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【書籍4巻刊行中】万魔の主の魔物図鑑 【6章完】  作者: Mr.ティン
第4章 ~混迷の皇都~

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第08話 ~次々重なる問題~

「そんな事になってたなんてね……僕の顔の何者か、かぁ」

「妾が主様のお顔を見間違えるはずもなく! ですが匂いは全くの別物でありました」


 その日の夕刻、僕は宿で仲間達から拡張バックの護衛の顛末について報告を受けていた。

 商会に依頼されていた拡張バッグの護衛。

 僕達が御前会議に向かって居る時間と丁度重なっていたから皆に頼んだのだけど、随分と大変な事になっていたようだ。

 それにしても、僕の顔をした何者か、か。


「我らが賊共を捕らえ戻った時には、ここのめが倒れるばかりで御座った。その後も痕跡らしきものも無く、追跡の目途すら立たぬ有様。この不始末、如何なる沙汰も……」

「ゼルにここのも皆も、そんなに落ち込まない。それは相手が上だったから仕方ないと割り切ろう」


 ここのがバッグを奪われたのは、僕の顔を見たからじゃなくて、相手の行動が巧みだったからだ。

 護衛側の戦力を分散させて、手薄になったところを奪い取る手並みは、実に見事というより他ないと思う。

 特に、嗅覚に優れたここのに気取られずに近づき、一瞬で無力化した腕前は、恐らくは<路傍の石>の様な隠蔽魔法の力を借りてるだろうとは言え、超人的だと言っていい。

 レディ・スナークと同レベルの隠形能力を持っていない限り、ここのの鼻から逃れるのは困難なはずだ。

 多分マリィが感じたというプレイヤーの血の匂いは、この僕の顔を持った者が元だと思う。

 少なくとも僕の仲間達と同じ<伝説級:100>の強さを持っているはずだった。

 同じ位階同士なら、各分野に特化したキャラが特化した分野で勝るのは当たり前のことだ。

 僕のパーティーモンスター達は、基本的に戦闘重視、それもレイドなどの大規模戦闘に対応できるように特化した能力を持っている。

 逆に言うと探知や偵察といった方面は、それ専用に特化した配下モンスターを召喚したり、魔法や仙術やモンスター特性でフォローしているだけであまり得意とは言えないのだ。

 位階が下ならともかく、同格のステルスに特化したキャラの隠形の看破は荷が勝ちすぎたと言っていい。

 そう慰める僕の言葉に、だけどゼルの顔色は悪いままだ。


「しかし、かの拡張バッグは皇国にとって重要な軍事物資で御座る。それを奪われたとあっては、グラメシェル商会も、そして護衛していた我らも責任は免れぬで御座るかと」

「そこは、あの会頭と相談だけど……いざとなったら何とかするよ。中身も含めて代わりの物を用意しても良いんだし」


 奪われたバッグには、皇国の次回親征用の補給物資が入れられていた。

 数万の軍勢が数か月行動するのに十分な糧秣や物資、それに大量の水さえ入れられていたそうだ。

 それでも、僕らのユニオンメンバー全員のマイフィールドで自動供給されるアイテム類から比べれば、十分に補填可能な範疇だった。

 拡張バッグ自体は僕も持っているし、確か関屋さんの商店街には、所有者欄が空欄の新品の拡張バッグも売り物になっていたのを覚えている。

 補給物資を補填した上で新品のバッグの見た目を加工して、奪い返した体裁で何時でも皇国に差し出すことも出来るはずだ。

 とは言え、そんな事をしなくても解決する方法はある。


「でもやっぱり、一番いいのはバッグを取り戻す事だよね。大丈夫、丁度良く腕のいい斥候に心当たりがあるから」

「斥候、ですの? ああ、もしや砂漠の毒蠍の一党を動かしますの?」

「いや、今朝ちょっとね……」


 相手が何を狙ってバッグを奪ったかはともかく、取り戻せば問題はない。

 確かに相手は隠形に秀でているようだけど、逆に言えばそれ以外の能力は高くないはずだ。

 ここのの仙術の探知をごまかしたようだけれど、逆に言えば本職の索敵系の能力を持つモンスターや、NPCであれば追跡は可能なはず。

 ちなみに、マリィの言う砂漠の毒蠍の一党とは、僕のマイフィールドの西部砂漠地帯に保護した暗殺者教団の一団の事だ。

 凄腕のアサシン達で構成される彼らもあのアナザーアース最後の数か月の間に仲間にしたのだけど、本来は秘密の教義を基に生きる教団だ。

 動き出すと血が流れるのは必至な冷酷さ、残虐性も持ち合わせて居るから、下手に動かすわけにもいかない。

 そして都合がいい事に、その最適な人材ならつい最近邂逅している。

 レディ・スナーク。彼女ならその盗人の足取りをつかむのもそう難しくはないだろう。

 とはいえ、何の手掛かりもなしで頼むのも気が引ける。

 出来得る限りの情報は得ておくべきで、となると手掛かりは……


「襲ってきた相手の事をもっと詳しく聞かせて欲しい。他の国の工作員らしいとは聞いたけれど、他に特徴は?」

「そうで御座るなぁ……」


 気になるのは、バッグを奪った僕の顔をしている者と、他国の工作員は同じ陣営かどうかという事だ。

 ゼルによると、襲撃してきた工作員は、皇国が次に侵攻する有力候補である近東諸国の者達だったとか。

 戦闘時に使用してきた奇跡や、捕らえて尋問などで確認した結果、近東でももっとも厄介と言われる<聖地>の者達と判明したそうだ。

 尚、話を聞けたのは工作員そのものではなく、それらに雇われていた水増し戦力の傭兵たちだけだった。

 工作員そのものは、皆捕らえた時点で死んでいのだ。

 武器に塗っていた致死性の毒を、自決用にも仕込んでいたらしい。

 ゼル達を襲う際に、神の名を唱えていたと言うから、よほどの狂信的な輩だったようだ。

 それを頷けるように、ゼル達は襲撃者達が口にしていた言葉を教えてくれた。


「聖地?」

「さようで。他の護衛の傭兵から聞いた話によると、唯一神教会とやらの重要な聖地とのことで御座る」

「……今日の御前会議でもその辺りの事に触れてたな」


 聖地はこの世界で確認できているただ一つの宗教、唯一神教会の本拠地でもあるらしい。

 実のところ、拡張政策を続ける皇国は、その聖地さえも遠くない未来に支配下に置く方針であるそうだ。

 次の皇王が率いる親征では、まさしくその聖地へと兵を進めるのだと、御前会議で皇王自ら語っていた。

 何しろ、その聖地は前提的に陸峡になっている近東地域の要衝なのだ。

 近東全域を支配するにしても、それともその先の地域に進むにしても、押さえないと言う選択肢が無い重要な地域になる。


 もちろん宗教が絡む戦争なんて厄介極まりない。

 皇国内の唯一神教会は、名目として聖地の教会とは宗派が違うらしいが、だからと言って聖地への信仰は国内の信徒たちの反発招く恐れがあった。

 いや、既に皇国の補給の要であるらしい拡張バッグを、皇国の首都にて白昼堂々襲って来たあたり、現地の協力者が居るのは間違いないと思う。

 この皇都にも唯一神教会の聖堂があるわけで、その辺りが聖地の工作員の温床になって居るのは想像に難くない。

 更に、その工作員たちは奇跡さえ使って見せたと言う。


「……えっ、つまり、奇跡を起こせる神が居るの!?」

「ええ、あの神気は、わたくしが知るどの神のモノでもありませんでしたわ」


 神聖魔法、所謂奇跡は、力を発現させるのはあくまで神。

 つまり唯一神とやらはこの世界には居る事になる。


「……唯一神のみ肯定する教会は、僕達プレイヤーの存在を厄介に思いそうだし、僕の顔をした誰かと手を組むかどうかは怪しいラインだなぁ……」

「むむむ……やはり何とかして尋問すべきで御座ったか」


 工作員たちの死体は、事が終わった後にやって来た騎士団が回収していったらしい。

 やろうと思えば回収された死体を確保して死霊魔術で霊に直接話を聞いたり、生き返らせて改めて尋問することも出来るけれど、どう考えても目立つ結果にしかならないのでここは断念するしかない。


 此処まで話を聞いて思ったけれど、想定以上に手掛かりが少なかった。

 どうにも、プレイヤーらしき僕の顔を持った盗人と、唯一神教会とのつながりの様なものが見えてこない。

 その両者には一切つながりが無くて、工作員の動きを察知したプレイヤーが、襲撃を利用してバッグを盗んだだけという線もあり得るくらいだ。

 もっとも、一プレイヤーが皇国そのものに喧嘩を売るような真似をするかどうか。

 ……駄目だ、現状では何もわからない。手掛かりが少なすぎる。

 だとしても多分、問題はない。


「まぁ、その辺りもレディスナなら自分で調べちゃうんだろうなぁ」


 そう、斥候系暗殺者系の師匠キャラでもあるスナークなら、その辺りの背景も含めて調べてくれるだろう。

 僕はそう期待して、アルベルトさん達に連絡を取る。

 スナークはアルベルトさん達と一緒に行動し、今はフェルン候の屋敷に居るはずだ。

 彼女とは協力関係を結んだけれど、NPCであるスナークにユニオンリングは渡せなかったため、ユニオンメンバー経由でしか遠隔会話が出来ないのが難点だった。

 しかし……


「う~ん、忙しいのかな。アルベルトさんもライリーさんも応答がない」

「ふむ、既に夕刻を過ぎて居るで御座るが、かの御仁たちは斯様に多忙なので?」


 ユニオンメンバーであるプレイヤー二人からの応答がない。

 この皇都は、この世界一般とは違い街灯もあり夜も活動的な為、二人とも応答できないほど忙しくしていると言うのは可能性として無くはない。

 だけど、全く反応がないほど忙しいと言う事は、本来ない筈だった。

 つまり、フェルン候の屋敷は今、その本来ない状況にあると言う事。


「う~ん、やっぱりまだアッチは修羅場なんだろうなぁ……」

「む? お館様は何かご存じで御座るか?」


 不思議そうな顔をするゼルに、そういえば彼にとってもこの話が無関係でないことを思い出した。


「ああ、そういえば先に皆の報告を聞いてたから伝えてなかったね。向こうは今少し大変なんだよ」

「ミロード、それって一体? 昼間に何かあったの?」

「うん、ちょっと御前会議で想定外の事件があってね……ゼル、心して聞いてね?」

「ぬ? お館様、我に何か?」


 首を傾げる竜王に、僕は告げる。


「フェルン候の所で情報源になってるゼルグスは覚えてるよね? ゼルの身代わりに将軍をやってる上級鏡魔の事」

「もちろんで御座る。あの時入れ替わらなんだら、我はお館様のお傍を離れねばならぬところで御座った」

「そのゼルグスが訴えられたんだよ。ナスルロン諸侯から、ある子爵一家殺害の容疑者として」

「……は?」


 カパリとゼルの口が自然に開く。何を言っているのか理解できないとばかりに。

 まぁ、僕もその時同じように口を半開きになってしまったから気持ちはわかる。


「ナスルロン連合のフェルン地方侵攻の一番大きな原因はホッゴネル伯爵の暴走だったけど、諸侯がそれに賛同した理由があったんだって。それがその子爵、ゴゴメラ子爵家で起きた謀反なんだよ。ナスルロン諸侯の一角だったその子爵に反乱を起こした騎士の顔が、そっくりなんだってさ」

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