第14話 ~死世界の疫病~
「大変なことになっているみたいだね……」
「ああ、ちょいと洒落にならん」
前線から戻って来た関屋さんから、僕は報告を受けていた。
何時もの万魔殿の会議室。
前線から戻って来た関屋さんは、かなり疲れ果てているようだったけれど、それでも現地の様子を聞かせてくれている。
簡単に言えば、皇国の聖地侵攻はとん挫している。
侵攻軍に広まった疫病が、その後も収まらなかったのだ。
その為皇国は聖地近郊まで迫りながら、小規模な襲撃や衝突以外は結局本格的な戦闘も無く、皇国の軍は自領の砦まで後退している。
唯一神教会もこれを追撃しようとしたみたいだけど、アルベルトさんや皇国自体が抱えている他のプレイヤーの空輸によって素早く撤退したためか、軍事衝突までは至らなかったらしい。
だけど、皇国は現皇王が即位してから対外戦争では負け無しであったため、侵攻軍に参加した貴族の中では動揺が広がり始めているみたいだ。
『唯一神教会の聖地への侵攻など、行うべきでは無かった。疫病は神罰なのでは?』
等という話も挙がっているらしい。
そう思う者も多いほど、疫病はその後も軍の中で猛威を振るっている。
何しろ、結局ほとんどの兵がり患してしまったのだ。
程度の差はあれ、熱と激しい咳を伴う症状を殆どの兵が起こしているとなると、最早軍行動など不可能と言っていい。
侵攻軍が撤退した先の砦は、まるで病院のような有様だとか。
「それで、その病気について何か判ったの?」
「分かってるのは、位階が低い奴程症状が重いって事だ。あとは、致死率自体は思ったよりも低いな」
「そうなんですか?」
「ああ、熱や咳は酷いんだが、一時の重い症状が納まると、今度は軽い症状のまま逆に安定しやがる。そうかと思えば、また重い症状がでたり……訳がわからねえな。俺は医者や専門家じゃないから分からないが、リアルでもこんな病気聞いたことが無いぞ」
現場でドワーフの薬師達、そして要請されて送り出した医師系のNPCから話を聞いていた関屋さんが言うには、問題の病気は発症した直後に高熱と咳でろくに動けなくなるものの、数日するとそれが納まって微熱と軽い咳が延々と続くようになるらしい。
当初の高熱と咳で命を落とすケースもあったみたいだけれど、逆に言うとそのくらいの症状は季節の風邪をこじらせた際でもあり得る。
ただ、軽い症状が続いた後にまた重い症状が出てまた治まると言う、ループするような特性があるみたいだ。
「下手に死なないし、軽い症状の時は動くのも問題ないのが、逆に質が悪いな。軍全体で順繰りに何割かが行動不能であり続けてるに等しいからな。嫌がらせに特化したような病気だぞ、これは」
それに、と関屋さんは続ける。
「かかった以上、延々と体力も削られ続けるし、完治したかどうかも現状だと何とも言えんと来てる。かかり始めの重症期を凌げても、何度も続けばどうなるか。今は遠征した軍と収容した砦の中だけにとどまっているが、これが国内に広まろうものなら、コトだぞ」
軍のトップである皇王は、皇国に協力しているプレイヤーから、感染症の情報や対処法について何か聞いたのだろう。聖地への侵攻軍を砦まで撤退させた後は、他に感染が広まらないように、軍を砦にとどめ隔離している。
同時に、そういったプレイヤーから殺菌消毒の手法を聞き出しているらしく、物資の搬入など出入りする人員には入念に処置しているらしい。
そのためか、まだその砦以外でその病気が広まったと言う話は無いらしい。
「とはいえ、広まるのも時間の問題ですよね?」
「ああ、何らかの対処法を見つけない事にはな」
何しろ、未だに症状が完全に収まったと言う例が無いらしいのだ。
完治しない以上、広まり続けるのは必至。
今は皇国だけが当事者だけれど、その質の悪い病気が、僕のマイフィールドでも広まったらと考えるとゾッとする。
そんな事を考えていると、
「お? 戻ったのか、関屋」
「皆様、失礼いたします」
メルティさんを連れたライリーさんがやって来た。
「おう、どうだった?」
「送って来たサンプルを調べてるが、俺の目から見ても、アレはアナザーアースのじゃねえな」
そう、関屋さんは問題の病気の患者が咳と共に吐した血を採取して、ライリーさんに解析を依頼していたのだ。
ライリーさんは錬金術師系統の称号の最高峰、<三重至高錬金師>に調査に特化した称号の<特級鑑定士>も習得している。
僕たちの仲間の内、調査という点でライリーさんの右に出る者は居ないだろう。
そのライリーさんの言葉である以上、信ぴょう性は非常に高い。
「同時に、魔力やら呪いの線も無い。ただ、どうにも気にかかる部分もあってな」
「ああ、どういう事だ?」
「いや、俺っちはこの病気を知ってるような気がしてな。何だったか……?」
「ええ? ライリーさんってもしかしてリアルで医療関係なんですか?」
「違うぞ? だが何かこの症状、知ってる気がするんだよな。なんか、思い出せそうな気がするんだが……」
思い出せそうで、思い出せない。そんなムズムズとした不快感らしきものを抱えているのか、ライリーさんが顔を顰める。
そんな時だ。
「やっくん、こっちも調べてみたんだけど、ごめんね。判らなかったし治療もできなかったわ~」
同じく奇跡の方向で問題の病気を調べてくれていたホーリィさんがやってきた。
彼女には、アナザーアースでの治癒の奇跡で問題の病気がどうにかできないか確かめてもらっていたのだ。
だが、そんなホーリィさんの姿を見て、
「あ! それか! 『白金の祝福』だ!」
「え? 何ですか? それ?」
ライリーさんが声を上げたのだ。
得心が行ったという表情のライリーさんに、僕は首をかしげる。
「知らないか? 昔のオープンワールド死にゲーの有名どころだぞ?」
「! 『死の額冠』か?」
「ああ、あれに出てくる死病に症状も広まりっぷりもそっくりだ!」
「あ~……名前だけは聞いたことがありますけど……」
ライリーさんが言う『死の額冠』というのは、彼の言う通り有名どころの高難易度ゲームだ。
僕はやったことが無いけれど、確か死に覚え前提の高難易度ゲームだと聞いている。
そして確か……、
「開発元はアナザーアースと同じ、でしたっけ」
「ああ。その中の世界の根底の設定に関わる病気が、『白金の祝福』。あれの症状そのままだ。何なら、教会が戦力として出して来た祝福を受けた連中も、そっちそのまんまだぞ!?」
『死の額冠』は、MMORPGアナザーアースの前に、同じソフト会社は世に送り出した一大ヒット作だと聞いている。
僕は直撃世代じゃないけれど、僕の一回り上の世代では世界的にヒットしたので、恐らく僕よりも年上のライリーさんや関屋さんなら詳しいのだろう。
「だが、待てよ。だとすると拙いぞ」
「ああ、元凶が居るって事になる」
その『死の額冠』に詳しい二人が、露骨に顔を顰めた。
「どういう事ですか?」
「『白金の祝福』ってのは、本質的には病気じゃない。浸食なんだ」
「これな、実は細かい種子が肺に根付いてるのさ。それも、外宇宙の驚異とか旧支配者だかの系統の植物系のナニカが元のな」
「ええ……!? ゴホッ!ゴホ!ゴフッ!!」
二人の言う悍ましい話に、僕は思わずむせ返った。
驚いた拍子に唾が気管に入ったのか、咳が止まらない。
いや……、
「ちょ、ちょっとやっくん!?」
「おい、マジか!?」
ゴフッ! っと一際強い咳と共に、喉から溢れるものがあった。
とっさに口元を押さえた手に、濡れた感触が広がる。
「あ……え?」
見下ろした先のの僕の手は、真っ赤に染まっていた。




