第06話 ~教会領戦線 その2~
闇の中を、駆ける者達が居た。
全員が履く靴の裏に張り付けられた毛皮が、反響しやすい岩壁に囲まれた中にあっても足音を消している。
そこは、通路だった。
入り組み、人が数人並んで通れるかどうかという、狭く天井も低いそこは、洞窟の様。
ほんの些細な手持ちの灯篭の明かりを頼りに、その集団は通路を進む。
僅かに照らされた壁は、明らかに人の手で整えられていた。
狭い通路では、本来音の反響が顕著のはずだが、訓練されたこの男たちは微細な音もたてず、微かな空気の揺れだけがその存在の証明を為す。
「…………」
やがて、その一行は、とある行き止まりにたどり着く。
どうやら、岩のようなモノが行く手を塞いでいるらしい。
しかし、先頭を進んでいた者がその岩に手をかざすと、その岩の存在がどこか希薄になった。
それを確認した先頭の者は、岩に向かって手を伸ばす。
するとどういう事だろう、まるで水面であるかのように、先頭の者の身体が岩を素通りしていく。
後続の者たちも、先頭の者に倣って岩を潜り抜けていった。
しばらくして、そこそこに人数が居たその一行は全員希薄となった岩を通り抜けた。
その先にあるのは、切り立った崖と深い谷間に挟まれた街道、そこを上から見下ろせる高台だった。
同時に、丁度その街道を、無数の荷駄と兵が歩いて行く。
それを確認して、男たちは持っていた武器を取り出す。
弓矢に投げ槍。重篤な症状を引き起こす毒液や、爆発を引き起こす魔法薬。更には魔力を滲ませる魔道具まで。
それらを構え、人影達──唯一神教会の奇襲部隊は、眼下で行軍するガイゼルリッツ皇国軍に向かい、それらを投げつけた。
たちまち、悲鳴と怒声、混乱の声が眼下で上がる。
その結果を見もせず、奇襲部隊は間近にあった岩壁へと身をひるがえす。
「くっ、また逃げられたのか!? 一体どこに隠れて……」
しばらく後、皇国の兵がこの岩棚にたどり着くも、既にそこには誰も居らず。
「…!? いかん、逃げろ!!!」
「駄目です!、逃げられ」
巻き起こる、爆発!
多くの瓦礫を眼下の街道に振らせながら、皇国が追手として放った部隊を吹き飛ばす。
結果、爆発性の置き土産により、皇国の先発部隊は、無視しえない被害を被るのだった。
□
「シュラート閣下、現状の行軍における脅威は何であると考えておられるで御座るか?」
天幕の中、軍机上の周辺地図を挟み、傭兵姿のゲーゼルグは現状の名目上の主君に問いかけた。
異邦人、つまりプレイヤーの手による地図は、上空から直接地形を確認して作り上げられたものだ。
複雑で迷路じみた地形が、それにより丸裸にされているのだが、この様な地図があっても、ここまで皇国の軍は地峡地域をろくに進軍できていない。
「問題なら、幾つか存在しているが、既に解消した。墜ちた橋、行軍に向かぬ隘路、不明な地形……このすべて、異邦人の力によってな。しかし、脅威となると話が違う」
地図には、此処まで行軍してきた道のりが、線として書き加えられている。その工程の幾つかで、×印が添えられていた。
「何処からか現れる、奇襲部隊。脅威というのならば、コレだ。上空での索敵すらかいくぐる、これらこそ脅威に他ならない」
「左様で御座るな」
×の位置は、これまで戦闘があった個所だ。
入りくねった道の死角から、対岸の岩の影から、切り立った崖の上方から、唯一神教会は執拗な奇襲を繰り返したのだ。
同時に攻撃した後はすぐさま撤退し、異邦人の協力者をもってしても、姿を追いきれなかったという。
その神出鬼没さから、教会の抱える『奇跡』を駆使しているのではと疑われたほどだ。
実際、行軍に際して飛行可能な乗騎による異邦人の偵察は密に行われており、山地で死角は多いとはいえ、部隊単位の移動は接近される前に気付けるはず。
更に言うなら、ここまで先陣を務めていたのは、皇国南方のナスルロンの貴族たちだ。
かの地はこの大陸地峡地帯のように山地であり、山岳と谷間で構成される地形には慣れているはずだった。
それが、これまでほぼ一方的に奇襲を受け続けて居る。
まさしく、この地の脅威と言えるだろう。
これから先陣を切って行軍するフェルン領軍として、警戒すべき相手だ。
しかし、フェルン候は心配した様子もない。
脅威と認識していながら、既に終わった事のように軍机の向こう側に居るゲーゼルグを見る。
「だが、余が見出した将軍であるならば、この程度の奇襲、造作もなく見抜くのであろう?」
「いや、我は何もせぬで御座るよ?」
「何?」
だが、あっさりと告げられた言葉に、シュラートは眉根を寄せた。
フェルン候も、軍にまつわる称号を持つため、そういった奇襲などに対する知覚の補正等が存在していると知っている。
そして目の前の傭兵の姿をした戦士が、己以上に軍の扱いと行軍に対して力を振るえることも。
その男が、何もしないとはどういう事か?
「確かに、奇襲等は受けぬで御座るが……なにも、奇襲を受けるまで待たずとも好いので御座る」
思わず問いただそうとするシュラートに対して、ゲーゼルグは案ずるなとばかりに言葉をつづけた。
同時に、傭兵姿の竜王は地図へ新たな線を書き込んでいく。
「それは……奴らのみが使う、通路の様なものか?」
「左様。この地は、目に見えぬ部分も要塞と化していると言う事で御座るよ。これらの線は、岩盤の中をくり抜いた通路で御座る」
「奇跡とやらを使って姿を隠しているかと思えば、斯様な手を使って居たか……」
「この通路への出入りはあれらの言う、『奇跡』とやらが必要の様で御座るな」
入り組んだ迷路をあちこちで結んだ、地下通路。
天然の洞窟と、人工の坑道を組み合わせたような複雑なそれは、これまで皇国が行軍してきた経路、そして奇襲を受けた×印と完全に合致していた。
「ふむ、通路については判った。しかし、ここまでわかっていて、何もしないとはどういう事だ?」
「大した話では御座らぬ。ただの役割分担で御座る」
こうまで詳細な情報を得て居ながら、何もしない。その理由をゲーゼルグはあっさりと明かす。
「既にこの通路を調べ上げた者が、動いているで御座るよ。故に、我が今から何をするまでも無いので御座る」
「……ほう? それは、何者だ? お前の同類か?」
片眉を上げるフェルン候に、ゲーゼルグが不敵な笑みを返した。
「少し違うで御座るが……遠からずで御座る」
次巻執筆作業に取り掛かっていて、少し更新が魔のみしてしまう見込みです。
……惑星ルビコン3が呼んでいるのにも耐えなければ……
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