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【書籍4巻刊行中】万魔の主の魔物図鑑 【6章完】  作者: Mr.ティン
第5章 ~新大陸への来訪者~

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第11話 ~悪魔は踊る 案内人の舞台裏~

(一時はどうなる事かと思いましたが、何とかなりそうですな)


 宴の席で酒色に溺れるフォルタナ号の船員たちを見て、色欲の大魔王ラスティリスが配下、上位悪魔(アークデーモン)であるポーレリスは。内心で胸をなでおろしていた。

 彼はかつてのアナザーアースにおいては、幾つかのクエストで貴族に擬態し甘言で高貴な者達を堕落させ破滅させる役目を負っていた悪魔だ。

 意思を持った今でもその頃のように優美な立ち振る舞いが出来ているモノの、自意識を持てたのは他のモンスター達と同じく最近の事。

 つまり、今まで『設定』された行動を取っていただけの所から、意志ある者として歩き始めたと言う点では、経験も何もない子供も同然の存在と言えた。


 しかし元々高く設定されていた知性と、アナザーアースがまだ存在していた時期から実体後の今に至るまでの時間が、彼らに相応の学習の機会をもたらしていたのだ。

 夜光らが密かに作り出した港町ガーゼルの拠点では、マイフィールド内でも高い知性を持つ者たちが密かに送られ、『外』の人間に接触する機会が設けられていた。

 ポーレリスは、大魔王達によりそこに送られた者の一人だ。

 人化が得意であり、立ち振る舞いが元より洗練されている上、色欲系統の悪魔として目の前の相手の表層意識を読み取れると言うのが、選定の大きな理由。

 読心能力により、相手の考え方も学習の対象にできるポーレリスは、衛視ブリアンに憑依している悪魔の手引きもあり、ガーゼルの執政官を始めとする文官たちからも学習の機会を得ていた。

 直近ではフェルン領の領都ゼヌートにも赴き、高位の文官とも接触してその内面や考え方を学ぶに至り、高慢の大魔王ルーフェルトが立ち上げた外交部署の一員として抜擢されたのである。

 その外交官としての初仕事が、この『外』からの来訪者であるフォルタナ号の船員達の案内と歓待であった。


 存分に楽しむ船員達の様子に、この地の偉大なる主にして、慈悲深き王である夜光が迎える初めての『外』よりの客を、無事に歓待できていると、心底安堵する。

 何しろ、かの高慢の大魔王ルーフェルトと、直接の上司であるラスティリスから、今回の件は特に重要であると説明を受けているのだ。

 万が一にも間違いが在ってはならない。

 とは言え此処に至るまでの道のりは、苦難の連続であった。


 まず一つは、受け入れ態勢だ。

 そもそもフォルタナ号が漂着する直前の時点ですでに海の住人に目撃され、情報が夜光にまで上がっていた。

 しかし問題を受けた夜光の処理が追い付かず、紆余曲折の末に外交部が設立され、フォルタナ号の処遇が話し合われる事となっていた。

 その結果ある方針が示され、フォルタナ号の船員と夜光との謁見が決定されたのだ。

 しかし、此処である問題が発生する。

 夜光がこの地の王として来訪者との謁見をするにあたり、相応しい場が存在しなかったのだ。


 なにしろ夜光の居城である万魔殿は、住居としての意味合いが強く、更に夜光自身も己を王としてあるつもりはない為そういった儀礼的施設が皆無であった。

 精々、神々や大魔王達が会合した会議室程度。

 他は生活感あふれる食堂や摸擬戦用の室内演習場に召喚部屋など、広さは在っても華美さに欠ける場所ばかり。

 そこで急遽発案されたのが、パンデモニウム・サイドの町の改築計画だ。


 元々温泉の為の町であったパンデモニウム・サイドの町は、夜光の滞在が多くなることでNPCらが自然と集まり、その規模を拡大ししつつあった。

 そこに目を付けたのが、新たに立ち上がった外交部だ。

 夜光の本拠にほど近く、丁度都市改造中で職人もそろっている環境から、この地に外部向けの顔としての宮殿を建築することとしたのだ。

 但しそこにも問題がある。資材や職人のマンパワーがあったとしても、宮殿一つを作り上げるのだ。尋常ならざる作業量になるのは必至であった。

 更には、その宮殿はこの地の『顔』となるべき重要な物。

 決して手を抜かずこの地の威光を知らしめるものでなければならない。

 つまり来訪者たちを即座に招き寄せる訳には行かなかったのだ。

 その為、該当する地域の支配者である氷の女王と海王には、遠巻きに監視にとどめ、早期の接触は控える方針だったのである。

 その結果、宮殿の建設は急ピッチで進み、およそ2週間で完成直前にまで至ったのだ。


 しかし、一つの事件が起きる。

 氷の女王の領地にて野生の氷雪竜同士の縄張り争いが発生し、それを目撃した来訪者たる船員らがこの島から離れようとし始めたのだ。

 船体の修復が不完全ながらも航行自体は可能になって居たことも、この場合タイミングが悪かった。

 更に悪い事に、フォルタナ号の船員らは気付いていなかったが、遠く南方の海域では再び嵐が発生しつつあり、不完全な状態のフォルタナ号では今度こそ沈没の恐れすらあると、風浪神からの忠告が届いていたのだ。

 高慢の大魔王ルーフェルトの予見により、フォルタナ号は無事に国元に帰ってもらうのが最上らしく、その為宮殿の完成を待たずして翌朝フォルタナ号に接触し、出発を留めねばならなくなる。


 此処で幸運だったのは、海豹乙女の変わり者が、比較的穏便に船員の一人と接触を果たした事。

 多少なりとも言葉を交わし合ったと言うのは、接触の第一歩としては悪くない。

 その為急遽外交部は海王の部下である、その海豹乙女のニーメを先触れとし、フォルタナ号と接触することとなったのである。


 しかしこの時点ではまだ宮殿は完成していなかった。

 内装や装飾、そして宮殿で働くモンスター達の教育が終わっていなかったのだ。

 そこでポーレリスは、氷雪竜を利用しつつ相手に意図的にゆっくりとした移動を提示する。

 数日の時間を移動に費やすことが出来れば、宮殿の建設は完成する。

 逃げ帰ろうとした原因である氷雪竜の背に乗るか、それともごく普通に地上を馬車で進むか。

 露骨な誘導ではあったが、フォルタナ号の船長クライファスは後者を選択し、状況は外交部の思惑通りに推移することとなる。

 無論、この移動においても、この地の主である夜光の威光を知らしめるため、特に見栄えがするドワーフの地下工廠や南部の穀倉地帯、そして強大な力を誇る竜と巨人の里を案内したのだ。

 この間、ポーレリスは常に余裕を持った態度を崩していなかったが、内心では宮殿の完成を心待ちにし、余裕など一かけらも存在しなかったのだが。


 何しろ、道中で発覚したのだが、夜光がこの地の『王』として達振る舞う初めての場という事で、各地の支配者たちがその場に同席したいと声を上げたのだ。

 中にはめったにに姿を現さない精霊界の者達や、普段各NPC町の地下墓地(カタコンベ)に住まうアンデット達まで同席を希望したと言うのだから、混沌とした状況の程度が知れるだろう。

 よってさらに時間稼ぎが必要となり、道中の移動を必要以上に時間をかける事となったのだ。

 

 そうやって完成した宮殿に到着したのだが、ポーレリスの懸念はここにもあった。

 彼自身も現在進行形で経験を積んでいる最中であるが、この地での歓待役の淫魔や夢魔達が無事にその役目を果たせるかどうか。

 何しろ彼女達はその習性として、異性の精を求める。

 目の前に船旅でたっぷりとため込んだ男たちを置かれたら、勢い余ることも十分に想定出来たのだ。

 今回の歓待において、素の美しさや言動による誘惑以外の能力としての誘惑や精神系の魔法の仕様は、ルーフェルトとラスティリスにより固く禁じられている。

 それは今後を見越しての重要な指示であり、この地の今後を左右する必須条件だと命じられていた。

 特に、船長であるクライファスには、正常な判断力を維持してもらわねば困るのだと。

 その為、船長の歓待役はポーレリス自ら行っていたのだ。

 もっともそれは懸念に過ぎず、淫魔や夢魔達は己の美のみでの誘惑を楽しんでいたのだが。

 何しろ、彼女達の姿はそれぞれ担当することとなった船員の好みを深層意識から世に撮り再現したモノ。

 およそ魅了されない筈がない上、相手の内心の反応を見ながらの誘惑だ。

 耐えきれるわけがない。


 尚、船長以外で唯一淫魔が侍っていない若い船員だが、彼は別の意味で特別となってしまっている。

 彼の傍にいる海豹乙女(セルキー)は、現実世界の伝承において、地上の男と結ばれる逸話が多く残っている。

 アナザーアースの海豹乙女もまた同様で、地上の男と結ばれる事があると設定されていた。

 つまりあの若い船員ヨハナンは、見染められてしまったのだ。

 それもあの海豹乙女は、同族に渡したと言う名目で自ら海に帰る為のアザラシの皮を捨ててしまっている。

 そうなれば、最早アザラシの姿に戻ることは敵わず、同族に迎え入れられることもない。

 人間の女性として生きる道を選んだのだ。

 それを察したがために、淫魔たちはヨハナンとニーメを遠巻きにし、そしてその内心を覗き見楽しんでいるのだ。

 その甘酸っぱく微笑ましく、その上でジットリとした湿度に満ちた情念を。


(謁見室の準備も今夜で終わるとのことで、明日こそ本番ですな。初仕事を無事に終えたいものですな)


 ホスト役として歓待するポーレリスもまたそんな情念を読み取ってはいるものの、あくまで意識は翌日の謁見までの己の役目を果たそうと注力する。

 優雅さとは裏腹の余裕の無さは、何処か今のこのパンデモニウム・サイドの町の様でもあった。

 かくして翌日の謁見に向かい、宴の夜は更けていく……。

書籍化1巻刊行中です。

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