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【書籍4巻刊行中】万魔の主の魔物図鑑 【6章完】  作者: Mr.ティン
第4章 ~混迷の皇都~

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第13話 ~シュラートと夜光~

 深夜のフェルン候の皇都屋敷、その一室にて。

 フェルン候シュラートは、一人の少年と向かい合っていた。

 見たところは、何処をどう見ても幼さ残る子供である。

 領内で開かせている学び舎に通うのが似合いであろうその少年は、しかし侮るべき相手ではないとシュラートは知っている。


「そなたが、ゼルグスの主、ヤコウか」

「は、はい、シュラート閣下。夜光と申します……」


 シュラートの視線を受けた上で、曲がりなりにも返答するのは只の子供には困難であろう。

 何も世の事を知らぬ幼子とて、常人ならざる力を得たシュラートが自然と纏う気に当てられるのだ。

 それが幾分の動揺を見せつつも、しっかりと応じたのだから。

 やはりプレイヤーと呼ばれる存在は、見た目に反する内面を持つのだと改めてシュラートは思い知らされる。


(だがそれでこそ、余が直接見定める価値があると言うものよ)


 内心で呟きながら、シュラートはしっかりと夜光を見据える。

 今夜ここにこの少年を招いたのは、ナスルロンからのゼルグスへの濡れ衣への対応を決めるためだ。

 既に東部の諸侯へ使いを出し、南北の諸侯と対抗できるよう動いているが、当事者であるゼルグスの去就によってはそれが覆りかねない。

 いまここで嫌疑がかけられた者が仮に居なくなりでもしたら、その時点で謀反の疑惑は事実に置き換えられる。

 だからこそ無理を言ってでも、本来の主であると言うこの少年と話し合う必要があった。


「まずは、余の招聘に良く応じてくれたと礼を言わねばなるまいな?」

「もったいないお言葉です」

「良い。ソレよりもまずは聞きたいことが有る。そなたが余の下につかわしたゼルグスが、要らぬ嫌疑に掛けられていることは存じて居ろうな?」

「はい、理解しています。ゴゴメラ子爵家の件ですね?」

「うむ」


 語り掛けながら、シュラートは密かに己の視界の隅に映る表示に意識を向ける。

 そこに輝く光は透き通った青。

 その色合いを見て、シュラートはとりあえず内心で安堵の息をつく。

 少なくとも、この少年は敵ではない。

 その輝きは、目の前の者が敵意を抱いていない証であった。


 そもそもフェルン地方は広大である。その広さゆえか、先の『門』の大量発生以前から、門は幾らか発生しており、その神秘に領主であるシュラートは接触してきた。

 恐るべき効果を発揮する回復薬や、人の限界を超える秘薬、驚異的な武具、そして様々な魔法の秘宝。

 その中でも、シュラートが重宝したのは、とある腕輪であった。

 身に付けた者に他者からの敵意や害意を視覚的に示すこの秘宝は、東方諸国群との戦争や他の貴族との交渉においても非常に役に立っていた。

 何しろ、隠形に秀でた暗殺者や遠間からの弓手といった存在の殺意にさえ反応し、危機を知らせるのだ。

 もとより秘薬により常人の限界をはるかに超えたシュラートとしても、不意を打たれれば危うい。

 それが一切なくなるのだから、何も恐るるに足らぬと言えるだろう。

 更にはこの腕輪は、人材登用においても役に立った。

 腕輪は、色によって害意等の質を、輝きの強さで内包する力の強さを示す。

 つまり見ただけでその存在がどれ程の力を秘めているのか、大まかに判別できるのだ。

 先のゼルグスの登用においても、それは大きく働いた。

 強烈な輝きを示しつつも一切敵意の無いゼルグスをシュラートは気に入ったのだ。

 その時点で、ゼルグスが他に主とする者が居ることは知っていたが、些細な問題であった。

 事実、先のナスルロン連合の侵攻において、将軍に据えたゼルグスはその力を存分に振るい、フェルンの勝利に貢献したのだ。

 腕輪の示した情報が正しかった証左だと言えよう。


 例でいえば、竜騎士アルベルトもそうだ。

 あれは強大な力をもっているが、その輝きは純粋な蒼に満ちていた。

 精悍な見た目に比べ、心根はいっそ成人の儀さえ済ませていない従士見習い程度に思えるほどだが、それ故か裏と言うものも無い。

 だからこそ、早々に領軍内で相応に重用し、結果を示している。

 ナスルロンに一旦は組したプレイヤーであるライリーを実質引き入れたのも同様だ。

 捕虜にした際に確認したが、その輝きは敵意とは程遠いモノ。

 戦場にて化け物に成り果てたホッゴネルを討つ際既にこちらに組していたと聞いていたが、更に詳しく話を聞けば、弱みを握られて無理に協力していたとのこと。

 なるほど、それならば此方に敵意が無いのも納得であると思ったものだ。


「そなたが何を思って余の元にゼルグスを置き続けたのか、それは知らぬ。だが、そなたとてゼルグスが要らぬ疑いを掛けられるのを良しとはすまい? ならばその一点において余とそなたは同じ物を見据え得る筈。そうではないか?」

「……閣下の元にゼルグスが居るのは、そもそも閣下が求められたからです。ぼ…私は、元々そこまでするつもりはありませんでした」

「うむ。余はあの時、ゼルグスを世に埋もれさせるには惜しいと感じた。故に配下にと求めたのだが……では、そなたは本来何を求めあの招聘に応じたのだ?」


 そしてこの少年だ。

 あの謁見の際、ゼルグスが連れていた者の片割れにして、アルベルトらと同じプレイヤー。

 その際にこの者と、もう一人の女もシュラートは確認していたが、敵意の無い色合いはともかく輝きの強さは、年齢はともかく戦い慣れた傭兵と左程変わらないモノだったはずだ。

 しかし今見れば、明らかに一回り輝きが増している。

 ゼルグス程ではないが、その主と言われてもある程度納得いくほど。


(この短い間、この者に一体何があったのだ?)


 ただ輝きが強い者であれば、今も背後でシュラートを警護するラウガンドや、あのアルベルトや捕虜にしたライリーといった者たちが居る。

 しかしあの謁見から数か月程度の短い間に、これほど輝きが増すというのは、シュラートの記憶でも前例がない。

 だからこそ、一層シュラートは目の前の夜光という少年への関心が強まっていた。


「……深い意味なんてありませんでしたよ。私達は、この世界の事を少しでも知りたかっただけなんです。ただの傭兵として世界を見回るだけじゃなくて、相応の地位からしか見渡せない景色もある。そう思ったから、ゼルグスに頼んで将軍の話を受けてもらったんです」

「なるほどな。だがそなたはこの世を知って何とする? ゼルグス程の男を好きに動かせるそなたならば、皇国を手中に収め得るのではないか?」


 シュラートは、少年の背後を見やる。

 そこにはゼルグス、そして姿を隠した何者かが潜んでいた。

 輝きからして、シュラートやラウガンドを超える力の持ち主だ。

 敵意でも害意でもなく、ただ目の前の少年を守ろうとするその存在に気付いているのは、恐らくシュラートのみ。

 主であろう少年も、ゼルグスに向けた意識の輝きが飛ぶことは在っても、その存在には全く向けられていない辺り、全く気付いていないようだ。

 こんな存在に守られたこの少年、夜光は、望みさえするならば既知世界全てその手に収め得るのではないかとも思う。

 しかし帰って来た回答は違った。


「この世界をどうこうしたいとは思いません。できれば、門と私の世界が、本来あるべき場所に戻ればいいと、そう思って居ます。その手掛かりを見つけるために、私はこちらの世界に居るんです」

「ほう。だが、戻れぬ場合はどうするのだ?」

「……門を閉ざして、此方の世界に関わらないように過ごしたいと思って居ます」


 少年の言葉は、その外見に見合った子供らしい理想論と言えるだろう。

 しかし恐らくは、本人も理解しているはずだ。

 この世界に出現した門の影響は多大に過ぎ、最早耳目を閉ざして貝の様に閉じこもろうとしようとしても、困難であろうことを。


 皇国の法において門の中の物品は国が召し上げることなっているが、その実各領主は領内で発見された門を己の力とすべく動いていることが殆どだ。

 これは皇国前身の王国の時代において、王の立場が貴族同盟の代表者的在り様であったことの名残でもある。

 つまり、現在では皇王が確かに強力な実権を持ちながら、完全な中央集権体制に移行できていないのだ。

 これには幾つか理由があるが、皇国の拡張主義と無関係ではない。

 古来より豊かな水源と肥沃な平野に恵まれたこの地方は、四方の外敵の脅威にさらされ続けてきた。

 特に東方諸国群と近東陸峡の聖地の勢力からは頻繁に侵略を受けて来た。

 その反動により、門の中の力を得、皇国となったこの国は外敵との戦いにまず舵を切ったのだ。

 結果長らく脅威であった東方諸国群を打ち破ったのだから、その決断は誤りでは無かったのだろう。

 残る近東勢力を叩けば内政の季節へと移り替わる機会を得るのだが……ここで起きたのが門の大量発生だ。

 そして門の中の力を明確に示したのが、先のナスルロン侵攻だと言える。

 疲れを知らず屈強にして破壊をまき散らす鎧傀儡の軍。

 もしくは、大空を舞い天空から大軍を蹂躙する竜王。

 近年東方諸国群との戦で優秀な武具や限界を超える秘薬等が猛威を振るったが、新たな門の中から出でた力は、これまでと一線を画していた。

 だからこそ、この夜光少年のがいう『私の世界』は、否応なしに此方の世界の事象に巻き込まれていくだろう。


「無理であろうな。一度繋がった道を閉ざし切るのは。そこに宝があると知れたのならば、如何に閉ざそうと何者かが必ず突き進む。良きにしろ悪しきにしろ、人の在り様とは斯様なモノであろう」

「……ええ、そうですね。だから、せめて門のすぐ外にあるフェルン領と何らかの関係を確立したいとも思っていました」


 改めて。シュラートは夜光という少年を見る。

 はじめ、ゼルグスの物言いからのみで浮かぶ印象は、神のような仰々しいものだった。

 次に向かい合い、眩き輝きを放つ者を付き従えた姿は王のように思えた。

 しかしここまで語り合った結果で言えば、シュラートはそのどちらでもないと確信出来ていた。


「……そなた、船乗りであるか?」

「え、いえ。そんな称号は持っていませんが……?」

「ふむ、だが余にはそなたが、不思議と交易船等を差配する船の主達と重なる。奇妙なモノよ」


 大河エッツァーを、そして交易の町ガーゼルを手中にするシュラートは、多くの船乗りを見て来た。

 この少年の姿は、霧の中で行き先を見失った船の中、海図を手に苦悩するそれらの者達と奇妙に重なって見えたのだ。

 恐らくその船は、多くの力ある者たちが乗り込んでいるのだろう。

 だが、その船の行き先を決めるのはあくまで船の主だ。

 故にこの少年は常に悩み、少しでも周囲の海域の情報を得ようと、苦悩し続けて居る。

 なるほど、そう考えれば、シュラートにとってこの少年は理解しやすい存在であった。


「船ならば、港は必要であろう。そなた、余の配下になれは言わぬ。だが、余のフェルンに錨を下ろすがいい。そなたの世界を、交易船とみなそうではないか」

「……つまり、取引相手という形でお互い協定を結ぶと言う事でしょうか?」

「そう考えて構わぬ。その程度の付き合いの方がお互い都合が良かろう? ああ、ゼルグスには、そなたとの橋渡し役として引き続き将軍位を続けてもらうとしよう」


 シュラートの言葉に、夜光は思案する。

 提案のメリット、デメリット。

 形としては今まで隠れて行っていた状況を、少なくとも領主には明らかにしつつ行えるようになると言う事はメリットではある。

 しかし、今後フェルン候との結びつきが強まるのは避けえないだろう。

 少なくとも、ゼルグスを簡単には撤収させる事は出来なくなる。

 それらを総合的に判断するならば……


「閣下、その話ですが……」

「シュラート様!!大変です!!!」


 夜光がフェルン候に回答しようとしたその瞬間、部屋に慌て駆けこむものがあった。


「何事か! この応接には命あるまで近寄るなと…」

「しかし、一大事に御座います! 東部諸侯の屋敷が!!」


 人払いの命に反して駆け込んできたのは、フェルン候の部下、それも明日の御前会議に向けて東部諸侯との交渉に赴いた使者であった。

 叱責されるも、息を切らしながら使者は叫ぶ。


「東部諸侯の屋敷が、ゼルグス殿に襲撃されました!!」


 その場に居た者全ての視線が、夜光の背後に控えていたゼルグスに集中する。

 皇都は、今夜も混迷の渦へと落ち込んでいくかのようであった。

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