第27話 ~竜人肉像~
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
とても今更の話になるけれども、今の僕の戦う力は、MMOアナザーアースが基準になっている。
このアナザーアースというMMORPGは、強さの基準である『位階』があって、幾つかの拡張によって成長限界が引き上げられてきた経緯があった。
チュートリアルと言われる、無料で楽しめる範囲は下級:100まで。製品版を購入すると中級:100の範囲までレベルが開放され、シナリオや追加エリアが開放されるようになる。
そこまでが、正式リリース時に公開された範囲で、その後それぞれ数年を置いての追加パック『人の章』『地の章』『天の章』が公開された。
それぞれ準上級、上級、伝説級への成長が可能になり、冒険の幅は広がっていったのだ。
今の僕は、追加パック『人の章』での成長限界範囲である準上級:100までに至っている。
それが何を意味するかというと、数年間その当時のエンドコンテンツを走り切れるだけの一つの限界値までの力を取り戻せていると言う事だ。
実際、先に呼び出したように、召喚系の<称号>持ちなら下級の天使なら無理なく呼び出せるようになるし、戦士系統の<称号>持ちならアクションゲームのような超人じみた挙動を難なくこなせるようにもなる。
だけどこのアナザーアースというMMO、実はキャラの能力に対して、幾ら成長させようと割と死にやすい。
生命力や魔力や体力の数値自体は膨大な数値になるのにも変わらずだ。
具体例を挙げるなら、装備品などを一切考慮しない場合の生命力は、下級:1の際に100~120程度で、下級:100の頃には5000付近に届く。
さらに中級で数万、準上級で数十万、上級で百万単位、そして伝説級に至っては1千万を超える程だ。
だけど、僕が殺された襲撃者の件や、山賊に殺された関屋さんの例でもわかるように、この世界の多分下級位階程度の相手でも、その莫大な量の生命力を削り切れる。
それは幾つかの条件で、ダメージが割合化するためだ。
例えば、位階に見合った防具で攻撃を受けた場合、強固な防御力を抜けた数値が生命力へのダメージで入るのに対して、防具に守られていない急所を刺されるなどの場合、全体の5~7割の生命力が一気に失われる。
僕や関屋さんの事例はまさにコレだ。
関屋さんは寝起きの不意打ちで防具を整える事も出来ずそのまま倒されてしまったし、僕が襲撃されたときは不意打ちで急所を晒したあげくに中級でも使える魔法障壁を展開できなかった。
結果あっさり命を落としてしまったのだ。
別の例で言うと極端なサイズ差のある戦闘の場合、サイズが小さい側のダメージが割合になることが有る。
大規模戦闘などで大型モンスターが相手の場合、何らかの形で同じくらいのモンスターを呼び出すなりして対抗するのはコレが理由だった。
他にも、毒や病気も割合ダメージになる。
種類や強度によって差は出るけれど、例えば暗殺者系統の<称号>持ちが扱える毒の中には、瞬時に9割そして比較短期間で追加5割といった即死級の劇毒も存在している。
あとは、ボス格のモンスター等が稀に行うイベント絡みの技などもそうだ。
特定のギミックをこなさない限り、生命力の10割を超える即死級のダメージが飛んできたりする。
多分作中のインフレを抑えるためだと思うのだけれど、こういった死と隣り合わせなのがアナザーアースというMMOだった。
勿論、これらにはちゃんと対抗策もあった。
その位階に応じた装備を整えるのは基本だ。
見た目は素肌を晒しているように見えても、上位の装備は魔法障壁も含まれている為に全身鎧並みに急所を保護している扱いになるモノが多い。
種族特性も有効だ。
例えば、ゼルのような全身鱗で覆われた種族は生体装甲ともいうべき防御力で斬撃による割合ダメージを回避できるし、魔像のような内臓を持っていない存在に急所狙いは意味がない。
さらに称号にはそういった割合ダメージを単なる数値ダメージへ抑える効果があるものがある。
アルベルトさんが、巨大化したゲーゼルグや九乃葉の攻撃をさばけていたのも、タンク職絡みの<称号>でサイズ差のある攻撃に対して割合ダメージ回避と防御行動の対大型化の常態強化が有効になっていたからだ。
そんな訳で何故今こんなことを考えているかというと……。
「参ったな。ここにきてこれかぁ……」
目の前に立ち上がった人影を見上げて居るからだ。
その大きさはおよそ10m程。
付近に立ち並ぶ邸宅程度の、だけど材料の都合でそれ以上は大きくならなかったソレ。
一言で言うなら、それは所謂魔像の一種だ。
ただし、殆どの場合通常の魔像と違いその材料で忌避されるだろうと思う。
人肉魔像。
それも未だ生きた人間を寄せ集めて作り上げた異形の巨人が、そこに立ち上がっていた。
あの全身が黒石化したゼルグスの顔をもつ異形は、周囲の石化が浄化されると見ると、直ぐに行動を起こしていたのだ。
意識を失い倒れ伏す人々が突然立ちあがると、その異形に突撃していったのだ。
僕らもとっさのことに人々を抑えきれず、結果人肉の塊が出来上がっていた。
そしてそこから立ち上がったのがこいつだ。
今まで皇都で見て来た瓦礫の巨人や、ライリーさんが対応に向かった土塊の巨人と比べてはるかに小柄だけれど、これは脅威。
これくらいの大きさから、サイズ差の暴力は牙を剥き始める。
ゼルやここのが大型化したら上回れる大きさではあるけれど、ここは貴族の邸宅区画だ。
この二人の巨大化した姿は逆に大きすぎて、付近の被害が大きくなりすぎる。
更に言うなら、あの巨人の材料が問題。
さっきまで石化されていた人たちが、引き寄せられてその身体を作り上げているのだ。
天使の聖歌隊によって石化を解かれた彼らだけれど、僕らが
思い起こせば、瓦礫の巨人を作り上げた<貪欲>は、『自分』に触れたモノを操る力を持っていた。
それは分身として作った体も同様で、つまり化石邪霊を作り出したあの黒玉も、そして化石邪霊もまたその範疇だったと言う事。
その結果が、目の前の被害者を寄せ集めた肉の塊だ。
更に言うなら、その姿は只の人型では無かった。
人体を組み合わせて作られたそれは、立ち上がった蜥蜴を思わせるような姿。そう、本来の竜人の姿のゼルに似ていたのだ。
いわば、竜人肉像。
「……ゼル、操られてる感覚は在る?」
「御館様、ご安心めされよ。早々に腕を切り落とした故か、問題御座らん。されど……切り落とした腕はあのように」
「……取り込まれていますわね。回収しておくべきでしたわ」
邪霊に触れられたゼルは、僕から見ても操られている様子は無いのはいいけれど、問題は落とした方の腕だ。
こちらも天使の歌声で石化を解かれていたのだけど、人肉の塊となった最後のピースのように引き寄せられると取り込まれていった。
竜人の姿を取った以上、ゼルの力を何らかの形で取り込んだのだろう。
同時に厄介なことが一つ。
この地の人達の肉体を基にしたのなら、幾ら滅びの獣の一角とは言え材料の影響でアレの位階は中級や精々準上級の所を、ゼルの力を取り込んだ以上恐らく伝説級に至っている。
この路地で大型出来る最大限のサイズを持つ、ゼルと同種の同格の存在。
「ここに来てもなおゼルグスの模造品とはね……」
頼もしい味方であるゼルの力を知るだけに、それがどれ程再現されているのか……。
更に言えば、今後の事を考えるとあの身体を構成する人々は極力助けなければ、今後皇国で僕らは碌に動けなくなる。
心底厄介な相手を目の前にして、僕は内心途方に暮れていた。
夜光が竜人肉像を前にしたその頃、<貪欲>もまた歯噛みする思いであった。
(<傲慢>め! 如何しろというのだ!?)
この状況を作り上げた滅びの獣の同類に対して、恨み言がとめどなく溢れてくる。
<貪欲>は、本体核である宝石を失った今、大幅に力を減じていた。
本来の<貪欲>の権能は、触れたモノ、所有したものを自由に操れるというものだ。
しかしそれにはいくつか条件がある。
操る為には意識を分けた分体や、『本体』が知覚できるものであると言う事や、例えば人体のような複雑な動作を要求されるモノに対しては同時に操れる数が限られるなど。
それら制限も力を増せば解除されていき、窮極には一国丸ごとの人々や物品を制御さえ可能であった。
逆に言うと、力を失えば失うほど制限が増えると言う事でもある。
重要な本体核である宝石を失い、更には自由に動かせる最後の意識の移送先であるこの黒玉は、化石邪霊を発生させる力を持つ代わりに、<貪欲>の依り代としての格が高くない。
結果、己の物と出来るモノは周囲に転がる意識なき者達しかなく、それも自由に動かすとも行かずこのような大雑把な身体の素材にする程度しか使い道が無かったのだ。
唯一好材料と言えるのは、高位の竜王の肉体の一部を取り込めたことくらいであろうか。
そもそも、対峙している者たちが問題だ。
<貪欲>はある程度の格を持つ者の常として、相手の力量を相応に感じ取る力がある。
その力が囁くのだ。目の前の者たちは、殆どが今の力が衰えた自身では本来太刀打ちできないモノばかりであると。
特に、大剣使いの剣士だ。
<貪欲>が取り込んだ腕の持ち主である以上、コレの本性は竜王なのは間違いない。
片腕を取り込んだだけでも、瓦礫や土塊で作り上げた肉体を超える力がこの仮初の身体に溢れてくる以上、その大本がどれ程の力を持ち合わせているのか。
だが、だ。
(知っているぞ、こいつらの首魁は誰であるかを)
<貪欲>は、対峙している者たちのうち、誰が中心であるかを知っていた。
術師らしきローブに身を包んだ子供。
<貪欲>が依り代とした黒玉にとりこまれた工作員が密かに観察していた記憶、そして先の瓦礫の巨人や傭兵たちを操っていた際の記憶。
だからこそ、狙うべきは一点であった。
(あの子供を殺し、指揮が乱れた隙を突く!)
それは一瞬の出来事だった。
人体でくみ上げられた竜人の口が開き、異形の咆哮を伴った黒炎のブレスが、未だ展開され続けて居た障壁へと叩きつけられたのだ。
同時に振りかぶられる巨腕。
ブレスが終わる瞬間、その腕は度重なる負荷により減衰した障壁を貫き、少年の立っていた場所へと叩きつけられた!
猛烈な破砕音と共に巻き起こる土煙。
巨体に見合わぬ素早さで引き抜かれたそこには、砕かれた石畳と大穴、そして赤く潰れた肉片と血だまりが広がっていた。




