プロローグ 堕ちし世界樹 その6
「地脈の歪められた流れが、止まったわ。契約主が事を為してくれたようですね」
そう告げたのは、白銀を思わせる戦装束に身を包んだ女性だった。
本来ならば白地に金の刺繍の入った薄絹の聖なる衣で包容力のある身体を包む彼女は、聖名をアル・カーラギア。
七曜神の一角、大地を司る地母神だ。
その周囲には、同様の戦装束に身を包んだ地母神に仕える天使や亜神の数々が、戦意をたぎらせていた。
何より、彼女の傍に控えた者がいる。
「なら、こっちもお仕事しないとね~」
あえて言うなら神々の使う金床。人が扱うことなど考えていないような柄のついた鉄塊を構え、聖なる鎧に身を包んだ若き女教皇。
夜光の現実での幼馴染にして、<潰し屋聖女>の異名を持つ殴りヒーラー兼タンクのホーリィが見据えるのは、天を突きそうな山脈だった。
ここは、夜光のマイフィールドの西に浮かぶ大陸、その南北を走る山脈の麓。
あの山脈はマイフィールドの地形を山岳などに設定したプレイヤーのマイフィールドの集合体である。
此処に集ったのは、夜光や他のプレイヤーがテイムした大地に関わる神々、そして地母神を信仰する神官系プレイヤーやNPC達だ。
「狂いし世界樹の、精霊界より伸ばされた根は、あの地の深くにあります。地脈の力を再度吸い込みだす前に、此処で止めるのです」
宣言する地母神の声と同時に、その権能が振るわれた。
地母神アル・カーラギアは、権能として大地を自在に操る力を持つ。
勿論それは好き放題というわけではなく、一定のルールに基づいたもの。
神々の共通の特性として、信仰されればされるほど力を増すと言う者がある。
つまり、周囲に無数の眷属と信者が集まったこの状況は、地母神の権能を驚異的な物へと高めていた。
「<大山鳴動>」
そして静かに神言が紡がれる。
途端にその言葉通り、山が大地がうなりを上げた。
それだけではない。遥かに望む山脈が、己から望んだように、その身を割き地の底へと続くほどの巨大な切れ目を作り上げたのだ。
故に、その場にいる者達は見て取った、
大地の裂け目に取り残された様に浮かぶ、捻じれた根を。
もしこの時、夜光が地脈からの力の流れを止めて居なければ、すぐさまこの地には大陸中に送られるはずの邪樹翁の群れで溢れた事だろう。
折角切り裂いた山脈の切れ目も、根からこの地母神の軍勢へと続く道になりかねない。
だが地脈から吸い上げる力の流れが止まった今、その憂いは無い。
しかしそれは一時的な物だ。
狂ったとは言え植物が持つ生命力の象徴でもある世界樹は、強い再生能力を持つ。
夜光らが為した世界樹の核も、時間が立てば修復し、再度地脈から力を吸い上げ出すだろう。
それを止めるため、地母神らはこの地に居るのだった。
「やっくんが頑張ってるんだから、私も~……<神衣顕現>!<神の鉄槌>!」
ホーリィの聖なる祈りが、その身に力の象徴を顕現させる。
本来、彼女は元の力を完全には取り戻せていない。
皇都で一時的にコンバート前の十然たる力を引き出せたのは、色欲の大魔王ラスティリスの助力あっての事。
だが、この地には今、彼女の信仰の対象である地母神カーラギアが居る。
その為、先ごろ上級へと位階を上げた彼女の力は、もう一段階上の伝説級へと至っていた。
ホーリィがかつて得ていた力、聖なる衣に身を包み、三対の光の翼で天さえ駆けながら、巨大な大鉄塊を振るう、癒しと破壊の化身に。
ホーリィを先駆けとして、その場にいる神官たちが、次々と大地の裂け目へと突き進んでいく。
天使や神々は地を司るとはいえ、当然のように空を駆け、虚空から垂れさがる世界樹の根へと殺到していく。
大本の世界樹の幹がキロ単位だったこともあり、当然根も巨大だ。
虚空から直径数百mもあるかという根が、山脈の中ごろから地の底の深淵まで蠢く触手のように伸ばされている。
そこへ、殺到する地母神の眷属達。
地は、植物にとって力を吸い上げるべき土壌ではあるが、同時に植物を斬り倒す鋼を生み出す元でもある。
眷属達が振るう武器は、巨木と見まごう程の蠢く根毛を切り捨てていく。
更には、
「ええ~~~~い!」
光の粒子を残滓として残しながらホーリィが舞う。
手にした大鉄塊は、皇都の際と同様に、巨大な光のハンマーの核となって振るわれ、その軌跡の最中にある狂った世界樹の根を消滅させ、抉り取っていった。
今にも千切れんほどにあちこちを切り裂き、抉られた世界樹の根。
しかしその生命力は尋常ではない。
根毛の動きが止まったかと思うと、多くの神々や天使、そしてホーリィのような強力な神官系NPCにより失った部位が再生を辞始めたのだ。
更に、根の周囲の深い穴の底から、邪樹翁が湧き始めたのだ。
「やはり、邪樹翁の元は、切り離された世界樹……」
いまだ山脈を仰ぐ位置にいる地母神は、そこに在りながら、状況を見切っていた。
切断された根毛が地に墜ちる度、個々の根毛が大地より力を吸い上げ、邪樹翁と化しているのだ。
このままでは、沸いた邪樹翁が天使や神々と相争い、根本体の対処が遅れ、世界樹の再生が為されてしまうかと思われたその時、地母神が動いた。
「あまり使いたくはありませんが……」
初手の<大山鳴動>から後、ずっと溜めていた力を開放するために。
「<神威の神鉄鎚>、受けなさい」
地母神が掲げた手に、光が集まっていく。
それはホーリィが生み出した光の鉄槌とよく似ていた。
ただし、明確に違う点がある。
伝説級とは言え未だ人の身であるホーリィが生み出したものより、さらに巨大なのだ。
現実にある世界最大の一枚岩、エアーズロックを彷彿とさせるほどの、巨大な大地のハンマーが、地母神の手に握られていた。
次の瞬間、横一閃に振りぬかれるハンマー!
巨大さゆえに多くの天使や神々がハンマーの軌跡の途上に居たものの、無害。
だが世界樹の根は例外とばかりに、ハンマーが当たった場所から達磨落としのように抉られ、切り落としたのだ。
「……ふぅ、やっくん、私達やったよ~」
虚空に空いた穴、その根元から断ち切られた根を見ながら、ホーリィは微笑む。
この地の勝利が、幼馴染の勝利にもつながることを信じて。
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