第05話 ~教会領戦線 その1~
ガイゼルリッツ皇国があるセダン央大陸の南方は、険しい山地が続く。
ナスルロン地方が位置するナスルロン山地がそれだ。
内海諸国群が位置する内海沿岸は、その南側の沿岸部であり、険しい山地は両国の国境でもある。
その山地を東方に向かい進むと、緩やかに南東向きに山麗が続くと同時に、標高と険しさを下げていく。
そうやって山脈から高地と言える様な地形になったあたりが、セダン央大陸南東部にして三つの大陸の交差点、大陸地峡部だ。
一面に荒地が広がる高地と深い谷、時折障害の様に立ちふさがる山が、この地を特徴的な地域に変えていた。
入りくねった谷間に沿うような形で作られた街道以外の通行は困難であり、また平地が限られている為農業も行い難いこの地は、本来ならだれも見向きしないであろう難治の地だ。
三大陸の交通の要所でありながら外敵を拒み続けた一因は明らかにソレであろう。
しかし、この地の中心地、ごくわずかな谷の回廊を抜けたそこは別だ。
高地の中にあって唯一の盆地。
それも小国一つ丸々収まるそこは、緑豊かな大地である。
複数の水源が流れ込み、また出ていくそこは、周囲の荒地に反して肥沃であり、まさしく祝福されているかのよう。
この地こそ、聖地。
唯一神教会が祝福された地、約束の地、世界の始まりの地と認定したのも無理からぬ、理想の地であった。
同時に、谷間の街道の交流点でもある此処は、本来ならば隊商行きかう交易都市になっているべき地だろう。
しかし、この地を支配する唯一神教会は、この地への他国の者の侵入を強く拒み、未だこの地に足を踏み入れる事を許された他国人は皆無である。
大陸の要衝としての交易都市は、内海諸国群などが支配する沿岸部などに存在するにとどまっていた。
このような立地であるため、聖地への侵攻は困難を極める。
ただでさえ迷路じみている谷間の街道は、つり橋の切断や水計、上方からの落石の封鎖などに極端に弱く、他国の軍による行軍を深刻に妨げるのだ。
また入り組んだ隘路を熟知した教会の部隊は、そこを行く敵軍を縦横に奇襲し、深刻な出血を強いる。
その上で、唯一神教会固有の神秘、所謂『奇跡』が、侵略者に襲い来るのだ。
まさしく天然の要害、難攻不落の自然要塞というにふさわしい。
だが、世に絶対と言うモノは無く、常軌を逸した力は、教会の『奇跡』だけではない。
『門』の中の力を手にした皇国の軍勢が、今まさにその攻略困難な難攻不落の地に迫っていたのだ。
□
大陸地峡部へ数日分ほど行軍した野営地。
その天幕にて、フェルン候の軍の中枢たる数人が、軍議を行っていた。
フェルン候シュラート、フェルン正騎士団団長ラウガンド、そして外征将軍に任じられた元傭兵にして新将軍ゼルグス。
他に文官数人が控える中、周辺の簡易地図を囲んだ三人は、今後の行軍について話し合っていた。
「ふうむ、聞きしに勝るとはこのことで御座るなぁ」
「お前でもそう思うか、ゼルグス……いや、今のお前は違うのだったか?」
迷路じみた谷間の道と、合間の荒地に行軍の難しさを改めて実感するゼルグスに、フェルン候は意味ありげに片眉を上げた。
「この姿の時は、ゼルグスで御座るよ。閣下を支えし、新将軍で御座る」
「……それでよいのか?」
「無論で御座るよ」
その揶揄に、ゼルグスは……いや、ゲーゼルグは動じずに流す。
そう、この場に居るのは、ゲーゼルグの人化した姿であるゼルグスに成り代わった上位鏡魔ではない。
人化しているものの、この場に居るのはゲーゼルグ本人であった。
夜光が悪魔系モンスターに経験を積ませ、マイフィールドを国家として運営するための人材を作り上げようとする動きは、次の段階に入っていた。
夜光ら同盟に所属するプレイヤー数人とのやり取りの末、外に出しても問題無さそうだと判断されたモンスター達を、積極的に皇国に関わらせて、更なる経験を積ませようと言うのだ。
それは悪魔系だけでなく、他の知性が高く人に偽装しやすい者たちも含まれている。
そして、向かわせる先……つまり皇国と、交渉が行われたのだ。
会談すべきは、夜光らのマイフィールドに続く『門』が存在する、フェルン領の支配者、そして皇王。
既にフェルン候と皇王とは皇都で顔合わせをしていただけに、それらは幾らかの混乱を含みながら、成功の内に終わったのだ。
そして、幾つかの条約が、夜光らの同盟と密かに結ばれた。
豊富な生産力を誇る夜光らのマイフィールドとの交流が、始まりつつあるのだ。
その条件の一つが、皇国やフェルン領が外征を行う際の戦力の供与。
それは幾つかの要綱に及び、その一つが普段上級鏡魔に代役させているゼルグスを、ゲーゼルグが行うと言うモノだったのだ。
ほんのしばらく前までは、夜光達同盟が西方大陸で狂った世界樹の対応を行って居た為、皇国の教会領への報復戦争の開始当初から参加する事叶わなかったが、ここにきて合流したのだ。
そして現状を確認した上で漏らしたのが、先の感想であった。
「谷間の街道は隘路過ぎ、野営地もろくに作り上げられず、橋が落とされた故に対岸に渡るも困難。皇国は大軍で御座る故、帰って身動きできず、と……所謂異邦人部隊が居らなんだら、詰んでいると言わざるを得ぬで御座るなぁ」
実際、ゲーゼルグが言うように、皇国はこれまで攻めあぐねている。
切り立った崖に沿うように作られた街道は、大軍を動かすには全く向いていないのだ。
この地に入り込んで数日とは言うが、距離にしてどれほど入り込んだと言えるやら。
少なくとも聖地は未だ遥か彼方にあると言って良かった。
それでも今の所兵が大して失われていないのは、皇国に協力すると決めた異邦人、つまりプレイヤーたちの働きが大きい。
大量に物資が入る魔法の袋に、大軍が通行困難な道を広げ、また落とされた橋を瞬時にかけ直すと言った補助的な働きから、密かに忍び寄っていた教会領軍の奇襲部隊への対処など、その存在が無ければすでに深刻な被害が出ていた事だろう。
更に、切り立った崖に巨大な穴をあけ、中に堅牢な野営地を瞬時に作り出すなど、その働きは縦横無尽。
更には今覗き込んでいる簡易的な地図を上空からの観測により書き上げるなど、多大な貢献をしていた。
ただ、多くのプレイヤーは直接の戦闘は避ける方向にあり、先の奇襲部隊の迎撃もプレイヤー自身ではなく、その召喚モンスターや、フェルン候や皇王のような強化された現地の戦士によるものが多かったのだが。
「千年不可侵の聖地は伊達ではないと言う事だ」
「で、御座るなぁ……しかし、それも此処までで御座る」
今回の報復戦争において、先方を務めていたのは、南部ナスルロンの貴族の軍だ。
街道を誰よりも先に進み、その先の情報を伝える役目であるが、勿論それは多大な危険が伴う。
皇王直属の異邦人部隊に関しても、先のナスルロン連合によるフェルン領侵攻が影響しているのか、あまり手を借りようとしない。
その為皇国軍の中にあって唯一被害を出していた。
そして被害の大きさから、先方をこれ以上任せるのは困難として、代わりに明日より前衛を務める事となるのが、ゼルグス率いる先行部隊なのだった。




