第20話 ~それぞれの戦場へ~
ゼフィロートの言葉は、僕の頭を一瞬停止させるのに十分だった。
彼ゼフィロートや他の七曜神には、マイフィールド内の環境の維持や世界の運営を頼んでいた。
彼ら七曜神は仲間モンスターとして契約を結べた場合、元々の力が大きすぎることからくる弱体化の理由も在り、分け御霊の派遣という形を取る。
これにより、プレイヤーが扱える範疇に力を制限しつつ、また多数のプレイヤーが契約できる余地を残していた。ちなみにこれは、七大魔王にしても同じ形態となって居る。
そして世界の運行を司る彼らには、マイフィールドの維持運営を頼むことで様々な特典があるのだけど……それは今重要じゃない。
問題は、世界の運行を頼んでいる以上、彼らが『外』の世界に出てくることはあり得ないと言う事。
だけど彼はこう言った。
『僕のマイフィールドの風が、この皇都までつながっている』
世界の外に出たのではなく、風を辿った結果がそれなのだとしたら、それはつまりこの世界と僕のマイフィールドであるあの島、そしてその周辺海域が同じ世界の中に存在していると言う事だ。
「マジかよ。ってことはオレッチのラボも似たような事になってるってのか?」
「えっ、まさか俺のマイルームも?」
ライリーさんやアルベルトさんも風浪神の言葉に驚いている。
無理もない。僕達は、マイフィールドというものを四方を取り囲む赤い霧の中のみの世界だと思っていた。
それは規模の大小に関わらず、只の一部屋のみのマイルームの場合であっても同じこと。
元のアナザーアースの世界では、そもそもマイフィールドの周囲を取り囲む赤い霧は境界線。
データとして規定された範囲の外というのは、存在しないものだからだ。
だからこそあの赤い霧によって区切られたマイフィールド、マイルームは個別の世界だと言うように僕達プレイヤーは認識していた。
だけど、今は状況が違う。
何故か現実のようになってしまったキャラクターとマイルームと言うモノを考えると、むしろ外というのは無い方がおかしい。
それに考えてみれば、僕の世界やホーリィさんのようなフィールド型のタイプでは空が見えていた。
モンスター等が飛行可能な高度までも赤い霧は立ち込めていたけれど、逆に言えばそれを超える高度は覆われていなかったともいえるのだろうか?
「ああ、考え込んでる所悪いがなマスター夜光。あんまり悠長にしている時間はないぞ?」
そんな思考の海に沈みそうになった僕を、風浪神の言葉が引き上げる。
はっとした僕に、ゼフィロートは皇城の尖塔の一つを指示す。、
その尖塔の天辺、先ほど大規模魔法が放たれていたそこでは、旋風が球を為して周囲から隔離しているようだった。
「<貪欲>は今の所俺の分身が引き留めてるが、どうにも決め手に欠けてな。ああやって封じて置くのが精々だ。どうする?」
「どうするもなにも、そりゃ止めるんだろ? 滅びの獣って奴は放置してりゃ世界を滅ぼすんだ。聞いた話じゃ、本領発揮した<貪欲>とやらはこの皇都を瓦礫の山にしてそれを自分の身体にしちまうんだろ?」
「それに、あの隔離結界って奴の中も酷いことになってるんだろ? そっちも何とかしないと」
たしかに、滅びの獣である<貪欲>は放置はできない。
これだけのことを仕出かすような存在は、大本がアナザーアースの者という事もあり、僕達プレイヤーにとって不都合この上ない。
何より、その<貪欲>が引き起こした事態で僕の大切な仲間があの隔離障壁の中で危機に瀕している。
これを見過ごす事なんてできるはずもなかった。
「それだけじゃない。<貪欲>の奴が撒いた種が他にも芽吹いていてな。あっちだ」
「あ? ああ? 何だありゃ!?」
「デカいな。うちのヴァレアス位の大きさか?」
ゼフィロートが指し示してるのは、緩やかに斜面となって居る皇都の下り側、それもかなり港に近い場所だ。
その区画に、かなり遠方にもかかわらずはっきりと夜闇に浮かぶ影があった。
夜でも皇都を照らす街灯の光を下から受けて、のっそりと立ち上がろうとしているのは、まるで岩でできた巨人の様だった。
「マスター夜光、お前さんが捕まえてた追いはぎの一人が居ただろう? あの精霊使いの身柄が拘留されていたのがあそこだ」
風浪神の頃場に、僕は記憶をたどる。
確かカーティスとか言う名前の精霊使いは、リムに僕達の事やあの夜の戦いの記憶を精神魔法で消した上で、身柄をグラメシェル商会に渡していた筈だ。
レオナルド会頭は皇都の影で行われていた傭兵の襲撃事件の容疑者としてカーティスを皇国に引き渡すと言っていた。
引き渡しの時期も見計らうと言っていたけれど、多分拡張バックを奪われた失態を幾らか補う為に使われたのじゃないかと思う。
そして確か元のアナザーアースの王都では、あの巨人の足元は、王都守護騎士団の営舎があったはずだ。
つまり、あの巨人は土の精霊使いが生み出してる?
「例の精霊使いは、<貪欲>の影響で暴走しちまってる。確か土の精霊使いだったはずだが、身近に<貪欲>の欠片が長く在って影響を受けたんだろう」
立ちあがるその姿は、先に斃した瓦礫の巨人によく似ていた。ただ違うのは、その身体を作り上げているのが瓦礫ではなく土塊であるらしいこと。
この距離でもその程度が判る位には、その土の巨人は僕の知識にもあった。
「よく見たら大型級の土塊魔像じゃないですか!? 確かに精霊術系統でもアレは作れますけど、負担が度を超えますよ!?」
「ああ、オレッチ達みたいな創造術師系が作ったんじゃないから、時間が切れれば土に戻るし、維持もきつい筈だ。それにこっちの世界の奴が作ったって事は、そいつは精々中級だろ? 制御できずにただ暴れ回るだけになるぞ!?」
僕達創造術師が作り上げる魔像は、作るだけではなく制御できて初めて仲間モンスターとして扱える。
手づから作り上げる魔像の場合、作り上げられる魔像の位階は制限されているため逆に言えば暴走などは起こさない。
また殆どの場合ある程度の自動行動をあらかじめセットできるので、そんな無茶な状況にはならないのだ。
だけど、あの遠方で起きている状況は別だ。
あの魔像の大きさからして、この世界の人々の大半である中級位階を大きく超え、準上級の上位もしくは上級に足を踏み入れてるだろうことは想像がつく。
そんなものを作り出している時点で、風浪神の言う通り術者が暴走しているのは明らかだ。
多分<貪欲>に操られるままに自分の限界以上の力を引き出されているんだろう。
「あれもマスター夜光の詰めが甘いと言った理由の一つだ。記憶だけ消して例の会頭に引き渡した処置が甘かったな」
「僕達の事をリムの精神魔法で忘れさせただけだと足りなかった、そういう事ですか?」
「結果論になるが見ての通りだろう?」
風が吹く場所の全ての知識を手中にする風浪神に言われてしまえば、多分その通りなのだろう。
考えてみれば僕を殺した襲撃犯たちは程度の差はあれ<貪欲>の影響下にあった。
だとするなら、何かの『仕込み』をされていたとしても不思議では無いと言われてしまえばそれまでっだ。
確かに、詰めが甘かったと言われるのも仕方ない。
なら、どうするか。決まっている。
失敗は巻き返せばいい。
とはいえ、状況は良くない。
皇都で今起きている異変は、大まかに3か所。
貴族邸宅区画の赤い霧の中の化石邪霊達、皇城の尖塔に居座る<貪欲>、そして港の土塊の巨人。
どの場所もそれぞれに距離が離れていて、ひとまとめにするのは難しい。
なら、それぞれに対処すべきだろう。
「……手分けしましょう。僕はあの赤い霧の中に。ライリーさん、アルベルトさん。皇城とあの巨人、どちらかを任せていいですか?」
「おっとそう来るか。いいぜ、ならオレッチはあの港の魔像だろうさ。専門家だからな」
「なら俺が皇城にいる<貪欲>とかいうやつの方だな、任せてくれ!」
「助かります。なら、ライリーさんにはこれを」
快く承諾してくれた二人に、僕は感謝と共にストレージを開く。
僕がストレージから取り出したのは、<見果てぬ戦場>だ。
ゼフィロートが抑えてる<貪欲>と、赤い霧で抑えてる化石邪霊の群れは最早被害が誤魔化せないところに来ているけれど、あの土塊魔像はまだ作り出されている最中だ。
本格的に暴れ出す前の今なら、<見果てぬ戦場>で生み出す専用の世界に取りこめるし、実際に戦闘になった際の被害規模を考えれば、通常空間での戦闘は絶対に避けなければいけない。
「そうだな。あいつとやり合うならこいつは必須か」
「それ、上手い事範囲を広げて、あの尖塔の上の奴と赤い霧の両方取り込めたりしないのか?」
「皇城は確か別エリア扱いになるんですよ。先の瓦礫の巨人の際も皇都は範囲として専用空間に再現できましたけど、皇城は別だったので……」
確かにアルベルトさんの言う通りに三か所の異変を一気に別空間に収めてしまえば、被害を気にせず戦える。
だけどそうならない以上、一番被害が大きくなりそうな場所をケアするしかない。
「それに、あの赤い霧も周囲のエリアと隔離していると言う事は、同様に大規模戦闘用の空間に取り込めないでしょうから」
「アナザーアースでもレイド空間の上書きめいたことは出来なかったな、そう言えば」
<見果てぬ戦場>で展開できる大規模戦闘用空間は、隔離されたエリアを取り込むことが出来ない。
これは、アナザーアースにて<見果てぬ戦場>同士を複数展開した際に互いに干渉しあわないようにする処置によるものだ。
もし干渉しあうなら、大規模戦闘の最中の横殴りなどが発生する事になり、トラブルの元になるとされていた。
また、ただでさえ多数のキャラが入り混じる大規模戦闘の処理を簡易化するせめてもの方策なのだとスタッフ説明がされていたのを覚えている。
だから、僕が向かうあの赤い霧の中も、見果てぬ戦場に取り込めない。
だとしても僕はあそこに行く必要がある。
あの赤い霧の中には、僕の仲間が居るんだから。
「よし、方針は決まったみたいだな。なら俺が力を貸してやろう。それぞれ俺の風に乗れ。直ぐにそれぞれの戦場に送り届けてやる」
「あっうわっ!?」
「おいおい、いきなりか?」
そんな僕達が向かう先を決めたのを見て、ゼフィロートは一つ頷くと指を鳴らす。
すると僕達の足元から風が巻き起こり、僕らの身体を浮かせ始めた。
見れば、僕等だけでなくライリーさん達の後ろに控えていたメイドメルティさんやヴァレアスさんも同様に浮いている。
「それぞれ自前で飛ぶ手段は在るだろうが、戦う前に消耗は避けたいだろう? ちょいと勢い余るがそれぞれ何とかしろ」
「おい、勢い余るって何だよ!?」
「あ、これヤバイ!?」
轟! と暴風一旋。
不穏な風浪神の言葉に文句を言う暇もなく、僕達はそのまま、突如吹き荒れた突風にそれぞれの戦場へと吹き飛ばされるのだった。
ちょっと季節の変わり目で体調を崩していましたが何とか更新にこぎつけました。
余談ながら、書籍のキャライラスト原案が届き小躍りしております。
皆様に公開できる日が楽しみです。




