第23話 ~大西海の嵐 神樹の矢・界滅の炎~
アクバーラ島の南方。
四方を大海原に囲まれた海域に、奇妙な島が存在していた。
全て植物で出来ているのだ。
現実でも浮遊性のホンダワラ属の海藻で、サルガッサムという種が大繁殖して海面を覆いつくすと言う事例がある。
この浮島は海を覆いつくすと言う程ではないが、分厚く重なり合い絡み合った結果、下手な船よりも頑丈なまさしく島というべき規模に達していた。
無論これは自然に出来上がったモノではない。
「それにしても、見事なものだ。この我の身体を乗せ揺らぎもしないとは」
「時が来るまで炎の精霊力を抑えよデカブツが! 燃えて海に落ちようとも、我は関与せぬぞ!」
海藻の島に立つ二つの巨大な影の内、巨大な古樹翁の肩に乗ったハイエルフの手に寄るものだ。
森の主ギリスブレシルは、植物の精霊に強く働きかける力を持つ。
それは地上の植物だけではなく、この様な海の産物にも及ぶのだ。
この巨大な島が、元は漂流していたサッカーボール大の海藻であると誰が信じられるだろう?
竜種による輸送でこの海域にやって来た森の主ギリスブレシルの精霊魔法は、瞬く間に突貫の浮島を作り上げた。
更には、この海藻の島を取り巻くように、艀が接続されており、その浮力を補強している。
確かな陸地となったこの浮島は、氷山戦艦の射程からギリギリ外れるこの海域において、前線基地というべきものだ。
事実これ等の艀には、先だってまで10隻もの鋼の船が係留されていた。
ドワーフの試作船を巨大なミサイルか魚雷のように扱うための、突貫改造が行われたのはこの島においてだ。
また水中戦でいまだ気炎を吐く海王らの戦力の内、負傷し後送された者達へ治療を行う基地としても機能している。
浮島の隣に浮かぶやや小ぶりな島は、孤島亀や大帝烏賊だ。
海中での激闘は、爆雷などが無力化され、また船体の修復により水中戦力である<ニンゲン>の生成にも遅延が発生しているため、海王優位に傾いている。
ただし氷山戦艦そのものには到達できていない。氷山戦艦を取り巻くように機雷が多数沈んでいるのだ。
海中にある為『地平に降りし太陽』の影響も受けていないこの機雷域に、海王は手間取っていた。
「この海藻とやら、何故中々燃えぬのだ? ……火力を上げるか」
「我の強化で、炎の精霊力に耐性が上がっておるのだ! 要らぬ事をするでない!! ……我は何故この燃えさしの御守をしているのか」
そしてもう一つの巨大な影、炎の巨人の部族の長スルトは、不思議そうに己の足元を支える海藻の大地を踏みしめる、
彼もまた火竜によりこの地に運ばれた者の一人だ。
とある役目の為にこの海域にやって来たのだが、物珍しいのか時折炎の精霊力を受けても中々燃え尽きない海藻をつまみ上げては眺めている。
炎の巨人が戯れに火力を上げようとし、慌てて止めた森の主ギリスブレシルは心底疲れた声を漏らした。
どうもこの炎の巨人の長は、意思を持ってからも己の住居付近から離れたことが余りない為か、好奇心が強いのだ。
もっとも、その判断基準は自身の炎で燃えるか否かであるため、非常にはた迷惑であるのだが。
この様なやり取りをしている彼らだが、別に遊んでいるわけではない。
その力を振るう時を待っているのだ。
そして、その時が訪れた。
彼方の海域の二度目の太陽の降臨とともに、何人かのドワーフが艀に置かれた転移基準から現れる。
鋼の王と呼ばれるドワーフの職人頭だ。
「おう、こっちは済ませたぞ、森のに炎の!!」
機嫌よく呼びかけるその顔はその実煤で覆われている。
炉を暴走させながらの突撃の際、ギリギリまで離脱を遅らせ進路を補正し続けた結果だった。
ハイドワーフという種族特性により炎への耐性と強い頑強性を持つドワーフで無ければ、重傷扱いで身動きが取れなくなるようななか、親方とも呼ばれるハイドワーフは気に留めた様子もない。
その声を受けて、二つの巨大な影は動き出す。
「鉄狂い達は美味くやったようだ。次は我らの番だな」
「ドワーフが働きを見せた以上、エルフの我が後れを取るわけにはいかぬ」
炎の巨人は、愛用の炎の大剣ではなく、短い杖のような奇妙な武器を取り出した。
それは一見すると炭の様であった。僅かに赤い光が零れている様子から、恐らく内部には炎が宿っているのだろう。
これこそ、スルトが大規模戦闘やパーティー用のクエストで戦闘する際のエクストラアタック。
炎の巨人の名前の由来、北欧神話における最終戦争、その最後に放たれる滅びの炎の元だ。
かの神話において、神々と巨人の戦争は凄惨を極め、多くの神々と巨人が力尽き倒れた末、炎の巨人の王が投げつけた『燃えさし』が、数多の世界を支える世界樹を焼き滅ぼすのだと伝えられている。
それはまさしく、世界を焼き尽くす炎だ。
アナザーアースのスルトもまた、その世界を滅ぼす炎を扱える。
大規模戦闘においては一軍を焼き尽くすほどの規模の大火焔として再現される。
パーティー戦闘では体力の10分の1を切った時点でカウントダウンが始まり、それが終わるまでにスルトを倒し切らなければ全滅するというものであった。
巨人が天空に放った燃えさしが、上空で巨大な炎の柱となって降り注ぐエフェクトは、まさしく世界の滅びの如き光景であると言え、全滅が確定するのも相まって、プレイヤーに強い印象を残すのだ。
その燃えさしを、スルトはやり投げでもするようにゆっくりと構える。
向ける先は、水平線の彼方、氷山戦艦。
この攻撃はとある特性により、ある条件を整えると、通常成し得ない距離でも攻撃を届かせることが出来る。
既にいくつか種は撒いたが、ダメ押しをする本命が、隣に居た。
エルフの里の長にして森の主ギリスブレシルは、取り出した枝を精霊魔法で巨大な弓矢に変え、古樹翁に構えさせていた。
元々強い魔力を帯びていたその枝は、精霊魔法により仄かな輝きを宿し、つがえられた矢は生きているかのように矢羽根を揺らす。
これは、世界樹の枝より生み出された、『世界樹の弓』。
世界樹が己の分身として時折落とす枝を、エルフの巫女達が聖別して作り上げる伝説級の弓だ。
使い手の体格に合わせて大きさまで変化させるその弓は、構える古樹翁に合わせた巨大さを誇っていた。
二つの巨大な影は、しかし構えを取ったまま動かない。
今にも解き放たれようとする力を抑え込むように、こらえ続ける。
事実、彼らは在るものを待っていた。
彼らの後方、アクバーラ島から飛来するものを。
そして、それはやってくる。
「来たぞ! 俺達のマスターだ!!!」
「そうか、いくぞ、森の主。我らが王の露払いだ」
「言われなくとも! 遅れるな、燃えさしの長!」
既に己の役目を果たしたドワーフの親方が、方向から凄まじい勢いで飛来する何かの存在を告げる。
それにすぐさま反応する二人の領域支配者。
先に動いたのはエルフの長だ。
「放て!!! 『世界樹の矢』」
古樹翁のつがえた世界樹の矢が、猛烈な勢いで放たれる。
それも、只放たれているのではない。ギリスブレシルによる風の精霊への干渉で、全く勢いを減じることなく彼方へと飛び続ける。
真横で放たれた矢から、一泊おいてスルトもまたそのやり投げの如く構えた燃えさしを解き放った。
「燃え盛れ! 『界滅の炎』!!!」
大きく天空彼方へと投げつけられた『燃えさし』は、突如何かに引っ張られるように猛烈な勢いで空を切り裂いていく。
それはある意味通理である。
界滅の炎とは、世界樹を燃やし尽くす炎。
世界樹の矢が目前で飛ぶのならば、それを追いかけ燃やし尽くすのは必然であった。
先行する二条の軌跡と、それを追いかけるように、後方からもう一つ。
天を駆ける三条は、氷山戦艦までの距離を瞬く間に駆け抜けた。
「船体側面ニ多大ナル損傷」
「船体ニ亀裂発生──修復セヨ」
「氷結炉出力限界」
「優先順位下位ヘノ冷気供給切断──上位ヘノ冷気供給ヲ優先セヨ」
鋼の船の突撃により、氷山戦艦の中枢によるダメージコントロールは限界を迎えつつあった。
要である氷山の船体への亀裂は、氷だけに広がり始めると一気に全体の崩壊につながりかねない。
特に今回鋼の船の突撃が刺さったのは、氷山戦艦の中枢である大精霊石に最も近い側面だ。
大精霊石に近い為冷気による補修も早いが、その分他へ回す修復リソースはままならなくなる。
ほぼ同時に天空から再度『地平に降りし太陽』が降り注いだこともあり、氷山戦艦は、その甲板に並んだ殆どの迎撃能力を消失していた。
観測手から、新たな知らせが入ったのはその時だ。
「超高速ニテ飛来スル飛行体在リ」
「魔力値伝説級──重大危険対象ト判断」
「数3──接触マデ40カウント」
「敵性体ト判断──迎撃セヨ」
氷山戦艦の航行先より、更なる脅威が飛来しようとしていた。
「対空砲台9割損傷──修復迄60カウント」
「敵性体迎撃不能」
猛烈な速度で距離を詰める、二つの飛行体。
これに対する迎撃能力の修復は、間に合わない。
「耐衝撃防御」
「耐衝撃防御」
「耐衝──」
ガガガガッ!!!!
そして僅かに先行する飛行体が、船体中央へと突き刺さる。
それはエルフの長の世界樹の矢。
巨人ほどの大きさの古樹翁が放ったその矢は、まるで電信柱でも突き刺さったかのようだ。
厚く重なった氷を貫き、大きく船体を抉った世界樹の矢は、もちろんそれだけで終わるはずがなかった。
突き刺さった瞬間、矢に秘められた植物の精霊力が解き放たれたのだ。
刺さった矢は一気に芽吹き、成長し、氷の甲板に巨大な大樹となって茂っていく。
枝を広げ、葉を伸ばし、更には伸ばした根が深くまで氷の船体に入り込み、広がり、深刻な亀裂を生じさせていく。
何しろこの場には、解けた氷に寄る水と、太陽の光に満ちている。
周囲の精霊力を取り込み成長する植物の精霊力にとって、十分すぎる環境であった。
さらにその矢は世界樹に寄るもの。
只の植物であれば氷の船体をそこまで浸食できないであろうが、世界樹となれば氷の精霊力であろうと、問題なく取り込んでいく。
だが、その成長は更なる飛来物により終わりを迎える。
スルトの放った界滅の炎が、成長した世界樹へと突き立ち、爆炎を噴き上げたのだ。
世界樹を滅ぼす炎は、一瞬で世界樹を周囲諸共焼き尽くす。
広げた枝も、伸ばした葉も、太い幹も、そして地下深くまで伸ばした根まで、一切残らず。
その破壊は、氷山戦艦にとって致命的に近い被害を船体に及ぼしていた。
ただでさえ船体維持の冷却リソースが付きかけていた所への、破滅的な破壊である。
幾重にも段階的にかけてきた負荷が、氷山戦艦の防御をついに打ち破ったのだった。




