第22話 ~緋色の彗星~
皇都を模した空間に、二体の巨人が立つ。
土塊の百手巨人に相対するのは、深夜の闇の中に在っても鮮やかな緋色。
内から滲むように仄かな燐光が、金属の巨人を自ら照らすようであった。
緋色の巨人のフォルムは、粘土をこねて作り上げたような百手巨人と違い、何処か刃を思わせる鋭利さを感じさせる。
全体的にスマート。人間と比較して手足が幾分長めのバランスであり、何処か絞り込まれたボクサーのような印象を与えるだろう。
起動させた60m級超大型日緋色金魔像、『試式緋彗』。
<創造者>ライリーの最新作にして、その名の通り試作機であった。
「こいつは夜光のギガイアスとやり合うにはまだまだ仕上げが足りないんだが、アレ程度なら十分だろうさ。試運転ついでに各部の動作確認だ。メルティはデータ取り頼むぜ」
「畏まりました、マスター。ギガイアス様との再戦には幾ら準備しても足りませんものね」
「ああ、前にやり合った時もお互い手の内を見せ切った訳じゃないからなぁ……」
各魔術装置、そして武装の具合を確認しつつ、ライリーは愛する女中人形と言葉を交わす。
「マスターは負けず嫌いですものね」
「というよりは、同じ土俵でやり合いたくなったって感じだなぁ。だから同サイズのコイツを作ったわけだしな……まぁ、手持ちの日緋色金尽きちまったが」
「神鉄もです。整備用の備蓄すら尽きましたからね……夜光様に採掘許可を頂けなかったらどうなっていた事か」
「あいつも楽しみにしてるから良いんだよ。っと、話は此処までだ。奴がこっちに気付いたようだぞ」
巨大の腕を振り下ろした姿で止まっていた『百手巨人』が、ゆっくりと顔に当たる部分を試式緋彗へと向けていた。
顔に当たる部分に在るのは上半身だけ晒した精霊使い。
拷問以上の苦痛に苛まれ、見るモノ全てを否定するように成り果てたソレにとって、幾らか距離があるとはいえ他を圧倒するサイズの魔像は排除すべき最優先の存在とみなされたのだろう。
破壊衝動そのものの姿は、巨大な二本の腕も使い、猿人のような挙動で緋色の巨人へと迫ったのだ。
「っち! こいつ思った以上に早いな!?」
見た目に反する素早さで一瞬のうちに間合いを詰め、巨大な腕を横殴りの一撃。
「!??」
しかし、緋色の巨人もまた巨体に見合わぬ速さでその場を飛び退っていた。
「腕も使ってゴリラみたいな挙動をしやがる。だがな、こっちは日緋色金製だ。速さじゃ負けねぇぞ」
かつてのアナザーアースにおいて、魔法金属に分類される日緋色金は、神鉄と同系列であり、なおかつ非常に軽いのが特徴であった。
堅さという点では神鉄より劣るものの、その軽さは作成した魔法装置や魔像の動作の素早さや速さとなって反映される。
その為、60m級の巨大魔像でありながら試式緋彗の敏捷性は驚異的なものとなって居た。
「殴り合いがそんなにしたいなら、こっちも答えてやるよ!」
もちろんその速さは、攻撃においても発揮される。
持ち上げられた緋彗の腕。印象の通りにボクサーのような構えを取った次の瞬間、
「パァン!」
「!?」
響き渡る炸裂音と同時、土塊の巨人の腕が大きく抉り取られていた。
まるで砲弾でも当たったかのように弾けた跡は、すぐさま流動する土により修復される。
だが、破裂音は一度では終わらない。
パパパパパァン!! と連続して響く音と共に、土塊の巨人の各部が同様に穴を穿たれて行く。
これらはもちろん、ライリーが操る試式緋彗によるもの。
「モーションを世界チャンピオンから拝借した一級品のジャブだ。サイズのせいで先端は音速を軽く超えちまってるから、ソニックジャブって所だな」
そう、構えの通りに放たれたのは、ボクシングで言うジャブ、それも世界タイトルマッチで披露された名チャンピオンのジャブのモーションを取り込み、更に高速化したものだった。
人間サイズから何十倍も拡大された60m級魔像の放つそれは、拳の先端を容易に音速の世界へと導き、衝撃波を伴う破壊をもたらす。
もとより土塊で出来ていた百手巨人は堅固さという意味では大きく劣る為、その一撃を受けるたびに大きくその身を抉られることとなったのだ。
「とはいえ、決め手にはならんわな。メルティ、奴の状態は?」
「幾分総魔力が減少したものの、誤差の範囲です」
「だよなぁ……」
しかし土塊の百手巨人は、幾ら傷つこうとも怯む様子がない。
そもそも魔力で土を巨人の形にしているだけなのだ。
肉や骨、内臓と言ったモノは当然無く、表層を幾ら抉ろうが、例え巨腕が千切れようが、すぐさま修復されるだけ。
勿論巨人にも弱点と言える場所は在る。
再び響く破裂音。
狙われたのは頭部、唯一土塊ではない、精霊使いが露出したそこ。
「まぁ、思った通りか。顔を狙っても効果なしと」
「頭部は最も魔力濃度が濃く、一種の防御障壁と化しているようです」
そう、狙いすまして放たれた衝撃波を伴う拳は、精霊使いに直撃することが無かった。
障壁じみた魔力の渦の前に波紋の如き痕を空間に残し、弾き飛ばされたのだ。
さらに異変が起きる。
「ああああああああああ!??」
「おっと、危機感を煽っちまったか」
直接頭部を狙われた事により、暴走する中に在って破壊衝動をぶつける相手から明確な脅威として認識されたのだ。
それが百手巨人に更なる変化を呼ぶ。
大気に晒されていた精霊術師を守るように頭部周辺の土が盛り上がり、兜の如くに包み込んだのだ。
僅かに残された幾つかの穴は、まるで目口のように並び、まるで埴輪の様。
それだけではない。
今まで巨腕や身体のあちこちに生えていただけの無数の腕が、その長さと太さを増していったのだ。
結果、腕同士の融合なども起こしながら、上半身くまなく巨腕が生えていると言った異形へと成り果てる。
「おいおい、なんだよコイツは……随分不格好な埴輪だなオイ」
「マスター、魔力濃度増大!」
「っ!?」
数えて12対24本の腕が生えた異形の巨人となった土塊の巨人が、明確な殺意を持って緋色の巨人へと襲い掛かる。
勿論されるがままになるライリーではない。
先のように、華麗なアウトボクサーのような素早いステップアウトでその腕の間合いから逃れようとする。
「マスター! 止まらないで!!」
「んなっ!?」
しかし、異形となった巨人はライリーの想定を超えていた。
掴みかかるように伸ばされた無数の腕が、触手じみた自由さで当初の長さ以上に伸びたのだ。
まるで蛇の群れであるかのように蠢き掴みかかってくる24本の腕。
土砂崩れに吞まれるかのように、赤い機体が土塊の流れに覆われようとしたその時、
「させるかよ!!」
轟! と爆音が弾けた。
肩口から爆炎を伴い、日緋色金製の魔像が土塊の津波から後方上空へと飛び上がったのだ。
だが土塊の腕はそれを追うように、更なる動きを見せた。
延ばした腕の大本、胴体部分が変容していたのだ。
周辺の地面から莫大な量の土砂を取り込んだのか、伸ばされた腕とは別の更なる腕が新たに生える。
ただ、これまでとは違いその腕は素手では無かった。
「武器まで作り出せるのかよ!?」
「土砂や周辺の瓦礫を圧縮し、魔力で覆われているようです。魔力の補正で鋼程度の強度と想定されます」
無数の腕には歪な武器が握られていたのだ。
その種類は多岐にわたり、近接武器だけでなく投擲槍や弓などの遠距離用のものまである。
この光景を夜光やその仲間モンスターが見ていたなら、それらは夜光を襲った襲撃者達が手に入れていた無数の武器などを模していると気付けたかもしれない。
「……素手じゃぁ緋彗に適わないと思ったのかね」
「まだですマスター。本体魔力が急速増大」
「まだあるのかよ!? この期に及んで何だってんだ!?」
冷静に土塊の巨人の変貌を見極めるパートナーの声に、ライリーは土塊の巨人の更なる変化を見極めんとする。
「……ああ? 顔、か?」
「全体的な形態も変容しています」
更なる変貌は、全体的なフォルムに現れていた。
埴輪のような穴だけの顔から、明確に人に似せた容貌へ。
それは先に取り込まれた精霊使いのものによく似ていた。
更にはその顔の左右、そして背面にも顔が形成されて行く。
ライリーが知る由も無かったが、それらは精霊術師の仲間達の顔をしていた。
同時に全体的な造形も粘土細工じみた不格好なモノから、人に近い物へと変化していく。
長くのばされた無数の腕は縮み、何時しかそれらにも瓦礫の武器が握られる。
武器が握られた無数の腕はそのままに、人のバランスに近い姿に変わったそれは、無数の腕を持つ仏像のそれに近いモノへ。。
そこに至り、ライリーは一つの仮説を立てた。
「……メルティ、奴の元になった精霊術師はどうなった?」
「はい、肉体反応消失しています。ただ、魔力は依然上昇中……マスター、コレは?」
「多分だが、さっきの変化で肉体も魔力にし切っちまったんだろう。そこで魔力切れで本来はあのデカブツも消えるはずなんが……多分、暴走の元がそれを許さなかったんだろう」
上空の緋色の巨人を見上げる土の巨人。その人間臭い動きを見ながら、ライリーは確信する。
「魔力の元となる術者の肉体は尽きた。だが暴走の元はまだ魔力を求めてる。なら、魔力の元となる肉体を用意したらいいってな。ああやって生前の肉体に近づけてやって、魂に土塊の巨人の身体を自分の身体と思わせれば、あの身体を構成する全ての土砂や瓦礫を魔力の元に出来る訳だ」
「そんな、魔力であの姿にしているのに、その身体を魔力の元に何てできるのですか?」
「実際やってるんだから困ったものだよな。まぁ、自転車操業も良い所なでっちあげの魔力供給だ。一瞬でも魔力が乱れるか途切れちまえば、そのまま自壊コースだろうが……」
変化を終えたのか、上空へ瓦礫でできた帆船のマストほどもある投げ槍や矢などを射かけてくる巨人に、ライリーは憐みの眼を向ける。
緋色の装甲に瓦礫の武器は当たるものの、衝撃で揺らぐことは在っても傷付くことはない。
そもそもあの土塊の巨人は、数々の変貌を経た現状であっても、位階にして精々上級に届くかという所であった。
そして日緋色金魔像である『試式緋彗』は伝説級の高み。
鋼程度の強度でしかない土塊の巨人の武器では、かすり傷ひとつつける事さえ困難だ。
むしろ歪な巨人であった頃の、土砂そのものである大質量の圧力で押しつぶされる方が脅威であったと言える。
しかし、脅威を感じ変化し人に近づいたことで、土塊の巨人はそういった変化を失っていた。
ライリーは巨人が精霊術師では無い顔を生み出した事にも何らかの要因を感じていたが、それを振り切ると魔法装置を起動させていく。
「もう幕引きしてやるか。メルティ、『緋色の彗星』だ。一撃で終わらせる」
「了解しました、マスター。攻性障壁展開。仮想衝角形成へ」
主の命に従い、『試式緋彗』が無数の魔法装置を並列起動させてゆく。
当たるがままであった下方から飛ばされる巨大な槍や矢が、展開された衝撃にぶつかるや否や、弾け砕け散る。
更に特徴的な長い腕を前方に伸ばしたかと思うと、障壁の前面にまばゆく秘色に輝く魔力の槍が形成されて行く。
「一気に行くぞ。慣性制御最大出力。ランダム機動後最大戦速でぶつける」
「了解しました。高速形態へ移行。コード『緋色の彗星』、発動します」
そして、緋色の閃光が疾走った。
大規模戦闘専用空間内に生成された皇都の街並み。
それらの一切の蹂躙するように、緋色の閃光が縦横無尽に空間内を駆け巡る。
音速を易々突破し、更には急速な加速を維持したまま急速旋回や無作為軌道を描いた緋色の光は、衝撃波をまき散らして皇都を一瞬にして壊滅させた。
勿論土塊の巨人も例外ではない。
一瞬で多方向から襲い掛かった衝撃波に吹き飛ばされ、巨体が乱流に巻き込まれた木の葉の如くに一瞬でバラバラにされて行く。
大量の土砂が砕け散り、一瞬で原型を留めなくなった中、頭部であった場所だけが空中高く跳ね上げられていた。
しかし凶暴なる緋色の閃光はそれを逃さない。
「あああああああああああああああっ!?」
僅かに響いた悲鳴は、肉体を失った魂の最後の断末魔か。
まさしく緋色の彗星の如く大きく旋回した閃光が頭部であった部分を貫く。
超高速と大質量を伴った魔力の槍は、魔力暴走の元である<貪欲>の欠片を貫き、消滅させたのだった。




