第20話 ~大西海の嵐 導きの手~
時はしばし遡る。
「でもこれ、対空砲の密度凄くありませんか? それにこの対空砲台、動いてる?」
「対空戦車だな。対空砲四門装備のヴィルベルヴィントだとは思うが、砲弾として撃ってるのは石弾か氷弾じゃないか? ほんとにガワだけだな」
氷山戦艦への対策を話し合う夜光達は、周囲から姿を消した者にも気付かず、戦略を練っていた。
海中に対して、高高度上空からの強襲という案を主軸に考えているのだが、先に接触した風浪神への迎撃の様子を写した幻影魔法に、様々な側面から作戦の実効性を考えていく。
そこに来訪者があった。
「やっくん、大丈夫~?」
「おう、やってるな。こっちは何とかなりそうだから来てみたぜ」
ホーリィと関屋が訪ねて来たのだ。
彼らは投影される幻影を見、改めてその脅威を目の当たりにする。
「っはー、こりゃ聞きしに勝るって奴だなオイ。んで、何かいい手は浮かんだのか?」
「それがまだ何とも……」
「雲の上から垂直降下しようにも相手がデカすぎて、どこに落ちようが対空砲で狙われまくるってな。おまけに多少の攻撃じゃあろくにダメージが入らないと来た」
「弾避けなら、ウチの開発品で使い捨ての良いアイテムがあるが……」
早速話に混じり、夜光らと攻略の方策を練り始める関屋。
一方ホーリィは、広い謁見室を見回し、そこに居並ぶモンスター達を見て小首をかしげた。
「みんなは何してるのー?」
「いえ、その、御主人様の御邪魔をしてはいけませんから……」
居並ぶ神々や大魔王、そしてアクバーラ島各地の支配者モンスター達は、作戦の算段をする夜光らを遠巻きに眺めるばかりだ。
代表するように、マリアベルが告げるも、ホーリィは首を更に捻る。
「なんで~? みんなの意見も、やっくん聞きたいと思うよ~?」
「そう、でしょうか?」
「そだよ~? 専門家の意見って、大事~」
何処かしり込みしている様子のマリアベル達に、ホーリィは発破をかけつつも、内心では
(マリちゃん達がそうなっちゃうのも無理もないかもね~。傍にいる時間が長いほど、やっくんの性分を解っちゃうだろうし)
等と納得もしていた。
ホーリィが知る夜光は、ああ見えて自分の処遇を他人にゆだねるのを嫌う所がある。
色々と悩みつつも、自分の方針は自分で決められないのを嫌うのだ。
集団行動をするよりも、その集団を動かす側になるか、もしくは単独で動くのを好むと言うか。
その気性がパーティープレイが基本のMMOでもほぼソロの活動をすることに繋がり、ひいてはモンスターをパーティーメンバーとして扱えるテイム職に就く要因になったのだと言えるだろう。
同時にその気性が元で、キャパが一杯になるまで政治面や外交面も自身で動こうとあがいていたことをホーリィは理解していた。
(多分自分では気付いてないけど、我儘なのよね、やっくん)
幼い頃から彼を知っているホーリィは、夜光のそういう一面をよく知っている。
もっとも、夜光は何も他者の意見を全く聞かない訳ではない。
ライリーや関屋のような、それぞれ専門の知識を持つ者からの意見には耳を傾けるし、強引な意見の押し通しをされたところで機嫌を悪くする程度だろう。
そのアバターの姿の通りに、子供っぽい所があるのだ。
幼馴染の厄介な部分を解説しつつ、一方でホーリィは別の集団にも視線を向ける。
「特にそっちの星辰神と大魔王~。せっかく未来わかるんなら、も少し色々やっくんに教えてあげればいいのに~」
「それは誤解と言うものだ、我が主の同盟者。告げる必要のない未来であるなら、それが最上であると言えるのだよ」
「兄様の言う通りよ? あとはそうね……余程明確なヴィジョンを見ないと断言できないの。未来は常に変わるものだから」
話を振られた星辰神アネルティエと高慢の大魔王ルーフェルトだが、片や涼しげな顔で、片や申し訳なさそうに反論する。
実際、この二柱は予知に近い未来視の能力を持ち合わせている。
しかしそれは、地上の事柄が天上の星々に関連付けられる占星術の理論に基づく予知だ。
皇都で起きた夜光の死のように、大きく決定的な物はともかく、細かな事象はちょっとした行動で変わってしまう。
設定では、元々の星辰神であったルーフェルトが大魔王へと堕ちる切っ掛けも、予知にまつわる幾つかの悲劇と行き違いが原因とされていた。
その為、知り得た未来をこの二柱は積極的に語ることはしないのだ。
もっともその辺りの設定はホーリィも知っている。
知った上で、夜光をもう少し助けるべきだと訴えていた。
ホーリィの視線を受け止めるルーフェルト。
そこに助け舟を出したのは、幼女の姿をした陽光神だった。
「そうこれ等を責めるでない。我らも思う所は在るのじゃ。ただのう、幾つか困ったことがあっての?」
「困った事~?」
「うむ、意志を得てから余り日が経ってない事もあっての、我らの心はどうも未熟なのじゃ。記憶と力に比して余りに未熟と、我自身も感じておる……なれた世界の運行ならばともかく、他の事象に何を言って良いやら」
「ええ~?」
「初めに我らを集めた会議の際に我らが主には伝えていたのじゃがな。流石に困った顔をしていたのじゃ」
そう、コレは彼ら彼女らが、元は意志なきデータの塊から意思を持った命になってから、まだ間もないことに由来する。
元々与えられていた設定と基本能力の高さから来る知性の高さは在るものの、実感として積んだ経験の少なさが、見た目以上に彼らモンスターの精神性を若くしていたのだ。
彼らの内にある記憶も、それに大きく影響している。
アナザーアースは、サービス期間が長く続いてはいるものの、それでも10年程度しか運営されていない。
つまり、モンスター達は最長でも10年程度の記憶しかないことになる。
さらにはMMOのモンスターとしての活動は設定されたルーチンに寄るものだ。幅広い知見など持てるものではない。
実際殆どのモンスターは、意思を持ちえた後の方が有意義な経験を積んでいると感じているほどだ。
それでもイベントが多い者は、多数のプレイヤーとのやり取りの記憶がある分、多少なりとも経験を積んで情緒は育っていた。
ハーミファスやゼフィロート、ルーフェルトやラスティリス等はコレに該当し、だからこそこれまで率先して夜光とやり取りしていたともいえる。
もっとも、一部の者は精神的に経験を積もうと、衝動を抑えきれなかったのだが。
「そういう事だよ、我が契約者の同盟者。特に我々大魔王は、精神を司る故暴走し始めると中々収まらないだろう。皇都に同行したラスティリスも、衝動を抑えきれずに余計な事をしたと聞いているしね」
「な、何の事ん? ワタシ、ワカラナイワー」
「あ~、そんな事もあったね~」
主と認めた夜光を、蘇生の際戯れに少女に変えた色欲の大魔王は、自覚があるのか視線を合わせようとしない。
他にも仮面をつけた大男である憤怒の大魔王サトルギューアもまた、仮面で隠れている故判り難いが何処か所在なさげにしていた。
かつて夜光が関屋の商店街で強烈な怒りを抱いた際、その衝動を煽って自身の力を振るわせたサトルギューアもまた同類である自覚があるのだろう。
「………ちなみにだが、怠惰は意思を持ってから余計に動かなくなってね。我々も困っている」
「そ、そうなんだ~?」
怠惰の大魔王スロフェグルは、2度行われた神魔会議には辛うじて出席したものの、この場には居なかった。絶賛魔界の自城で惰眠を貪っている。
少しだけ疲れた息を吐いた高慢の大魔王に、ホーリィは少しばかり同情した。
それはともかく。
神々そして大魔王の言葉にホーリィは一瞬考えるも、それでもと告げる。
「だったら、その経験を積むためにも、やっくんと色々話した方が良いよ~? お話から色々考えて、それが経験になって行くんだから~」
「そういうものかい?」
「そうよ~? 会話って凄く刺激になるんだから、しないのは損よ~?」
そういうと、ホーリィはハーミファスとルーフェルトの手を取り、夜光の元へと連れて行く。
その姿は、気難しい子供を世話する教師の様でもあった。
「やっくん、どんな調子~?」
「あ、ホーリィさん。こっちは盛大に煮詰まってます。どうにも攻略の糸口が見えなくて……」
「全長がキロ単位の巨大艦だからなぁ。おまけに船体は基本氷で多少穴をあけようが、浮き続けやがる」
「戦艦でも喫水下に穴が開けば沈むんだが、こいつを沈めるにはホントに骨だぜ?」
氷山戦艦の対策で話し合っていると、ホーリィさんがやって来た。
何故か陽光神や大魔王を連れてきてるし、その後ろには戦略を話し合う僕らを遠巻きに見ていた他の魔王達や各地域の支配者までいる。
その組み合わせは良く解らないけれど、煮詰まってる現状には丁度いい。
いろんな意見があれば、打開策が見えてくるかもしれない。
「ん~? 弱点とか無いの~?」
「とくには。上方向は分厚い対空砲火、横方向は長射程砲撃と来ると、隙が見当たらないですね。対空砲火があそこまで分厚いと、海中も対策されているでしょうし」
ホーリィさんの疑問に、現状で分かっている氷山戦艦の戦力を告げる。
此処で声をあげたのは、意外な存在だった。
「海中? 様子を見る事だけならできるが」
「水流神? え? 見られるんですか?」
水流神のウェタティルトは、僕に一つ頷くと、風浪神が浮かべる幻影魔法の横にもう一つの幻影を浮かび上がらせる。
そこに浮かんだのは、暗黒の海中にあって白い絶壁のような氷山の海中部分。
そして、無数の海棲モンスターと、白い巨体の半魚人めいたナニカの激闘の様子だった。
「えっ、なんで!?」
「うん? 何でもう戦いが始まっておるんじゃ?」
「海王が居るね。先ほど中座していたのは知っていたが……うん?」
想定外の光景に僕らが戸惑っていると、更に謁見室に駆け込んでくる者があった。
見れば、それは僕のマイフィールドの海を治める海王の側近の海魔女だった。
「海底宮より、海王様が出撃されました。 『一番槍、確かに賜った』との言伝を預かっております」
「一番槍!? いや、言ってないよ!?」
「あやつめ、抜け駆けしおった!」
「う~ん、この場合勇み足じゃないかしら~?」
それぞれ海王の無茶に驚くも、更に映し出された彼方の光景は激しさを増す。
無尽蔵に湧く白い巨体の海棲モンスターに、継続して投下される爆雷。
海王の指揮で戦線を維持しているけれど、一歩間違えば一気に崩壊しかねないそこは危険な戦場だった。
「こりゃ一旦引かせた方が良くないか? 無限湧きの敵なんて相手にする者じゃないぞ」
「ただ退くのを許す相手か? せめてある程度の痛打を入れんことには、隙さえ生まれんだろう」
「その痛打が問題なんだですよね。せめてどこか弱点でもあればいいのですけど」
じわじわと消耗する海王側の戦力を見て取り、撤退を提案する関屋さん。
だけどライリーさんの言う通り、到底そんな隙は無い。
あの巨体に弱点でもあれば、その隙も作れるだろうけど、そう都合よく行かないだろう。
そう、僕らは思っていた。
「あら? 弱点なら此処では無いかしら?」
氷の女王アレンデラがある一点を指し示すまでは。
それこそが、氷山戦艦攻略の糸口だった。




