃葉の尾のうち一本を大きく削り取っていた。
「一体何が……アレは…なんや!?」
「…そのような力もあるで御座るか」
久々に明確に感じる、痛みをこらえ、二体の大型モンスターは、その正体を探る。
その視線の先には、天井にまで伸びた、この空間を支える大黒柱の如き『白金の大樹』がある。
よくよく見れば、伸ばされた巨大な枝の一つが、砲塔の如く二体の方向へと伸ばされていたのだ。
「今のは、あの胞子を一気に放出したの!?」
何をされたのか察したマリアベルが叫ぶ。
普段噴霧器のように胞子をまき散らす『白金の大樹』は、ホースの水を飛ばすかのように、高圧で胞子を放出することも可能なのだ。
それを聞いたギルラムが血相を変える。
「っ!! いかんぞい! 傷口を焼くのじゃ!!」
「傷口を!? って、何、あれ……」
焦った声に釣られゲーゼルグの削られた翼を見やるリムスティアが、言葉を失った。
傷口が、白化していたのだ。
いや、更によく観察したならば、白化している様に見えたのは、白い胞子の塊が粘菌のように傷口に付着し蠢いている。
それはジワリジワリと周囲を侵食しようと触腕を伸ばし、
「邪魔で御座る!!」
ゲーゼルグ自ら放ったブレスで、消し炭となって消し飛んでいだ。
「ここの方は!?」
「九乃葉様の側は、既に処置されましたわ」
九乃葉の削られた尾も同様であったが、こちらは削られた尾を炎の属性に変じる事で、既に焼き払われている。
「ですが、不味いですわね」
「おいおい、まさかじゃろう……」
「アレ全部が……?」
しかし『白金の大樹』の枝は一本ではない。
先に高圧胞子砲を放った枝以外も、大樹らしく無数にある。
その大半がゆっくりとゲーゼルグ達に向けられつつあった。
だが、既に一度見た技だ。
「これは、固まる方が危険で御座る! 皆、散って狙いをばらけさせるで御座るよ!! あの大樹の根元で合流で御座る」
「判ったわ!」
「ある程度妾とゼルめで引き付けへんとね」
「高度を下げて、霧に紛れた方が良いかもしれないわね」
「やれやれ、飛行用の自動人形を持ってきておいて正解だったわい」
「では、皆様、後ほど」
固まっていては集中砲火を浴びると見抜いたゲーゼルグらは、散らばって狙いを集中させないことを選んでいた。
夜光の仲間達は、元々全員何らかの方法で飛行が可能だ。
ギルラムも移動用の飛行可能な翼状の自動人形を背負い、メルティは何故か可憐な柄の日傘を取り出していた。
そして、彼ら六人は6方向に散らばっていく。
ゲーゼルグと九乃葉は、胞子砲の大半を相手取ろうと巨大化したまま別々に空中を駆け、マリアベルとリムスティアは完全武装で眼下の森へと突入してく。
見た目以上に力強い翼の自動人形に支えられ滑空するギルラムと、まるで滑るように日傘片手に空中を移動するメルティ。
大樹の根元を目指して、六人は『白金の騎士』を蹴散らしながら地下の空を駆けた。




