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【書籍4巻刊行中】万魔の主の魔物図鑑 【6章完】  作者: Mr.ティン
第5章 ~新大陸への来訪者~

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第10話 ~悪魔は踊る 謁見前夜~

 パンデモニウム・サイドの町は、この地アクバーラ島にあって、最も新しく作られた町と言える。

 モンスターの居住地という意味では南に作られた火山であるバルカノ火山があるが、あちらは炎の巨人の集落は在るものの町と言うにはほど遠い。

 更に言うなら、パンデモニウム・サイドの町も、特定の地区に関してはむしろ早い時期に作られている。

 その特定の地域というのは、温泉だ。

 夜光がマイルームを拡張し、その末に今の場所へと本拠地万魔殿を置いた際、近くに温泉が欲しくなったために設置したのが始まりなのである。


 モチーフは、有名な妖怪温泉宿の映画の題材にもなったと言うとある温泉街。

 色鮮やかな温泉旅館の風情と温泉自体の落ち着いた造りは、夜光をして会心の出来と自認するほどだ。

 実体が伴ったことで更に風情が増したそこは、夜光が本拠である万魔殿で寝泊まりする際にも、多少時間に余裕があるなら風呂をこちらで済ませるほど。

 そして、気が向いた時には宿も利用する事もある。


 何しろ、万魔殿の夜光の自室は簡素であり、またベッドは初期設定の簡単なもの。

 データであった頃、ベッドはログアウト時に利用すると次のプレイ時に一定時間経験値ボーナスが発生すると言う仕様だったが、ベッドの種類での差は生じなかった為に、多くのプレイヤーは初期ベッドを愛用していた。

 なにしろ、マイフィールドに他のプレイヤーを招くことは可能であったが、ログアウト用の寝室まで公開しているプレイヤーは稀だったのだ。

 店舗でもスタッフルームにお客を入れないのと同じ理屈と言える。

 そして、他のプレイヤーに見えないところであるがゆえに、ベッドにこだわる必要もない。

 夜光もまた同じ理由でベッドは初期の物を利用していたのだが、実体化したことで問題が発生した。

 寝具として最低限過ぎたのだ。

 現代日本の優れた寝具に慣れ親しんでいた夜光にとって、ただ平板の寝床は寝心地が悪く、寝起きの際には身体の節々が悲鳴を上げるばかり。

 さらには、パーティーモンスターのリムスティア達が添い寝係なるものを主張し始めたのだ。

 結果最低限の寝具ではスペースが足らず、ベッドを新調することにしたのだ。


 しかし、ここで問題が一つ。今度は、豪華すぎて夜光が逆に落ち着かなくなってしまったのだ。

 何しろマイフィールドの主である夜光の寝具を新調すると言う事で、ドワーフの職人たちが力を入れ過ぎた結果、豪華絢爛な王侯貴族が眠る様な天蓋付きベッドが自室に運び込まれてしまったのだ。

 更に言うなら、自室も度々手を加えているらしく、少しづつ壁や天井に装飾が施されて行っている。

 元は根が小市民な夜光は、それらに段々気後れするようになっていった。

 そこで、同じ豪華でも和風で何処か落ち着く造りの温泉宿に度々泊まるようになっていったのだった。


 そんな温泉宿を擁するパンデモニウム・サイドの町であるが、新しく作られた区画は、大半を宮殿が占めている。

 これは、夜光の居城である万魔殿と別に、殆どのモンスターやNPCが意思を持ったことにより必要になった中央行政府と、外からの来訪者を迎える謁見室、そしてその中でも高貴な者の宿泊施設である迎賓館を兼ねていた。

 宮殿以外の区画は、温泉と宮殿で働く者達の居住区や、付随する都市機能の為に存在している。


 そんなパンデモニウム・サイドの町、その宮殿区画では、賑やかに宴が開かれていた。

 宴の主役は、このアクバーラ島への初めての『外』からの客人。

 ラディオサ・フォルタナ号の船員達であった。



「皆さまと偉大なるお方との謁見は、明日。今宵はここまでの旅の疲れを癒し、心身ともに満たされるがよろしいかと存じ上げます」

「う、うむ……そうか」


 相も変わらず慇懃な態度のポーレリスであるが、船長以下の船員達の反応は鈍い。

 それもそのはず。このパンデモニウム・サイドの町に至るまでに見聞きしたものを未だに飲み込み切れずにいるのだ。


 まず彼らが目にしたのは、フォルタナ号が運ばれた港町の傍にぽっかりと空いた巨大な坑道であった。

 少しづつ下っていくその坑道は、まるで地の底の冥府にでも繋がっているかのようで、船員達は何度も恐慌仕掛けるほど。

 しかしついた先で目にしたのは、巨大な地下空洞とそこで稼働する一大工業都市であった。

 鋼を打ち合わせ、時に火花が雨の様に溢れ、時に溶岩の熱で溶かされた魔法金属の加工を目にする。

 それは、外の世界では決して見られない、現実世界では近代工業の先駆けレベルであろう異次元の光景。

 更には、巨大な鋼で出来た巨人が闊歩し、大量の鉱石を運搬する姿まで。


 フォルタナ号の船員達は、船乗りであると同時に商会に所属する商人でもある。

 その目から見て、この地は恐るべき、そして宝に満ち溢れていた。

 何しろ交易商人相手の区画では、岩さえ両断しそうなほど鋭利で強靭そうな武器や、目もくらまんばかりの大粒の宝石があしらわれた装飾品、更には先に語られた鋼の労働人形などさえ売られていたのだから。

 そこで一夜を過ごした後は、再度坑道を、今度は登りつつ進む。

 長いトンネルを抜け、久々の太陽の明るさに目がくらんだかと思えば、目の前に広がっていたのは広大な穀倉地帯であった。

 アクバーラ島中央南部は、広い耕地を有し、その中心にあるコチサチの町ではそれらを集積し、他の町や行商人に卸している。

 その耕地の広さと収穫量に圧倒されつつ船員達を乗せた馬車は進み、更に北西へ。

 こちらは山がちで、宿は山間部の小さな村等がある程度。

 しかし、途中の集落が問題であった。

 巨人の里と竜の里。

 両方、先だって船員達が目撃していた氷雪竜が子犬程度に思えるほど巨大な竜と巨人が住んでおり、その威容に圧倒されるばかりだったのだ。


 そんなとんでもない旅の末にたどり着いたのが、このパンデモニウム・サイドの町、そして宮殿であった。

 船長以下船員達が圧倒され尽し、言葉を失うのも無理はないだろう。

 だがこの島の暴威は、フォルタナ号の船員達の茫然自失さえも許しはしなかった。


 宴席が始まってすぐに、彼らは複数のモノに魅入られる。


「美味ぁ……なんだこれ、すごく美味いぞ!?」

「このスープ、もっとくれ!」


 まずは、贅を尽くされた色とりどりの料理の数々。

 此処までの旅の中でも供されてきた料理は、国元の大商人達でも口にしたことがないような美味な物ばかりであった。

 単なるパンであっても、柔らかさと味わいが格別であり、果物一つとっても天上の果実の様。

 それもそのはずだ。彼らが絶賛したこの島の食べ物を、人ならざる者の領域の腕の持ち主達が調理しているのだから。

 初めは船長らも薬物などを警戒し、自ら作った保存食などを食べ避けようとしていたものの、暴力的に食欲を刺激する香りに当てられ、一度口にしてしまってからはもう止まらない。

 そこに来ての、宴用に用意された本格的な料理の数々である。

 この島の桁違いさに打ちのめされていた船員達は、半ば逃げるように料理にのめり込んでいく。


 更には、彼らを持て成す者達だ。


「まぁ、素敵な召し上がりっぷりです事。もっといかがですか?」

「お、おう……じゃぁそっちのをくれ」

「ふふっ逞しい方。もっと素敵なお話を聞かせてくださいな」

「そうだな、あれは……」


 宴の席で船員たち一人一人に付いて、歓待する美女達だ。

 ポーレリスの縁者との説明で、船員達を歓待するという名目の元、船員達に傍侍る彼女達のあまりの美しさに、船員達は陶酔し魅入られていく。

 そもそもこの世界においても、船旅の閉鎖空間の規律を保つためか女性の船員は避けられる傾向にあった。

 その為、フォルタナ号に女性は存在しない。

 もっとも、普段は航海の間の寄港先でため込んだ衝動を発散している為問題は無いのだが、彼らはしばらく過酷な漂流状況にあった。

 つまり、たっぷりため込んでいたのだ。

 そこに来て、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()用意された美女の数々だ。

 仕草の一つ一つが情欲を誘い、甘い囁きが心を溶かす。

 警戒しようにも、彼女達から漂う甘い香りが心の緊迫感を解きほぐし、次第に思考が彼女達に染め上げられていく。


「うわぁ、綺麗な人たちだなあ……なんで俺の所にはこないんだ?」

「わたしが居るからじゃない?」

「へ? なんで?」

「さぁ?」


 例外は、海豹乙女のニーメに付いて回られているヨハナンと、


「おや? 何を考え込んでおられるのかな、クライファス殿。持て成しが足らぬでしょうか?」

「十分だとも、ポーレリス殿。むしろ十分すぎるほどだ」


 美女ではなく案内人であるポーレリスが歓待している船長のクライファスだけ。

 ヨハナンの方は、美女達が遠巻きに微笑ましい物を見るようである。

 対してクライファスには、初めからポーレリスのみが対応するのみだ。

 クライファスの目には、ポーレリスがあえて彼を正気のままでいさせているように見えた。

 そう、正気だ。

 殆どの船員達は、もう魅入られ尽している。

 恐らくはこの後各々に用意された個室に、傍侍る美女たちも同行するのだろう。

 その結果がどうなるか、火を見るよりも明らかと言える。

 しかし、同時にクライファスは解せない。

 美女をあてがい、魅了するやり口は、交渉の場においてさほど珍しいものではない。それが見た事もない絶世の美女たちによるものであること以外は。

 しかし同時に、魅了するなら最も優先すべきは、責任者である船長のクライファスだろう。

 それが、あえて正気のままで居させている。その理由をつかみかねているのだ。

 もっとも彼をしても、供される料理と美酒には抗えていないのだが。


 そんな警戒と困惑の中にあるクライファスに、ポーレリスはその内心を読んだかのように囁きかける。


「ご安心を、皆様は明日には心身ともに充実なさいますよ。クライファス殿に置かれましては、責任のあるお立場として、配慮させていただいております」

「それはどういう……?」

「偉大なる主と言葉かわされる立場の方には、正しく判断して頂かなければなりませんので……ご安心を、謁見後は皆様の中でも最も手厚く歓待させていただきますとも」


 ポーレリスの言葉を図りかねるクライファスだが、案内人はそれ以上この場で説明する気は無いようであった。


 その後も魅惑の宴は続き、夜は更けていく。

 この地の主との邂逅の時は、近い。

書籍1巻刊行中です。

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― 新着の感想 ―
[一言] この時点で責任者すら腑抜けてたら主人公に対してスゴクシツレイですからねぇ・・・
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