第16話 ~観戦者たちの三様~
先週立て込んで更新遅れました。
上空を幾度となく爆炎が渦を巻く。
傭兵により上空高く弾き上げられた魔道具の火点は、轟音と爆発で夜空を染め上げる。
地上のバリファス諸侯の屋敷にも、轟音と爆発の残り火が降り注ぎ、中にはそれがもとに火災すら発生していた。
そのような異常事態の中、バリファス諸侯の兵達は、目の前で繰り広げられる戦いに、目を奪われていた。
「あのような魔道具、見た事が無いぞ!? あれも門の中の力だとでもいうのか!?」
「何だあの動きはっ!? あのような大剣を手にしながら、まるで疾風の様だ!」
「そのれにあの剣閃、まるでクヴェル攻防戦での皇王陛下やフェルン候のような……」
恐るべき破壊をまき散らす魔法の炎を打ち出す魔道具と、それを打ち払い無効化する恐るべき傭兵。
それらは、特異な戦になれた東方地域の兵にとっても、驚嘆すべき力だった。
同時に、そう言った力持つ者たちの戦場にうかつに踏み込めば、死という結果しか残らない事も、彼らは良く知っていた。
この場に居る者達は、東部諸国群との幾度となく繰り返された戦争を経験してきた者達なのだから。
皇国の東方バリファス地方は、長らく戦火に苛まれて居た地域である。
好戦的な東方諸国群や、教義を第一に勢力を増そうと圧力を加えてくる聖地の教会勢力は、幾度となくバリファスの地に攻め入り、それを諸侯らは懸命に跳ね返して来た。
時に領地を削り取られ、時に押し返す。
それを繰り返してきたのがかつての王国であった頃の東部の諸侯なのだ。
それが、現皇王が『門』の力を得てからと言うもの、大きく変わった。
これまで攻め込まれるばかりの東方諸国群に対して、攻勢に打って出られるようになったのだ。
門の中の武具、技術は、古くからの勇猛さを誇る諸国群の戦士たちを圧倒していった。
何より特筆すべきは、人の限界を超えるもの達の存在だ。
皇王ヒュペリオンや、西部の雄フェルン候シュラート等は、万人の兵相手であっても無人の野を行くが如くに容易く戦線を切り裂いていった。
東方諸国群では『門』の発生は殆ど無いらしく、このような突出した個の力に対抗する術がなかったこともあり、無数にあった都市国家群をこの10年ほどで平定してしまったほどだ。
長年の脅威であった東方諸国群を逆に攻め落とした皇王らの超人的な戦いは、バリファスの兵にとっては憧れや崇拝の対象に近い。
だからこそ、大剣を振るい彼らバリファスの兵らが守るべき地を代わって守護する傭兵、ゲーゼルグの姿は、それに重なって見えていた。
一方、奮戦するゲーゼルグの姿に、別の印象を持った者達も居た。
「くっ、なぜあの傭兵が此処に!? それにあの強さ、やはりただ者ではない!」
「どうする? もしやあの傭兵、我らの事を嗅ぎ付けたのではないのか?」
「あり得る……あの馬車の陰に隠れた男、例の商会の会頭だ。この場に居るのも、昼の一件で捕らえられた者達から何か察したのでは……」
「馬鹿な!? 捨て駒共に我らに至るような手掛かりなど、元より与えていないのだぞ!?」
この付近はバリファス地方の諸侯らの屋敷が固まる区画と言えど、全ての屋敷がそうであるわけではない。
地方ごとの屋敷の固まり方は、元々決められて配置されたのではなく、自然と諸侯が元の領地が身近な者達と固まるように敷地を選んでいった結果に過ぎないのだ。
つまり、例外が存在する。
一見周囲の屋敷と変わらないその屋敷は、とある法衣貴族の名義であった。
その屋敷に詰めていた者達は騒ぎを聞きつけ表に飛び出し、そこで目の当たりにしたのが傭兵の奮戦。
周囲のバリファス諸侯の兵とは違い、彼らにとってはその武威は戦慄の対象だ。
なぜならば、この場に居る者達こそ、日中にグラメシェル商会の馬車を襲った襲撃者、その手引きを為したからに他ならない。
皇国は現在繁栄の時を迎えているが、その中に在って事業に失敗した上で困窮し、やむを得ず名義などを売って生活を維持する貴族も居ないわけではないのだ。
その売られた名義を基に活動しているのが、この男たちであった。
皇都に潜む闇の一角、あらゆる依頼を報酬次第で行うこの者たちは、単に『影蜘蛛』と呼ばれている。
皇都の裏に、貴族同士の隙間に、国の影に、無数の糸を張り巡らせた蜘蛛。
夜光らプレイヤーがその存在を知ったのなら、一言で『盗賊ギルド』などと表現したかもしれない。
かつてのアナザーアースにおいて、盗賊ギルドは斥候系の称号を得られる重要な施設であり、また国家からの依頼を受けて動く密偵のような存在であった。
しかしこの影蜘蛛は、皇国を敵に回しかねない犯罪行為にまで手を出す危険な組織である。
今回聖地の教会勢力を皇都に引き入れ、襲撃の支援さえも行っているのだ。
だからこそ、昼の襲撃を撃退したあの傭兵とその雇い主である商会の会頭が此処に居るのは、彼らにとって脅威でしかない。
「だがどうする!? 現に奴は此処に居るのだぞ!? 今はあの者らが相対しているが、それが終わればこちらではないのか?」
「逆に言えば、意識をあの連中に向けている今なら……」
今でこそあの魔道具の使い手たちを相手取っているが、それが終わればその矛先が彼らに向かうのではないか?
そう思うのも無理はなかった。
「……襲うと言うのか、アレを? 昼の一件もそうだが、我らにどうこうできるとは思えん!」
「いや、狙うのは奴だ」
指し示した先には、馬車に隠れ戦況を密かに窺うグラメシェル商会の会頭と数人の護衛の姿があった。
「厄介な場に立ち会ったものだね。とはいえ、彼の活躍のおかげで、先方とは話しやすくなりそうだ」
「……存外に落ち着いていらっしゃるのね」
「まさか! 大いに驚いてるし怖いさ。私はどうにも荒事の場には向かない性分だからね。だけど、商売人というのは少しでも動揺していると付け込まれるもの。だから虚勢であっても相応に振る舞わないといけないのさ」
グラメシェル商会の会頭レオナルドは、馬車の影から戦況を窺っていた。
この馬車は、昼の拡張バッグ輸送にも使用された特別製だ。
見た目は精々が造りのしっかりとした馬車程度だが、通常のものとは明らかに違う強度を持っている。
それもそのはず、コレは『門』の中から見つかった魔道具に類するものなのだ。
夜光らプレイヤーが見れば、生産職称号持ちが制作できる乗り物分類のアイテムと見抜けただろう。
アナザーアースの仕様で、プレイヤーキャラが騎乗できる乗り物には、一定の耐久値が存在していた。
この耐久値以上のダメージを受ければその乗り物は破壊され使用不能になるのだが、制作時の素材によってはその値を大きく引き上げる事が可能だった。
その為冒険中にモンスターの攻撃などで簡単に壊されないよう、プレイヤー制作の馬車は出来るだけ耐久値を上げるのが通例であり、この馬車もそれに倣って居たのだ。
その耐久性はドラゴンが踏んでも壊れない程であり、簡易的な防壁とするには申し分ないと言える。
しかしそれでも、襲撃者達が放つ魔法榴弾の破壊力は強大であり、もしゲーゼルグが火点を打ち漏らし付近で爆発しようものならレオナルドも無事では済まない筈なのだが……
「それに、君がなにやら守ってくれているのだろう? いやぁ、彼の仲間は有能な人材ばかりで助かるよ。それに何より美しい。うちの専属にしたい位だ」
「あら、お上手。でもわたくし、心に決めた方がいますの」
「なるほどなるほど、これは無理強いしようものなら只では済まなさそうだね」
残る数人の護衛の一人、艶やかな黒髪の美女が傍に居る以上、爆発が彼を害することはない。
彼女、マリアベルが、闇の奇跡により、周囲へ密かに各種の耐性と保護結界を張り巡らせていたのだ。
万が一ゲーゼルグが火点を打ち漏らしていても、彼女の張った結界を抜くことは出来なかっただろう。
何しろ、襲撃者達の放つ魔道具はあくまで簡易的な大規模戦闘用武装であり、適用位階も低いものだ。
マリアベルが張る伝説級基準の防御、対象に術者基準の追加HPをもたらす魔法障壁を貫くには到底至らない。
詳細は分からずとも、それを察したレオナルドに余裕が生まれたのもそれが為であった。
「それにしても、彼らは何者だろうね? この皇都でこの暴挙をするにしても、一人だけ顔を晒してるのが余りにあからさまに過ぎる。まるであの顔を見せつけたいみたいじゃないか。それになんだか、彼は君たちのリーダーと似てないかい?」
「……気のせいではありませんこと?」
似ているのもそのはずだ。襲撃者の顔は、フェルンの新将軍、つまりかつてゲーゼルグが人に偽装した際の顔そのもの。
今のゲーゼルグの顔は関屋らが新たに作成した人化の護符によるものだが、元々の人物が同じなだけあって輪郭や大まかな造形は共通だ。
同一人物とは思われなくとも、なにがしかのつながりを感じさせてしまうのは仕方がないと言える。
もっとも、マリアベルとしてはその辺りを詳しく説明するわけにもいかず、言葉を濁すほかないのだが。
だからだろう。不意に感じたモノを、マリアベルはこれ幸いと利用することにしたのは。
「それよりも、警戒なさって。あの魔道具を持った者たちとは別に、此方へ近づいてくる方々がいらっしゃいますわ」
「うん? 先方の使いが来てくれたのかな?」
「その割には剣呑でしてよ?」
「……約束してたのはオストガリア侯爵だけど、どうやら彼らは違うようだね」
密かに近寄ってくる一団を、マリアベルはその正体を知らないが、敵意を持って近づいてくる以上、真っ当な存在とも思えない。
そもそも、レオナルドは皇国でも有数の商会の会頭だ。
身柄を狙われる理由など無数にあり過ぎると言えた。
このような状況のどさくさに紛れて突発的に襲われるなどという事は、当然あり得る事態である。
「数は多そうだけれど、大丈夫かい?」
「物の数ではありませんわ」
「それは頼もしいね」
「それに、彼らも居ますもの」
「応、任せてくれ!」「お嬢様には指一本触れさせないぜ」
それに、残る護衛は彼女だけではない。
マリアベル以外の夜光の仲間、九乃葉とリムスティアはそれぞれに別行動を取ってこの場に居いないが、元々商会と専属契約をしている傭兵が数人ほど同行している。
その腕は確かで、かつてのアナザーアース基準で言えば中級位階の腕前を持ち合わせている。
この世界では準上級の壁を超えることは困難なので、この傭兵たちは十分に腕利きと言えるだろう。
彼らは例の地下室で埋められていた者でもあり、マリアベルの蘇生魔法によって蘇った者達でもある。
その辺りの記憶はリムスティアの精神魔法で曖昧にされているはずだが、何故かそれらの蘇生された者たちはマリアベルに最敬礼で対処するようになっていた。
今も、彼女を何処かの令嬢であるかのように接して居る。
「君たち、雇い主はあくまで私なのだけど、わかっているかね?」
「もちろんでさ、会頭。とはいえ何かお嬢さんの言う事は聞きたくなるんで」
「お嬢様に頼まれると、こう…やる気が漲るっつうか」
「……まぁ、支払ってる契約金分は働いてくれればいいか」
流石のレオナルドもあきれた顔になるが、それはそれとして実利さえ伴って居れば問題ないと判断したらしい。
実際、その通りであった。
「うおおおお!? お嬢様の応援で力が溢れるぜ!」
「くっなんだこいつら!? とんでもなく強い!?」
「畜生! 剣が弾かれる!」
「お前らがどこの紐付きかは知らんが、うちの会頭を狙うとは運が悪かったな!」
「ウチは伊達に政商してないんだぜ? お前らみたいな連中山ほど相手してるんだよ」
密かにレオナルドを狙った影の蜘蛛らは、ほんの数人の護衛に容易く打倒されて行く。
素の実力だけで言えば両者の個々の実力はさほど差はない。
数で勝る影の蜘蛛らが圧倒できそうではあるが、傭兵たちは護衛に慣れており、何よりここには伝説級の存在であるマリアベルが居た。
人化した状態では吸血鬼としての特性や、見栄えが邪悪に過ぎる死霊術師などの称号を基にした魔法などは扱いにくい為、本来の力を十全に発揮できない。
しかし闇司祭の称号を基にした闇の奇跡による支援だけで、十分に過ぎた。
傭兵たちを覆う淡い闇色の保護膜はあらゆる攻撃を吸収し、祝福が彼らの能力を一気に何倍にも引き上げる。
アナザーアースの支援魔法は、殆どが術者の能力を基準にするため、伝説級位階同士で掛け合えば数割の上昇率のはずが、中級位階の実力が精々のこの世界では余りにもオーバースペックとなってしまう。
結果、ゲーゼルグらの戦いが収まるより先に、マリアベルが直接戦うまでもなく、影の蜘蛛らは成す術も無く制圧されることとなった。
だからだろう、マリアベルがそれに気づけたのは。
「……何!?」
背後で突如広がった力の波動に、マリアベルは振り向く。
向けた視線の先で、ゲーゼルグと戦って居た襲撃者達から、不意に己が良く知るモノが溢れていた。
それは闇。
一切の光を飲み込む漆黒の闇が、ゼルグスの顔を持った男から溢れ出していた。




