章間 第7話 ~旅の少女とそのお供~
夜光のマイフィールドの中心、アクバーラ島。
その中心部は、東西に延びる山岳地帯。
険しいその山地は島の南北を完全に分断し、ごくわずかなルートを除いて、地上での行き来は非常に困難だ。
比較的標高の低い谷間を縫うように通り抜けるか、島の丁度中央部で南北に貫通する大地下道を通るより他ない。
中央部を迂回するにしても、東側は南東エリアの寒冷な山地で抜けられず、ドワーフの坑道を通るのが最適とされるほど。
島の西側は灼熱の砂漠地帯であるが、点在するオアシスを経由するルートは比較的通行しやすいとされているものの、やはり険しいルートであることには変わりがない。
これは夜光がマイフィールドにモンスターを配置するにあたり、配置したモンスターの移動を考慮していなかった事が原因であった。
そもそも、夜光がこの規模にマイフィールドを拡大したのは位階が上級にまで至った頃。
夜光自身がマイフィールド内を移動する手段として、特定の町や拠点に置いた転移目標への転移魔法や、もしくは騎乗可能な飛行モンスター等を得てからだったからだ。
またNPCやモンスターも配置先以外から大きく動くことが無かったため、街道の整備が左程必要では無かったと言う面もある。
とは言え、前述のとおり最低限の街道は存在しており、また河川や海での船の利用など、NPC達はそれらを駆使してマイフィールド内を移動しているのだった。
「う~ん、良い天気ね! こうして馬車に揺られてのんびり旅をするっていいわね!」
「楽しんでいただけているようで、何よりですじゃ。ですが、心臓に悪いので、降りて欲しいのですがなぁ」
アクバーラ島の北部中央。内海を左に見ながら、街道を西から東へ進む馬車があった。
しっかりとした造りと荷台の大きさから、長旅や交易に使用されるものだろう。
その馬車の屋根の上に寝転ぶ少女の姿がある。
仰向けに寝転がり、流れゆく雲や映り替わる周囲の光景を見ては楽し気に笑い声をこぼす。
そんな彼女の声に応えたのは、御者台に座り馬を操る、白く長いひげの老人だった。
頭痛をこらえる様な、何とも難しい顔をした老人は、上に居る少女の様子に気が気で無いようだ。
馬が優秀なのか、馬車は逸れることなく街道を進み続けて居るが、そうでなければ何処かで段差などに車輪を取られるなどしていたかもしれない。
「ええ~いいじゃない! 私こんな風に旅をする日が来るなんて、思っても見なかったんだもの。だったら一番見晴らしの良い所で景色をじっくり楽しみたいじゃない」
「見晴らしのよさなら、儂が背の方がよほど良いと思いますがのう」
「駄目よ! お爺ちゃんの背中だと、旅があっという間に終わっちゃうじゃない」
屋根の上から聞こえてくる少女の反論に、御者の老人は深いため息をつく。
一方、馬車の中からも、聞こえてくる声があった。
「好きにさせればいいだろう。我らがついているのだ。何が起きようがどうとでもなると言うものだろう?」
「簡単に言ってくれるのう。儂は今から夜光坊の苦労が目に浮かぶようじゃよ」
「我らの主は懐が深い。その程度の苦労など乗り越えるであろうさ」
「そうは言っても、この道は万が一があるでのう……」
野太い声は、巌を思わせる重さがあった。
老人はチラリと馬車の中を覗き込む。
そこには、全身筋肉の塊のような男が、座禅を組み瞑想していた。
身に着けているのは、素手の格闘技を操る武僧らが身に着ける道着である。
先の声は、この男のものだ。
己に明確な自信があるが故の発言だが、その中に確かな投げやり的響きがあるのを、老人はしっかり読み取っていた。
「えっ、この道何かあるの?」
そこに少女の声がかかる。
見上げれば、御者台の上から老人を覗き込んでいではないか。
その姿に僅かな頭痛を感じながらも、老人はその理由を答えた。
「そうじゃの、お嬢は沖の島が見えるかね?」
「ええ、幾つも浮かんでて面白そうね!」
「あの島の中の幾つかには、それは厄介なモンスターが住んでおるんじゃ。元々は海で隔離されておるから、害はない筈じゃったのが、最近は海を渡るようになったらしくてのう……」
そう、モンスター達が意思を持つようになった事で、実体化したモンスターの中で夜光が危険だからと北部の内海の島々に隔離したモンスターが、稀に海を渡って他のエリアに侵入し、事件を起こすという事例が発生しているのだ。
実際現実でも野生動物が海を泳いで渡り、孤島にたどり着いて問題を引き起こすという事例が存在する。
現実では猪などがそれを行うが、この街道沖の島々に隔離されているモンスターは、そんな可愛らしいものではない。
凶暴性では他の追随を許さない燻狂獣などが暴れた場合、地形が変わるなどの事態さえあり得るのだ。
老人の説明を受けた少女は驚きながら、
「え!? じゃぁアレってそういう事なの?」
「何ですと!?」
街道の行き先を指し示した。
そこには、今まさに海岸から巨大な影が上陸しようとしている光景があった。
「馬鹿な、檮杌じゃと!? アレは封印も施されてあったはずじゃが!?」
「……周りを船が囲んでいるな。アレは入江の民か? 戦の遠征の際に封印の塚でも巻き込んだと見える」
「何をやっとるんじゃ、あ奴らは!?」
老人が檮杌と呼んだモンスターは、人面虎足で猪の牙を持つとされる古代中国において四凶と呼ばれた怪異悪神の内の一柱である。
性格は凶悪頑迷とされ、人に害をなすとされて中原の四方に流されたとされるそれをモチーフにしたこのモンスターは、アナザーアースにおいては大規模戦闘専用の敵性モンスターとしてデザインされていた。
つまり、一言で言って巨大であった。
体高は、周囲を取り囲むヴァイキングたちの船のマストの先端よりなお高い。
それだけに異様なタフさと防御力を兼ね備えているらしく、ヴァイキングたちの攻撃をものともせず上陸し、居今まさに暴虐を振るわんと咆哮を上げる。
「まずいの、ここままでは周辺が更地になるどころか海に沈むぞい」
「ええっ、それは困るよ! 今夜はこの先のパンデモニウムサイドの温泉に浸かるつもりだったんだよ!? 道が無くなっちゃうよ!?」
老人の見立てでは、封印から解放された檮杌は、ただ衝動のままに暴れ狂うだろう。
封印された島からアクバーラ島に来たのも、島自体が目覚めの一暴れで消滅している可能性すらあると老人は予測している。
それに慌てたのは少女だ。もっともその懸念はいささかピントがずれている、
「それはどうでもいいが、四凶級が暴れるのはいただけんな。この近くには我らの里もある。街道が消えたら我らが働かなくてはならなくなるというものだ」
道着の男も何かズレた部分を問題視しているようだったが、その分やる気を出したらしい。
「では頼めるかの?」
「おう、任せろ。お嬢の御守は頼むぞ」
「まかされたわい」
短いやり取りを交わすと、一歩馬車から足を踏み出した。
次の瞬間、周囲の日が陰ったかのように、周囲に影が落ちる。
「おお~、でっかいねぇ長は」
その正体を、少女は知っていた。
馬車の上からでも見上げるほどに巨大化した道着姿の男、いや巨人の事を。
道着の男の名は、グレンダジム。
アクバーラ島の中央山脈に居を据える巨人族達の長にして、半神とも言える存在。
「儂も同じ程度の大きさに戻れますぞ?」
同時に老人も姿を変えていた。
馬車を取り囲むように巨木のような長い身体が円を描く。
その身を覆うのは金色の輝きを宿す鱗だ。
黄金竜と化した老人は、馬車と共に少女を何者からも守り切るとばかりに自身の身で堅牢な城砦を築き上げていた。
「ゴアアアアアアア!!!!」
「ヌン!!」
その頃には道着の巨人グレンダジムは、檮杌と戦闘を始めていた。
檮杌は巨大な人面獣身の化け物だ。
対してグレンダジムは同等以上の体格成れど、素手。
野生の獣と素手の人間の場合、戦いになればその結果は明らかだ。
爪も牙も素早さも、野生の生命力でさえ、獣の優位を固める事となる。
しかし、グレンダジムは武人であった。
獣のように直線的に襲い来る檮杌を、深く腰を落とした一撃で迎撃すると、返す拳で連撃を叩き込む。
驚いたように飛びのいた檮杌を追いかけるように、ビルの高さ以上に振り上げられた踵が容赦なく振り落とされたのだ。
さらにそこへ、黄金竜と化した老人から雷が放たれ、檮杌の身体を打ち据える。
「うわ~、すごいねぇ二人とも」
「アレも全力であればこちらも苦戦するであろうがのう。封印から目覚めたばかりでは、儂らの相手にならんわい」
少女の賞賛に老人が返す中、檮杌はグレンダジムの手により、更に衰弱していく。
恐らくは、このまま再封印までさせるのだろう。
「じゃぁ、このまま旅を続けられるね~」
「……旅の空は老骨に堪えるのですがのう……」
黄金竜は老人の姿と同じように旅を憂うものの、少女は気にせず先の事に意欲を燃やし続ける。
竜の長と巨人の長、二人の強力なお供を連れた少女の旅は、まだまだ続いて行く。
彼女が何者なのか、何処へ行こうとしているのか。
それらが語られるのは、まだ先の話であった。
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