第04話 ~神魔会議 溶接する世界~
徹夜明けのテンションというのは、危険だ。
立て続けに発生した問題の数々にアドバイスをもらうために集めた同盟の仲間達だけど、皆の現状を聞いている内に、逆に僕が皆の問題を解決する流れになってしまっていた。
まぁ、そこは同盟のメンバー同士で協力すべきだし、いろんな意味で手札の多い僕なら解決できてしまう内容であったから、仕方ない。
結局、直ぐに対処できるような内容は、夜の内に対応してしまった。
例えば関屋さんの商店街の付近で争う勢力の件だ。
一度現場を見る必要があると思い、皆で久々に関屋商店街に赴いたら、丁度遠目で見える範囲で戦いが繰り広げられていた。
「グルォォォォォォッ!!!」
片方は、獣の群れ。
様々な動物系モンスターが集まった集団は、サボテン位しか生えない荒野をひた走る。
恐らくは、獣使い系のプレイヤーの配下モンスターなのだろう。
だけど主は不在……つまり、彼らは主の居ないフィールドに閉じ込められ、そしてこの数か月間放置されていたことになる。
恐らくは、食料アイテムの供給もままならなかったのだろう。
基本的に配下モンスター同士は同士討ちも出来ないので、共食いすら許されず、彼らは飢えに苦しんでいたらしい。
もし知性が高いモンスターが居ても、そんな状況では正気を保てなかった筈だ。
そんな状況で、境界の霧が消え、閉塞した小世界から解き放たれた獣たちは、荒れ狂う野生の濁流となって獲物を探し荒野を駆け、そして見つけたのだ。
獲物となる者達を。
対するもう一方も、尋常な様子ではなかった
「アァア・・・・アア・・・・ア・・・・」
虚ろな眼下と、伸ばされた腕。時折零れるのは崩れた皮膚より零れる内臓だ。
一目でわかる動く屍体の群れ。
こちらは、恐らく死霊術師系の称号持ちのプレイヤーが運用していたモンスターなのだろう。
彼らもまた、主の居ないマイフィールドから溢れ、時折生き物を襲っては同類としてその勢力を増やしていた様子。
獣と死体、形は違えども、似た行動を取っていた両者は、関屋さんの商店街近くの荒野で激突していた。
獣たちは素早い動きで死体の群れに襲い掛かるが、多少食いつかれてもものともしない死体は、己が瑕つくのも全く気にせず獣を殴りつけ、締め上げ、逆に食らいつく。
動きの鈍さから中々獣たちを捕まえきれないが、稀に捕らえると獣を同類へと変えてしまう。
それは終わりのない消耗戦だった。
恐らく、そのまま放置したなら、最終的には死体側が勝ち、一つの巨大な死体の群れとなって広がり、商店街にも押し寄せていただろう。
そうなれば、関屋さんは無事としても非戦闘員の多い商店街はまた壊滅的な被害を受ける事になる。
だけど、そうはならない。
「手早く済ませますね。起動、魔物図鑑……来い、ウプウアウト!」
見たところ、両方とも、比較的位階の低いプレイヤーの所持モンスターだったようだ。
なら、今の僕でも対応は可能だ。
万魔の主の魔力の源である魔物図鑑を起動させると、あるモンスターを呼び出した。
「……主よ、この身ウプウアウト、お呼びにより、参上仕った」
現れたのは、しなやかな体躯を持つ巨大なオオカミだ。
ウプウアウト、それはエジプト神話に描かれる狼の神性。死後神となったファラオに猟犬の如く付き従うというオオカミの姿をした存在で、時に有名なアヌビス神とも関連性を持たされ、その息子とされることもある。
アナザーアースにおけるウプウアウトも、強力なモンスターだ。
生息域は砂漠で、モチーフ通りに上位アンデットであるファラオの眷属とされる。
そう、ウプウアウトは、オオカミという獣であり、アンデットでもあるというモンスターだった。
位階は準上級。
皇都で位階の限界を突破した今なら、このクラスのモンスターを僕は何時でも召喚できるようになっている。
そして、今この状況は、ウプウアウトにとって容易い状況だった。
「ウプウアウト、あの二つの群れを制御下に!」
「御意……ワオーーーーーーーーーーン!!!!!」
「「「「!?」」」」
僕の命令にウプウアウトが地平線の向こうまで届きそうな遠吠えを放ったのだ。
その瞬間、ぶつかり合う二つの勢力の動きが凍り付く、
遠吠えに込められた『獣支配』と『死者支配』の魔力に抵抗できず、その動きの一切を封じ込められたのだ。
その後、とりあえず両方の群れを元いたマイフィールドに戻す事にした。
何しろ彼らは一応まだ元のプレイヤーのもの。
上書きでテイムするような真似はアナザーアースでは出来なかったし、今のこの世界でも試す気に慣れなかったのだ。
一応双方のマイフィールドに、関屋の商店街開発の食料アイテムを供給するようにしたので、当面は大人しくなる筈。
獣の方は特に、元のフィールドの外に溢れたのが飢餓からだったので、食料を供給したら問題ない筈だ。
もう一方のアンデットの群れは、ウプウアウトの力で眠らせる事にした。
ウプウアウトは、冥府の裁きを司るエジプトのアヌビス神の眷属だ。
死者を安寧中に封印することはお手の物。
こうして、僕は関屋さんの商店街の問題を一気に片付けたのだった。
そんな調子で過ごしていた夜なのだけど、夜である以上朝が来る。
つまり、七曜神と七大魔王達との会談の場。
関屋さんのこと以外にも動き回っていた僕は、全身疲れ果ているにもかかわらず、頭だけは妙にはっきりとしている中、神々と魔王達に出迎えられ……。
土下座した。
「「「「「「「???」」」」」」」
「ごめん、助けて」
この時の僕の土下座は、とある神曰く、『すべてを投げ捨てているような、見事な土下座』だったそうな。
本当に、徹夜明けのテンションて怖い。
「何事かとおもうたわ」
「いや、ちょっと追い詰められ過ぎちゃって……いろんな問題が重なり過ぎてるから、本当に助けてほしいんだ」
急にこの先の事について意見を聞きたいと呼び出され、更に初手で主と認めた者に土下座された事で幾ら驚異的な力を持つ神々や魔王達と言えど、戸惑いは隠せなかったらしく、この場には困惑した空気が流れている。
こんな空気にした僕が悪いのだけど、それはそれとして土下座してでも頼みたいことがあったから仕方がない。
その思いは、夜のうちに同盟の皆の問題を片付けている間に強くなっていった。
先の関屋さんが抱えていたような問題は、僕が契約したモンスター達の力を借りれば、どうとでもなるし、そうしてきた。
ただ強い相手や、ちょっとした問題なら、今まででも十分に対処できた。
だけど皇都で直面したフェルン候や皇王といった人物との交渉は、完全に僕の手に余ったのだ。
同時に、今僕の島に漂着したと言う東の大陸の船乗りたちの件も早く対応する必要がある。
彼らの処遇や、西の新大陸の事を考え出したら、もうお手上げだった。
だから、もう頼れるだけ頼ると決めたのだった。
もっとも、そんな僕の思惑は、想定通りだったらしい。
「はぁ、やっとか。夜光、お前は生真面目で責任感は在るようだが、己一人で抱え過ぎだ」
現状を一通り説明して、助けを乞うた僕に、鱗鎧を身に着けた偉丈夫が、知っていたとばかりに大きく頷く。
彼は水流神アル・ウェタティルト。海洋と流水を司る水属性の象徴たる存在だ。
水というと女性的なイメージがあるけれど、アナザーアースでの水担当の神は、この様に男性なのだ。
多分、船乗りのイメージから来ているんだと思う。
「話に聞くと、契約者は長らくモンスターばかりに囲まれ、他の者との交流は極僅かであったそうじゃな? モンスターの供がいようとも、それでは己のみで何事も対応しようとする癖が染みこむのも無理はないのう」
水流神から話を継ぐのは、月影神アル・トリエント・ポー。
杖を突き鍔広の三角帽子を身に着けた、思慮深そうな魔術師の姿をしている。
アナザーアースの設定において、彼は魔術を生み出した原初の魔術師とされていた。
だから魔術において月は重要なファクターで、儀式魔術などは術の方向性によって満月か新月かどちらで執り行うか決定されるほどだ。
「でもまぁ、頼ってくれたことは喜ばしいわ。それがこのようなタイミングであろうとも、ね」
包容力のある母性豊かな女神は、ホーリィさんが信仰する大地母神カーラギアだ。
とてもやさしそうな姿だけれど、怒らせた場合は地震やがけ崩れなど破滅的な自然現象に例えられる暴れ方をすることで知られている。
勿論、大地母神としての豊穣の能力も持ち合わせているので、かつてのアナザーアースでは、決して怒らせてはいけない神性として知られても居た。
そこでふと、僕は彼女の言葉が気にかかった。
「…このようなタイミング?」
「ああ、それは私から説明しよう、我が主」
疑問に答えたのは、魔王ルーフェルトだ。
貴公子然とした見た目とは裏腹に、現状僕のマイフィールドで最もレベルが高いと思われる存在。
だけど、そんな外見の印象は、次の一言で吹き飛んだ。
「ああ、簡単に言うと、霧が晴れる、つまり小世界とその外の世界を融合させたのは、我々だと言う事だよ。我が契約者よ」
今まさに僕の頭を悩ませている問題、融合しつつある世界の原因が、目の前に揃っていたのだった。
書籍1巻刊行中です。




