プロローグ 堕ちし世界樹 その5
魔法陣から飛びだしてきた魔像に、幾つかの影が近づいて行く。
サイズ差が過ぎるからわかり難いが、恐らく人間サイズの何かだ。
どうやらあの鳥型の魔像に乗り込んだらしい人影が消えると同時に、魔像がその姿を変えていく。
それと同時に、再度竜の咆哮が響き渡った。
群れの奥に見える狂った世界樹への道が、押し寄せる邪樹翁の群れでかき消されそうなところを、複数のブレスが押し返し、更に道を広げていく。
それを為したのは、初撃を放った竜王に付き従う無数の竜達だ。
更にそれ以外にも、無数の魔獣や氷の魔物達が放つブレスが、邪樹翁を凍てつかせたり、石化させるなどして拓いた道を押しとどめる。
瘴気と身を覆う湿気で炎に対する強い耐性を得た邪樹翁は、むしろ氷の精霊力の影響を受けやすくなったらしく、容易く動きを封じられていった。
「すごいな、あれがアンタ達のリーダーの力か」
「ん? ああ、まぁそうだな。だが、アナザーアースの大規模戦闘ならこんなもんだろう?」
「いや、俺は大規模戦闘やった事無いんで……」
「そうなのか? 自前で軍隊絡みの称号が無くても、<傭兵>システム使えばやれただろ? それこそ、お前さんの位階でもそこそこの規模の奴をやれたはずだが」
「俺、エンドコンテンツやるほどドップリアナザーアースだけに浸ってた訳じゃないんで」
「そうなのか。じゃぁいい機会だな。うちの同盟のリーダーの手腕、とくと拝んでおけ」
多様かつ強力な力に俺は思わずつぶやいたが、関屋、いやエンドコンテンツをよく知るプレイヤーにとってはそう珍しい話ではないようだ。
俺は伝説級どころか大規模戦闘が絡むクエストはやったことが無いから判らない。
が、確かに他のプレイヤーやNPCから兵を借りる傭兵システムを使えば、軍隊系称号がない俺でも大規模戦闘を楽しめたのはたしかだ。
それでもやらなかったのは、プレイスタイルの違いでしかない。
「第一、切り札はまだ動いちゃいない」
「あの魔像か、確かに変形しただけ、か?」
それに言う通り、さっき関屋が同盟のリーダーの切り札と呼んだ魔像は、いま姿を変え終えてようやく戦闘態勢に入ったところだった。
「お前さんが知ってるかは知らんが、魔像ってのは素材と仕込んだ魔法装置で性能に天と地の差がある。ライリーの魔像もヤバいのが多いんだが、ウチの同盟のリーダーのそれは特別製でな。変形機構以外にもいろいろ仕込みがされてるって話だ」
「……そうみたいだな」
俺が見つめる壁一面に投影された光景の中、魔像は背中から勢いよく炎を噴き上げ始めていた。
□
僕は、ギガイアスの中から、邪樹翁の向こう、狂い捻じれた巨大な世界樹を見据えていた。
地平線の向こうに聳える世界樹と、そこから押し寄せる歪んだ大樹翁達。
周囲に響いている鳴動は、あの群れの歩みのせいか、それとも世界樹が無理やりに地脈から力を吸い上げている余波だろうか。
そんなことを思いながら、僕はモンスターの軍を邪樹翁の群れへと差し向ける。
際限なく敵をモンスター達が押し返し、遥か彼方世界樹まで続く道を切り開いてくれたことで、僕はようやく終わりが見えた気分になった。
ここまで来るのには、本当に苦労した。
あのアンナさんの話を聞いて、色々考えなければいけなくなった次の日に、ホーリィさんの神聖都市や他の西の大陸の各地で発生した邪樹翁の大浸食が発生したんだ。
同盟仲間のマイフィールドを何度も防衛したけれど一向に収まる気配が無くて、その上何故かルーフェルトやアネルティエの予知でさえ居場所がつかめない。
それで西の大陸をくまなく探している内に、何人か他のプレイヤーとも遭遇したり、大浸食の影響で同様に攻撃的になった主不在のマイフィールドのモンスターやNPCへの対処に同盟総出で駆けずり回ることになった。
そしてどうにか大浸食の原因の狂った世界樹を追い詰めつつあるわけだけど……。
「心配していた通り、これだけの邪樹翁を沸かせてる以上、本体はとんでもなく成長してるね……」
ギガイアスの外界表示に映るのは、まさしく世界を支えると言う逸話に相応しいほどの威容を誇る、天を突くほどの巨木だ。
大地のエネルギーを無尽蔵に吸い上げ、大量の邪樹翁を生み出すのと同時に、その盛業の為に自身を過剰なまでに肥大化させるしかなかった哀しい存在。
その目的が、存在しない主を探すためだったのが、探すためのエネルギー源として取り込んだ瘴気と過剰なエネルギーで、もう邪樹翁の生成と自己肥大を繰り返すだけになってしまっている。
もし仮にあの世界樹があったマイフィールドの主がこの世界に流れ着いていても、ああなっては気付く事も出来ないのではないかと思う。
「……救いは、きっとそのプレイヤーは今も現実で元気にしてるって事、かな」
創造神を、僕らが旅し冒険した世界そのものを名乗る彼女から聞いた話が本当なら、この世界に流れて来ないのは、きっと幸せな事だ。
現実の年齢が多分僕よりも若いアルベルトさんやユータくんが、この世界に流れてきてしまった事より、ずっと……。
だから、あの世界樹には眠ってもらう。
この世界に主たるプレイヤーが流れて来た時、せめて判別できる程度に正気になることを祈って。
「各精霊石充填率110%、各魔法装置オールグリーンよ」
「世界樹の精霊核は高度200m程の幹の中心ですわ」
「強化護符の維持はお任せてな」
僕の周囲には、リムやマリィ、それにここのが書く魔法装置の最終チェックや、標的の場所の割り出しにギガイアスの強化をを手早く済ませていた。
そして僕の前、ほんの少し開けた空間に、僕の頼りにしている竜人の武人、ゲーゼルグが仁王立ちしている。
「ゼル、久しぶりだけど、行ける?」
「おまかせあれ、お館様。このゲーゼルグ、力を尽くすで御座るよ」
応えるゼルの姿は、普段とは少し違う。
何時も背負った大剣が、今は無い。
「わかった、それじゃあ『繋げる』よ!」
「応で御座る!」
気合十分のゼルに、僕はあるスキルを使用する。
それは、<人像一体>。
通常魔像は、事前の条件付けした行動パターンや、その時々の命令によって操作する。
だけど、位階が上がっていくと、正確に操縦することも可能になってくる。
今までの僕の場合、ギガイアスに乗り込んでも、あくまで中に納まって命令しているだけに過ぎない。
ライリーさんのように、精密な動作で操縦してはいなかった。
だったら乗り込む必要は無いかと言えば、ギガイアスの強固な装甲で大規模戦闘級の攻撃から守られると言うメリットがあったから、毎回乗り込んでいたのだ。
そして、位階をかなり取り戻してきた僕は、ようやくこの<人像一体>を使用できるようになった。
このスキルは、ライリーさんの操縦とはまた違った要素がある。
スキルが発動すると同時に、僕らの居る搭乗スペースの彼方此方から、光の線の様なものがゼルの身体に伸び、絡みついて行く。
ひとしきり絡みつき終えるとそれは消え、ゼルは何かを確かめるように右手を伸ばし、ギュッと握りこむ。
すると僕らの前に広がる外界表示に、外の巨大なギガイアスの腕が、ゼルと同じ仕草をしているのを見て取れた。
これが、<人像一体>の効果だ。
指定したキャラの行動をトレースさせる、操縦方式。
一見同じように体を動かす必要があるのはデメリットのように思えるけど、その代わりにこのスキルには大きなメリットがある。
「うむ、此れならば……行けるで御座る」
そういって、ゼルは伸ばした手を引き上げていく。
同時に、外のギガイアスの腕が、同じように動き、大地に突き刺さったそれを引き抜いて行く。
ギガイアスの眼前に突き刺さっていた、巨大な両手剣、ゼルの愛剣、泰山如意神剣を。
泰山如意神剣は、僕らが高難易度クエストの果てに手に入れ、ゼルに託した伝説級でも有数の武器だ。
その効果は色々あるけれど、最大の特徴は持ち主の意思に沿って大きさ長さを変化させられる事。
かの如意棒、西遊記に語られる如意金箍棒と同様の効果を持つこの武器は、人間サイズでも、そして大規模戦闘用の大型化をしても持ち主に併せて追従する。
ゼルが普段大型化して振るう時は、体高30mの体格に合わせていたけれど、今ギガイアスが握る如意神剣は、さらに巨大化してギガイアスの体高に匹敵する60m程へと変貌を遂げていた。
本来、ギガイアスに剣を扱う称号は無い。
僕がそのように作ったし、様々な機能を詰め込んだせいで機能として拡張できる余裕がもうないのだ。
だけど、<人像一体>は、『繋がった』キャラの動作、称号でギガイアスが行動する。
こうして、剣を扱う事も可能になるんだ。
大剣を引き上げたギガイアスは、まるで剣の達人のように自然な仕草でそれを構える。
切っ先は遥か先、狂った世界樹の中心を指示していた。
「まずは、増殖の元になるところを止めるよ。道は竜の里の長が維持してくれる……突っ切ろう!」
「応で御座る!!」
ゼルの気合の声と同時に、ギガイアスの背部噴射口から、轟音とともに爆風が巻き起こる。
風と炎の精霊石の備蓄を食い散らかしながら、魔法装置がその全てを推進力に変えたのだ。
竜を中心にした無数のモンスター達のブレスで切り開かれた道を、ギガイアスは怒涛の勢いで突き進む。
無理やり凍結や石化の防壁を潜り抜けた邪樹翁が行く手を遮ろうとするけれど、
「邪魔で御座る!!」
何をするまでもなく、ギガイアスの勢いに弾き飛ばされ、木っ端となって消し飛んでいた。
そうするうちに、世界樹が目前へと迫ってくる。
天を突くほどに巨大化した世界樹は、幹の直径がキロ単位にまで及んでいた。
余りの巨大さに本来ならば威容と威厳に満ちているはずのそれは、間近で見れば歪み切っているのが良く解る。
無理やり地脈から力を吸い上げたせいだろう。溶岩ごと、岩盤ごと取り込んだらしい名残が、半ば岩と化した部分や焼け落ち爛れた部分などから見て取れた。
「……だめね、もう精神も異形に成り果てているわ。」
リムが力なく首を振る。まだ呼びかけに応えられる心が残っているなら、精神の魔法に長けた彼女の力で事を治められる可能性があっただろうけど、その道も絶たれたのだと僕らは察した。
なら、もう道は一つだ。
「……ゼル、ギガイアス!」
「仕る! 伸びよ、泰山如意神剣!!!」
ゼルの動きに合わせ、ギガイアスは大きく横凪に背後へと大剣を振りかぶった。
同時に、持ち主の声に神剣が応える。
その時、戦場に居る全ての者が見た。遥か彼方、商店街の一室で戦況を見守る者達も、天界や魔界で彼らの主の戦いぶりを見守っていた者も、何処でもない暗がりで見つめる者も。
斜め後方に向けられた切っ先が、遥か彼方星にさえ届かんほどに伸びてゆくのを。
複数の莫大な精霊石の力をつぎ込まれ、閃光纏う刃と化した巨大な剣を。
「絶剣、天割!!! でぇぇぇああああああああっ!!!!」
天が割れた。
横凪に振るわれた巨大な光の剣が、数キロに及ぶ世界樹の幹を、その中心の核を、まとめて切り裂いたのだ。
さらにその後方はるか先の雲が、空が、空気が、切り裂かれ、一瞬星の瞬きと黒い深淵が顔をのぞかせた。
まさしく、天を割ったのだ。
同時に、戦場に僅かに響いていた鳴動が止む。
「地脈からの吸い上げは収まったかな? ……でも、世界樹そのものは、まだ、だめか」
だが狂った世界樹は、それで終わりしなかった。
核を失ったことで、地脈から力を吸い上げられなくなったようだけど、これまでため込んだエネルギーは、全く霧散していない。
それどころか、切り裂いたはずの幹が再生までし始めたのだ。
だけど、此処で引くわけにはいかない。
僕は決意も新たに、世界樹を睨みつけた。
皆様に応援いただいたおかげで、拙作「万魔の主の魔物図鑑」書籍2巻刊行しました。
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書籍2巻7月14日付刊行。
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