第02話 ~女神の来訪 その2~
「え? 外? 外に世界があるのはしってるけど? 詳しくだなんて知らないよ?」
「使えないな!?」
だから、あっけらかんと外の世界について言い放った彼女に、思わず暴言を吐いてしまった僕は、悪くないはずだ。
「仕方ないじゃない! 創造神って言っても全知全能じゃないのよ! むしろ創造と生み出した物以外にまで手は回らないわ!」
「何だか情けないセリフを聞かされた気がする」
でも言いたい事はわかる。
僕だって、自分が作ったマイフィールドの事はわかっても、他のプレイヤーが作ったマイフィールドはサッパリだ。
むしろ詳しくわかる方が怖いだろう。
そう思うと、納得があると同時に、軽い失望も覚える。
外の世界について、しいては元の世界に戻る手段について、手がかりが得られると思ったのに。
そんな僕の想いを感じたのか、アンナ神は頬を膨らませた。
「だって仕方ないじゃない! 私って創造神だけど大本そのものじゃないもの! それに目が覚めたばかりだし、何だか調子も出ないから本領も発揮できないし……」
割と情けない事を言い出す創造神。
ますます自称感が強くなってくる。
「じゃあ、僕ら<プレイヤー>が意思を持ってここにいるのは?」
「う~ん、それは何だかわかる気もするけど、なんかこう、はっきり思い出せないのよね。大本の私じゃないからかしら?」
「……僕の期待を、ドキドキを返してください、お願いします」
「泣くほど!?」
いや、泣きたくもなる。せっかく見つけたとおもった手がかりがやってきたと思ったら、スカだったとか、泣くしかないじゃないか。
結構本気で涙を流したせいか、アンナ神は慌てたように言い訳を重ねてきた。
「それに、目覚めてからはこの島をゆっくり見させてもらっていたから、本当に外の事って良く解らないのよね」
「見回っていた? 僕の島を?」
「ええ、とってもいい所ね、この島。私の子供たちの為に、こんなにも住みやすい場所を作ってくれたって、感心しちゃった」
「……その口ぶりだと、全部の地域を回った?」
「ええ、だって目覚めてから時間があり余っていたのよね」
そもそも彼女アンナが目覚めたのは、丁度僕らが皇都に出向いた頃であるらしい。
神々と大魔王達に分けられていた彼女の種的な何かが、一通り僕のマイフィールドに揃って、彼女の再生が始まったのが、ナスルロン連合の侵攻の頃だと言うのだから始まりはかなり前のことになる。
そして、そのどちらの時期も僕は忙しく、マイフィールド内はほぼ放置状態だった。
どおりで、今の今まで彼女の存在を僕は全く感知できなかったわけだ。
「初めは、ハーちゃんの所で夜光くんが帰ってくるのを待とうかとも思ったんだけどね。暫く戻って来なさそうって聞いたから、色々見てみようかなって。そうしたら、ハーちゃんがグレンちゃんとラーグちゃんを呼んでくれてね。夜光くんの島は危ない場所もあるから、護衛だって」
なるほど、それで巨人の里の長と竜の長老が引率者みたいに傍にいたのか。
「実際面白かったわ。私の世界の各地を再現してくれて、そこに住む子達を保護してくれて。此処の子達は、あんなに元気そうなんだもの、偉いわ」
そんな風にして、僕のアクバーラ島を見回っていたアンナは、何度かマイフィールドに戻った僕とは中々鉢合わせず、結局今日まで会見が延び延びになってしまっていたのだとか。
「それで、ようやく会いに来た、と?」
「そういう事! 私って相手の予定もちゃんと調べられる立派な女神よね~。自画自賛しちゃう」
「威厳は無さそうですけど」
それにしても、この自称創造神、言動が軽い。
威厳が欠片もなさすぎて、どうにも扱いが雑になってしまいそうだ。
というか、外の事とかの情報も持たないのなら、本当に雑に扱って良いのでは?
この辺りのノリは、ホーリィさんの担当でそこに要員を足す必要を感じない。
「何か失礼な事考えている気がする〜」
(……案外鋭いなあ)
ジト目で見てくるアンナ神をスルーしつつ、僕は彼女の処遇を考える。
彼女が創造神の分霊なのは間違いないのだろう。
それは、その動向や安全を七曜神から気にかけられている事からも明らかだ。
同時に、肩書に反して力はさほど無さそう。
そこまで考えて、ふと疑問が浮かんだ。
「ところで、なんで僕に会いに来たんですか? 挨拶だけ? 創造神だと自慢したいから?」
「違うよ!? ちゃんとした理由があるからね!? 私の扱い雑過ぎない!?」
プンスカと怒る彼女は、懐から幾つかの透明な立方体を取り出した。
大き目のサイコロのようにも見えるそれらの中には、小指の先ほどの脈動するような光を放つナニカが収まっている。
「それは……?」
「これは、種だよ。多分、私が自分を遺すために作ったものと、同じ様な物。これを渡すのと、警告に、ね」
心臓鼓動のような明暗を繰り返すそれは、見ていると不安を掻き立てられる。
これが種だというのなら、そこから生まれてくるのはどんな存在なのだろう?
じっと見つめていると、意識に浮かぶ情報ウィンドウに、その名が浮かんだ。
<大罪の種>
だけど、他の情報の一切はわからない。
説明文もなく、ただ不規則な文字列が並んでいるだけだ。
その不気味さに、背筋を冷たいものが走った。
「こんなもの、どこで……」
「これはね、夜光くんの世界を見て回っている途中で見つけたの。暴れている子をグレンちゃんが仕置きしたときに出てきたりしてね」
なんとなく、予感のあった答えを、アンナ神が突き付けてくる。
彼女が目覚めてから過ごしてきたのは僕の世界の中だけだ。
生まれたときに既に持っていない限りは、手に入れる機会は僕の世界の中でしかない。
「今はこうして私の力で包んで封印しているけど、そのままだと色んな子たちの体の中に入り込むみたいでね。普段は何ともないみたいだけど、何かあると暴れだすみたいなのよ」
彼女が初めてこの大罪の種を手にしたのは、アクバーラ島の北で暴れていたモンスターを倒したときらしい。
グレンダジムが無事倒し封印したは良いけれど、その際に暴れていたモンスターからこれが抜け出て、グレンダジムやラーグスーヤの身体に潜り込もうとしたのだとか。
慌ててアンナ神が極小の封印を作り出して対処したものの、もしそのままだったら七曜神級のモンスターが暴れまわるという深刻な事態になっていたかもしれなかっただろう。
「僕のマイフィールドで、そんなことが来ていたなんて」
「へへん! 感謝してもいいのよ?」
(本当にすごいし助かったけど、本神のキャラで台無しだ……)
どや顔を浮かべるアンナ神をスルーしつつ、そういえばと僕は思い起こす。
西方大陸に実体化した無数のマイフィールドの中で、暴走したような挙動をするモンスターの事例が何件もあった。
その中には、本来暴れださないような種類のモンスターもいて、疑問に思っていたんだ。
もしその原因がこの<大罪の種>の影響だというのなら、そういった事例にも説明がつく。
同時に、僕のマイフィールで、これが既に幾つも存在していたという事実に、戦慄を隠せない。
「あとは、願いかな」
「お願い?」
目の前の情報を飲み込もうと思案する僕に、アンナ神はそう告げてきた。
「そそ。お願い。だけど、今すぐにじゃなくていいわ。もうすぐ夜光くんは忙しくなるみたいだし」
「? それってどういう……」
何かを言いかけたアンナ神をいぶかしむけれど、その答えはすぐにやってきた。
同盟の皆のマイフィールドに押し寄せる邪樹翁の群れの知らせ。
この後僕は、アンナ神が告げたようにその対処に追われ、忙殺されることになるのだった。




