第04話 ~彼女がここにいる理由~
フェルン候の屋敷、その客間の一室……今は捕虜であり実質的には帰順を示したライリーの部屋。
監視役兼護衛のアルベルトとともに、ライリーは自らの嫁が連れて来た相手と対面していた。
他の貴族の襲撃による暗闘の隙をついて彼らに接触してきた彼女と。
「……マスター、アルベルト様、御存じでしょうが、私が師事した中の一人、レディ・スナーク当人でいらっしゃいます」
「って、スナークじゃねぇか!? メルティ、こりゃどういうこった!?」
「マジ本物!? レディスナは雇えるNPCの中にはいなかったよな!?」
紹介を受けた二人のプレイヤーは大いに混乱していた。
それと言うのも、目の前の女性暗殺者の事を彼らも良く知り、だからこそ彼らの知識をもってしても彼女がここにいる整合性の取れた理由が思いつかなかった為だ。
目の前の女、かつてのアナザーアース世界における暗殺者の頂点とされた存在は、その能力の高さ故にプレイヤーの配下には出来ないNPCとなって居たのだ。
ストーリーにおいても裏ギルド絡みの重要人物であり、プレイヤーキャラの師匠と言う位置づけとなる存在である為、それらは仕方のない事だった。
だが、それは同時に各プレイヤーのマイフィールドに配置するのが不可能な事。
各プレイヤーのマイフィールドに裏ギルド絡みの施設は設置可能だが、そこに付随されたり配置できるNPCに彼女は該当しない為、MMOとしてのアナザーアースが終わった時点で彼女は失われるはずであった。
だが、彼女は確かにここにいた。
(……マイルーム拡張の王都セットに裏ギルドがある下水道も含まれてるなら……いや、それでも配置できなかったような?)
(確か裏ギルドに睨まれ過ぎると粛清としてレディスナ寄越されるイベントあったよな!? カルマ値がマイナスに増えすぎると確定蘇生不可されて実質垢BANされる奴……)
(……まさか、戦争に手貸したから……?)
(いや、だとしても、持ってるモノがおかしいんじゃないか?)
二人のプレイヤーは、改めて女暗殺者を見る。
彼女、レディ・スナークの姿は、かつてのアナザーアースでの姿そのものだ。
何処か道化じみた装飾過多な装束は、その実動く武器庫のようなものだ。それも高性能なステルス機能付きの。
彼女がその気なら、ライリーとアルベルトは存在を感知する事も出来ずに屍を晒すことになっているはずだ。
それがこうも姿を現している。
更に言うなら腕に抱えているロープで幾重にも巻き取られ、猿轡までされた少年。
もぞもぞと身動きしか出来ない様子のその姿は、どうにも不格好な芋虫にしか見えない。
少なくとも、過去のレディ・スナークはこのような奇妙な物体を持ち歩くような隙のある存在ではなかった。
ライリーも、アルベルトも、そしてこの場にいる彼らの相方、ヴァレアスにメルティ。
4人の伝説級プレイヤー及びその配下を前にして、レディ・スナークはその小脇に抱えた荷物をいつでも保護できるように自然と動いている。
「知っての通り、ワタシがスナーク。ああ、緊張しなくてもいいわ。今夜は粛清の為に来たわけじゃない。仮にそうなら意識を刈ってギルドの仕置部屋で『お話』するのだし」
そう言うと女暗殺者は小脇に抱えていた『荷物』を下ろす。
乱暴に下ろされ何処か打ち付けたのか、す巻きにされた少年はのたうち回っていた。
「そちらも色々と疑問はあるだろうけど、まずはこちらの話を聞いてもらいたいの。今夜は、頼みがあって来たわ」
「頼みってのは、その荷物に関わることか?」
ライリーは気の毒そうに少年を見る。
【名称】ユータ
【種族】人間
【位階】下級:19
【称号】<盗賊>
プレイヤーならば、一見してわかる。
す巻きにされた少年もまたプレイヤーであった。
「この馬鹿弟子を保護してもらいたいの。見ての通り、コレはこの世界の者達と比しても余りに未熟でね。真っ当な集団に保護してもらった方がいいと思って」
「……あ~、色々聞きたいことはあるが、まず聞きたいのは、何で俺達なんだ? なんなら皇国そのものにあんた自身を売り込めばいい待遇もソレの保護も何とかなるだろうに」
「とりあえず、先に色々調べた結果と言っておくわ。その結果、アナタ達のユニオンに頼るべきだと判断した。これが理由にならない?」
「色々調べた、ね」
(……ヴァレアスからスナークの話は来てないって事は、夜光さんが張った情報網にかからずにこっちの情報調べ上げてるのかよ)
(ユニオンまで言及したって事は、何処まで調べ上げたのやら……やっぱりおっかねぇな)
アルベルトとライリーは、目の前の女暗殺者の実力に戦慄する。
レディ・スナークは、先に記したとおりに盗賊や暗殺者称号の師匠NPCだ。
彼女が本腰を入れて調査したのなら、ライリーやアルベルトが何をしてきたのか、また近況の皇都で起きた事件、そして彼らのユニオンリーダーである夜光に関わる事象も調べ上げられている可能性が高いとライリーは感じていた。
ライリーの半身ともいうべきメルティに称号を覚えさせる過程で、それらの実力はいやおうなしに知ることになって居たからだ。
夜光のユニオンについても知るならば、確かに保護を願う先として申し分ないと言える。
皇国そのものと争ったとしても、夜光らの戦力は軽く上回るだろうことは明らかなのだから。
「頼られて光栄と言っておくべきか?」
「ええ、アナタ達のリーダーにもそう思ってほしいわね」
「……ちなみに聞きたいんだが、何でそいつをす巻きにしてるんだ?」
「馬鹿なことを仕出かすの、この馬鹿弟子は。あとは縄抜けの訓練でもあるわ」
バッサリと端的に女暗殺者は応える。
抗議したいのかす巻きの少年がもぞもぞと恨みがましい目でスナークを見ていた。
先ほどからモゾモゾと動いていたのは、縄抜けに挑戦していたからでもあるようだ。
もっとも、一向に成功しないようだが。
「落ち着きも無く、注意力も無く、迂闊。この世界に来てより自由にさせた際必ず仕出かす。故に動く際はこのように荷物にするよりないと判断しているの。見ての通り縄抜け一つできない未熟者が、フラフラ動いて無事なほどこの世界は甘くないのだし」
「よくそんなのを連れてるな」
「コレはどうしようも無い子供だけれど、恩義もあるから。ワタシが今ここに居るのもこの馬鹿弟子のおかげでもあるから」
ライリー達が疑問に思っていた部分に、彼女は言及する。これ幸いとライリーは訊ねた。
「あ~、そういえば気になってたんだ。レディスナは何でこの世界にたどり着けたんだ? 普通じゃ無理だろ?」
「簡単よ。ワタシは今、この子の同行者なの」
「ん? 同行者? ……ああ、アレか! そういえば初期クエなら有り得るのか!」
得心が行ったとばかりにアルベルトが声を上げた。
同行者システムとは、かつてのMMOアナザーアースにおいて、クエストやシナリオ中にNPCを連れて動き回れるシステムの事だ。
幾つかのクエストの中には、シナリオ的なフレーバーや難易度調整の意味合いで、NPCをパーティーメンバーとして組み込めるようになっていた。
これは多くの職業称号を得るためのクエストでも採用されていて、冒険に彩を与えていたのだ。
レディ・スナークもまた、盗賊系称号獲得クエストで、難易度調整の為か同行者となることが有った。
ただし、それは初期称号を盗賊で始めた場合のみであり、下級称号のほんの始まりの時期でしかない。
直ぐに盗賊系の称号クエストは単独での潜入などを目的とするようになり、同行者が付かなくなる。
つまり同行者のまま、す巻きの少年のマイルームでサービス終了を迎え、そしてここに至るのだとか。
「え、何か? そいつコンバートで位階が下がってるわけじゃなくて、マジで開始したばかりの初心者か何かか?」
「ええ、ワタシはコレのおかげで世界の終わりを超えた事になるわ」
「確かに有り得るか。AE2にデータコンバートできるから先にAEでキャラクリして新規に始めようとしたプレイヤーは居そうだもんな」
実際のところアルベルトの言うように、MMOであるアナザーアースから、VRMMOであるアナザーアース2への移行にあたって、事前にAE側でキャラクリエイトをし、AE2へコンバートして新規に開始しようと考えるプレイヤーが一定数存在したのであった。
「だけど、保護ってのはどうなんだ? こう言っては何だが、今この瞬間にもあんたなら俺達皆殺しにできるくらいに強いだろ? 俺達の保護って必要なのか?」
「今のワタシはそこまでの力は持ってないわ。同行者だから」
「ああ、そういえば制限かかってるのか」
同行者とは、あくまでプレイヤーの補助のための物だ。
本来のレディ・スナークはカンストプレイヤーでも気配を悟らせずに殺し得る戦闘力を持ち合わせているが、それは一切制限のない状態での話。
同行者として初期プレイヤーのパーティー入りする彼女は、大幅に力を押さえた状態での加入となる。
一応クエスト中に乱入する強力なモンスターを撃退するだけの力を持っているが、本気とは到底いいがたい力であった。
とはいえ、その直接的な戦闘力以外の実力は一切制限を受けていないらしいのは、伝説級の暗殺者であるメルティの目の前に立っていても気づかせない隠形で明らか。
それも、まだろくに隠形を身に付けていない少年を抱えたままでの話だ。
「それに、他にも幾つか理由が有るの。この弟子の領域はこの皇都の傍なのだけど、この辺りはどうにもキナ臭くてね」
「……まぁ、こっちの貴族やらが動いてるらしいからな」
ライリーは夜光がここまでに張り巡らせた情報網を通じて、近辺のある程度の情報を得ている。
夜光らが関わったグラメシェル商会への裏工作やフェルン候への暗闘以外にも様々な陰謀が渦巻いているらしいことが、判っている。
多くは彼らに直接かかわるモノではない為干渉していないが、煌びやかな皇都の街並みに反してその闇は余りにも深い。
そして、張り巡らして日の浅い夜光の情報網ではとらえられない情報も、目の前の女暗殺者はとらえていた。
「それだけなら、良かったのだけどね。問題はもっと厄介だわ」
「……そいつはどういう?」
「この辺りのプレイヤーはね、殆どが行方不明なの。何かに襲われて、ね。ワタシ達はその何かからずっと身を隠し続けて居たの」
女暗殺者は、未だロープから抜け出せない自身の恩人にして弟子を見ながら、深く息をついた。
長い間息を止めていたかのように、深く深く。
「大魔王さえ仲間にしているアナタ達なら、頼りにできる。ワタシの力を使っていい。この子を守ってやって欲しい」
そして女暗殺者は深く頭を下げた。
ちょっと難産でしたが続きです。




