第11話 ~教会領戦線 その7~
それに気が付いたのは、一人の職人であった。
「親方、ちょいと来てくれんかのう」
「ああ、どうした?」
唯一神教会の地下強襲部隊に対抗するため、前線までやって来た、関屋率いるドワーフの職人部隊。
彼らは元々職人、つまり生産職の称号を持ち合わせているが、同時にそれぞれの得意分野での採集称号も持ち合わせている。
服飾などの職人であれば、糸や布の元となる繊維を栽培する農夫や養蚕の称号を。
ポーション等を生成する薬術系の職人であれば、薬草などの栽培や、希少生物の捕獲や解体を行う猟師の称号を。
そして、鍛冶師ならば、鍛えるべき金属の元となる採掘師の称号を。
特に今回、前線にやって来たのは、鍛冶師兼採掘師の称号を習得していた職人たちだ。
同時に、ドワーフはその源流からして、大地の妖精であり、地下の異常を正確に察知できる。
その為、唯一神教会が差し向けた地下の襲撃部隊は、悉く彼らの手で撃破され、捕らえられ、ゲーゼルグを通してフェルン領軍に引き渡されていた。
そもそも、普通の人間に暗闇を見通す目や些細な音も聞き分ける耳、多少の不整地を踏破する足を与えたところで、あくまでも付け焼刃に過ぎない。
例えるなら、足ヒレとシュノーケルやボンベを担いで水中に潜るようなモノだ。
通常の人間では不可能な水中での挙動や、活動期間の延長は図れるものの、あくまでそれらは補助具に過ぎない。
地下を取り巻く岩やそれらを司る地の精霊と親類付き合いしているドワーフの場合、先の例えで言うなら自在にそして高速で水中を泳ぐ魚類が当てはまるだろう。
つまり、ステージが違うのだ。
おまけに商店街の職人たちは、前線に赴くにあたって装備面でも万全を期していた。
夜光のマイフィールドに居るドワーフ達が開発した戦闘用の自動人形や、大地の精霊を使役する魔道具など。
これらは、復活魔法があるとはいえ彼らに降りかかる危険を幾らか軽減させたいと言う、関屋の意思にも寄るものだった。
もちろん、戦士系統の称号を習得したために、職人たちは軒並み重戦士ともいうべき分厚い金属鎧を身に着けているため、速度と隠密性を重視した唯一神教会の奇襲部隊では傷一つ付けられない有様。
そして職人たちが振るうのは、使い慣れたハンマーと比較的近い戦闘用ハンマーやメイスだ。
根本的な位階差もあり、そして狭い地下道では小柄なドワーフ達の方が自由に動けることもあり、結果奇襲部隊や、その後にやって来た何やらアナザーアースとは別系統らしき『奇跡』の使い手らは、職人達と相対してもろくに対抗できず、打倒された。
逃げようとした者らも、岩盤と一体化し音も無く移動する大地の精霊や人らしい音を立てない自動人形から逃げられなかったのだ。
余談ながら、遠隔視の魔術らしき干渉も、彼らの周囲の岩盤に一体化した大地の精霊たちに寄り、妨害されていた。
その為、唯一神教会側も何が起きているのか把握できず、教会側の混乱に拍車をかける事となっている。
そんな順調さで皇国軍への地下からの襲撃を防いだドワーフの職人達であり、今は襲撃の頻度も収まった為に最前線から一旦距離を取り、休息していた所に、先の職人の声だ。
関屋は何事かと声を発した職人のもとに向かうと、難しい顔をした職人が、地面を睨んでいた。
「おう、どうした? 足元がどうかしたか?」
「いや、そうではないのう。親方、もっと下じゃ」
「ああん? どういうこった?」
関屋も、ドワーフで職人ではあるが、あくまで製造に特化した称号構成になっている。
その為、鉱石の良し悪しなどの判別は出来るが、鉱脈や地下への見識はさほど詳しくない。
それに対してこの職人は、貴金属を扱う彫金師であり精霊を使った鉱脈探しなどもこなせる鉱山のスペシャリストだ。
その為プレイヤーの関屋よりも地下に対しての知見が深い。
「恐らくじゃが、かなり下の方にもっとデカい洞窟があるのう」
「……精霊が知らせたか?」
「そうじゃ。ここまで来たんじゃし、鉱脈でも探すかのと、地の精霊に頼んだんじゃがの、どうにもある深さ以上に潜れんようなのじゃ」
その職人のいう事には、最前線からこの休息している空間の下に至るまで、広大な空間が広がっているのだと。
その空間を嫌がり、地の精霊が避けているのだと。
「……いや、だがあり得るのか? そんな空洞が」
「あの儂らが殴り倒した連中が言うとった、奇跡やら神秘やらが絡んでおるのかもしれんのう」
職人の言葉に、関屋は顔を顰めた。
最前線、つまり唯一神教会の奇襲部隊とやり合っていたのは、この休息可能な空間から数キロは離れている。
更に直線では無く道中は地下の亀裂や厚い岩盤を避け掘られた地下道だ。
その為大きくうねり、一定ではない。
その全てを覆うほど巨大な地下の空洞など、どう考えても尋常なモノではない。
「こいつは、夜光にも知らせておくべきかもしれんな……そもそも、この世界で初めに造られた場所ってのが胡散臭い以上、聖地ってのは何かある筈だ」
聖地には、断片的なモノを集めただけでも、夜光らがその存在に疑念を持つのに十分な情報が揃っていた。
そんな場所の地下に、巨大な空洞がある。
何かあると思うのが自然だろう。
だが、関屋の思考を遮るように、新たな声が上がる。
「親方、大変だ! こっち来てくれ!!」
「ああ!? 何だってんだ一体!? ちょっと待っていろ」
ドワーフの職人の中でも若く、また身に着けた戦闘系称号が斥候系であったため連絡役を買って出ていた物の声だ。
顔を顰めながら応じた関屋だが、向かった先で驚愕することになる。
「お呼び立てして申し訳ないで御座る、関屋殿」
「おい、お前さんが此処に来るたあ、どういう事だ!? それにその姿は…!」
そこに居たのは、皇国はフェルン領軍を現在取り仕切る、ゼルグスことゲーゼルグだったのだ。
それも人化の護符を外し、本来の竜人の姿となって。
「兵らは、今は使えぬ故、直接我が。この姿は、この方が速いから、で御座るな」
ドワーフの職人たちとゲーゼルグが統率するフェルン領軍は、ここまで捕虜とした奇襲部隊の身柄の引き渡しなどでやり取りをしていた。
しかし、一軍の将となっているゲーゼルグはここまで関屋らとは直接やり取りせず、配下の兵達に身柄の引き渡しや情報のやり取りを行っていたのだ。
だというのに、本人が直接ここにきている。
それも、少しの時間を惜しんだのか、洞窟内で飛べる範疇はその翼で飛ぶために、あえて本来の姿をさらすまでしていた。
いっそわかりやすいほどに、異常が発生した証左であった。
「お館様にもお伝えしたので御座るが、急ぎ知恵を貸していただきたい事態になったので御座る!」
「知恵? どういうこった?」
「遠征軍にて、正体不明の病が蔓延し始めたので御座る!」
□
その異常はある時、突然広まった。
侵攻する皇国軍、その大半を形成する一般兵達が、突如倒れだしたのだ。
教会の襲撃部隊の脅威が落ち着き、それ以外の聖地からの兵も途切れ、緊張が途切れていた兵達に襲った災禍は、明らかに何らかの疫病だと思わせるものであった。
高熱に吐血を伴う咳。それらの症状により、兵の大半は行動不能に陥っている。
このため、皇国の聖地侵攻軍は混乱に覆われ、進軍は停滞を余儀なくされていた。
先鋒であるフェルン領軍も例外ではない。
騎士などの階級の高い者は不思議とかからなかったものの、殆どの一般兵は全滅に近い様相だ。
ただでさえ集団で行動する軍が、一昼夜に近いごく短い間にこのような状況に陥るという異常事態。
ゲーゼルグも夜光に一報を入れたものの、それだけでは足らぬと付近に居る関屋そしてドワーフの職人たちに助けを求めたのだ。
「戦地である以上、何時聖地のものからの襲撃が有るか判らぬで御座る。そして今襲われれば、皇国軍は容易く蹴散らされるで御座ろう。それはお館様もお望みでは御座らぬ。また関屋殿率いる職人であれば、薬学や病について知見を持つ者もあるやもしれぬ、そう思い立った次第で御座る」
「……確かに、ちょいと洒落になってないみたいだな。となると、ここは引くしかないか」
「かたじけないで御座る……」
関屋もただならぬ状況を察し、職人たちと共にフェルン領軍の元へ向かう事を決める。
慌ただしく荷物を纏める職人達と、関屋。
その後彼らは、フェルン領軍内にて、奔走することになるのだが……それは、聖地の軍の反撃の先駆けに過ぎなかったのである。




