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【書籍4巻刊行中】万魔の主の魔物図鑑 【6章完】  作者: Mr.ティン
第4章 ~混迷の皇都~

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第29話 ~後始末と思わぬ邂逅~

「逃げられなくてよかった。スナークに頼んでおいて正解だったよ……」


 アナザーアース最高の暗殺者の手により、一欠けらの塵さえ残さず<貪欲>が宿っていたらしい黒玉が消滅したのを見て、僕は安堵の息をこぼしていた。

 先だって手を焼かされた瓦礫の巨人や、今夜皇都で起きた幾つもの事件。

 その何れもが<貪欲>が引き起こしていたらしいけれど、これでようやく一息つける気がする。


 それにしても、この場にレディ・スナークが居てくれてよかった。

 元より赤い霧の障壁で皇都中に化石邪霊が溢れるのを防いでくれたから、最悪の事態を避けられたのに加えて、逃げようとする黒玉を的確に潰してくれたのには頭が本当に下がる。


 竜人肉像を構成する人々を傷つけずに倒すに、僕は風の精霊の一種である黒煙魔人を呼び出した。

 黒煙魔人は瞬間召喚で呼び出した場合、対象を移動と行動に制限がかかる『拘束』や窒息による割合ダメージの他にももう一つ、ある特性が存在する。

 それは、身体を構成する黒煙によって、相手の視界を制限できる、つまり名前の通りに煙幕じみた効果。

 結果、相手は身動きが取れず、周囲の状況も見えなくなると言う、ある系統のスキルにとって格好の獲物な状態になってしまうのだ。

 その系統とは、暗殺者系統。

 称号持ちが習得する、即死付与系攻撃スキルは、相手が称号持ちを認識できないとき高比率の割合ダメージや、耐性の無い相手への即死状態の強制付与といったまさしく致命的な効果を発揮する。

 僕自身は余り利用する事のないスキルの組み合わせだったけれど、アナザーアースにおいては拘束魔法と暗殺系称号のコンビネーションは強力だったのだ。

 黒煙魔人のような召喚モンスター以外にも、暗殺者系統は盗賊系統の称号の派生称号である為、盗賊系が習得できる罠設置系のスキルと煙幕等のアイテムを組み合わせることで、簡単にこれらの状況を成立させることが可能だった。

 ただ、暗殺者系統のスキルを活かすには軽装である必要があり、またボス格のモンスターやNPCは何らかの方法で拘束を抜け出す手段を持っていたので、中々に決まり難い戦法でもあったのだけど。


 そして今回も、拘束しての暗殺は失敗というかそもそもそれ以前の話になってしまった。

 本当は拘束した状態なら他の部分を傷つけずに、竜人肉像の核になっているモノを破壊するはずだった。

 だけど分厚い人肉の鎧すら捨てて逃げ出そうとする<貪欲>宿る黒玉を、僕らは咄嗟に食い止める事も出来なかった。

 この場に居たのはアナザーアースにおいて最高の暗殺者にして暗殺者称号クエストの師匠枠であるレディ・スナークで無ければ、まんまと逃げられていただろう。

 だけど彼女は、黒玉の動きを見通していたかのように人知れず地下道の入口に回り込んで、致命の一撃で相手を葬ってくれた。


「単純な短剣での突きに見えたで御座るが、跡形もなくなるのはどういう理屈で御座る?」

「答える必要は無いわね」


 そのレディ・スナークは、今展開していた赤い霧の解除作業をしているようだ。

 この場に居た脅威である化石邪霊やそれを発生させていた黒玉、そしてそこに宿っていた<貪欲>が居ない今、この場は早々に引き上げた方がいい。

 とはいえ、必要な処理は在る。

 僕等は現状この世界の表舞台に立つ気はない。

 この世界に来ているのは、あくまで元の世界に戻る為の情報収集で、けっしてこの世界の国になり替わろうとか、攻め込みたいわけじゃない。

 こんな大きな事件を強力な力を振るって解決したなんて状況は、はっきり言って困るのだ。

 だから、僕の仲間達は隠蔽工作の真っ最中だ。


「ご主人様、怪我人の治療は終わりましたわ。何人かは幾らか後遺症もあるかもしれませんけれど……」

「主様、彼方此方の修理終わりまして。あと、コレらが使こうてた魔道具も回収しましたえ」

「ミロード、その辺りも含めて、記憶の処理と催眠処理をしておいたわね。この場のアレコレは、全てあの偽物に押し付けておいたわ」


 竜人肉像の材料にされた人たちや、それ以外にもこの赤い霧の中で石化した人々の治療は、治癒の奇跡を行えるマリアベルがフル回転で頑張っている。

 元々天使の聖歌隊でこの付近の石化された人々は解除出来ていたけれど、それでも赤い霧の中は皇都の貴族邸宅区画の一角を丸々覆っていた。それだけに天上の讃美歌が届いていなかった人々も多く、彼女の治療が必要になって居たのだ。

 他にも、特に体の損傷が激しかった人たちは、傷こそ高位の奇跡で癒えたものの、今後後遺症に悩まされる見込みだと言う。

 特に酷いのが、竜人肉像の拳部分になって居た数人。

 身体の一部が肉片として飛び散るほどの衝撃とその後の再生で無理やりつなげられた肉体は、高位の奇跡を以てしても完全な治療に至らなかったそうだ。


 実は九乃葉は、万魔殿でのアイテム管理を任せていることもあり、アイテムの損傷や消耗を修復することが出来る。

 彼女が身に付けた称号の内仙術系統の称号は、仙丹や呪符、宝貝といったある種のマジックアイテムの生産と修理が可能なのだ。

 専門の生産職程の効率は見込めないものの、この区画にあるのはアナザーアース基準で言えばさほど位階の高くない物品ばかり。

 先の襲撃はともかく、化石邪霊そして竜人肉像が引き起こした破壊は、修復の呪符を振りまき、または隠蔽の符で認識させなくなるなどしてなかったことにしてもらって居る。

 他にも、襲撃者達が使った魔道具は、だれか別の現地のだれかに拾われても厄介ごとが増えるだけだから回収してもらって居る。

 アイテムマニアでもある九乃葉にとっては物足りないだろう下級アイテムだけれどね。


 リムスティアは、この場で起きた事に対する記憶処理。

 多くの人々は石化などのショックで気を失っているのは、彼女にとって好都合だった。

 夢と記憶に干渉するのは、夢魔の一種である淫魔の魔王である彼女にとって息をするように簡単な事。

 彼女の権能により、この場に居る人々は共通の夢を見せられて、それを現実にあった事と思い込まされることになる。

 そう、とある新将軍にそっくりな貌を持つ男が、大剣使いの傭兵に追い詰められ、悪あがきに発動した魔道具によって発生した赤い霧により、その中に居た全員昏倒した、という夢を。


 そのゼルグスの顔を持つ男は、黒玉の影響で肉体が黒玉に変化していたけれど、身体から黒玉が抜けてさらにレディスナが黒玉を破壊したためか元の姿に戻っていた。

 更には、ゼルグスに似せた顔が所々崩れ、本来の顔らしき肌が見える状態になって居る。

 勿論こちらも気を失っていて、他の襲撃者達と一緒に捕らえられていた。

 これらは、グラメシェル商会の護衛としてこの場に元からいたことが明らかなゼルが、紆余曲折の末に捕縛した扱いになる。

 そういえば、リムがこのゼルグス似の男の記憶を探ったところ、やっぱり南部諸侯の工作員だったことが判った。

 この騒ぎフェルン候の元のゼルグスのせいとして、更にはフェルン領侵攻とは別方向で騒動を引き起こす事で御前会議での責任追及をうやむやにするのが目的だったらしい。

 南部諸侯は追い詰められ過ぎて、随分な暴挙に走った訳だけど、この分だと逆効果になるだろうな。


「いやぁ、一時はどうなるかと思ったけれど、こんな儲け話が舞い込むとはね! これから会う相手にも、喜んでもらえそうだよ!」


 何しろ、この場に居る唯一意識を保ってる皇国民、グラメシェル商会のレオナルド会頭が乗り気なのだ。

 今夜のゼルは、会頭の護衛として雇われていたことになって居る。

 つまり、この騒動を引き起こした首謀者を捕らえたのは、グラメシェル商会の手柄であると公的に扱われることになる、というのがレオナルド会頭の主張だった。

 まぁ僕らも厄介ごとの種でしかない工作員を抱えるよりは、彼に押し付けた方が都合がいいのも確か。

 結果しっかりと南部の工作員を確保したレオナルド会頭は、絶賛売り込み先の算段を整えているみたいだ。

 襲撃された東部バリファス地方の諸侯と、濡れ衣を着せられそうになったフェルン候、どちらにも身柄を高く売れるのは明らかで、笑い顔が抑えきれていないのが明らかだった。



「……よし、解除可能になった。暫く後に、障壁を開放する」


 そうこうしている内に、スナークの障壁解除処理が終わったらしい。

 見れば赤い霧の障壁が天上方面から崩れて、ゆっくりと風に流され始めていた。


「じゃぁ、僕らも撤収しよう。ゼル達はこのまま会頭の護衛で、僕らは……そうだね、せっかくだから地下から帰ろうか?」

「なら、案内しよう。斥候役は居ないのでしょう?」


 隠蔽工作も一通り終わったし、これ以上この場に留まる必要もない。

 ライリーさん達の事も気になるし、一旦この場を離れれば僕らを誘導した風浪神ゼフィロートが接触してくるはず。

 また皇都の夜を飛ぶのも一興だけど、この赤い霧は多分皇都中から注目されたはずで、夜中とは言えそんな人目が多いところから空を飛んで離脱という目立つ手段を取りたくない。

 そう思い地下道を提案すると、レディ・スナークが先導を買って出てくれた。

 この皇都のモチーフ、アナザーアースの王都の地下水道なら僕は散々歩き回ってMAPを覚えている。けれどこの皇都の地下水道は、色々改造されていると想定できる。

 そんな中を案内人なしで通り抜けるのは不安が有った為に、これは渡りに船だった。


「じゃぁ、お願いしますね? ゼル、マリィ、また後でね」

「畏まりまして御座る」

「はい、ご主人様」


 赤い霧の障壁は、一度崩れ始めたら一気に崩壊を加速させていた。既に色合いは赤から通常の霧らしい白いものに変えていて、吹き始めた風に、どんどん流されていく。

 多分、この光景はフェルン候の屋敷からも見えているはずで、となるとフェルン候に報告もする必要がある。

 ……やっぱり、フェルン候の所に、一度戻らないといけないよね。話も途中だったし。


「……スナーク、西部諸侯の邸宅区画まで、案内をお願いするよ」

「……まぁ、任せていて」


 報告とか、レポートの提出というのは、有ると思うと気が滅入ってしまう。

 それに、僕とリムとここのは斥候系統の称号を持ち合わせていない。

 あとは、とにかく色々あって疲れていたのもある。

 だからそう、仕方なかったのだ。

 レディ・スナークが、案内した先が何故か地下水路の上流、皇都に向かって居ても付いて行くより他なく。


「そなたが、今夜の功労者にして来訪者か」


 ついた先、地下にあるにしては妙に豪奢部屋で、明らかにカリスマに溢れた人物が待ち構えていたとしても。


「余はヒュペリオン・デセザル・ノル・クラヴォト・カルディス・ガイゼリオン。この国の王である」


 何故か大国の王が待ち構えていたとして、


「……ほへ?」


 間抜けな声しか出せなかったのも。


 とにかく、仕方なかったのである。

書籍化情報ですが、活動報告にも上げましたが、各書籍サイト様にて予約が始まっております。


改めて書籍化の際の題名ですが、『万魔の主の魔物図鑑 ─最高の仲間モンスターと異世界探索─』と副題が入るようになりました。

アース・スターノベル様からで、2月15日刊行予定です。

巻末特典のSSや書店様の特典SSなどもありますし、かなりの加筆があるので楽しんでいただけると思います。

あと、誤字が一気に消さってます。

校正様に深く感謝……頭が上がらないですね……

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