第02話 ~早朝 フェルン邸~
「そんなわけで、グラメシャル商会はこちらの世界での物品取引できるようになりました。同時に皇国そのものへのコネクションとして有用ではないかと」
「いきなりどんなわけだよ。詳しく説明してくれよユニオンリーダーさんよ」
「説明端折り過ぎだぜー」
「ごめんね~二人とも。やっくんちょっと徹夜でテンションおかしいのよ~」
「徹夜はホーリィ様もなのでは?」
「うふふ~。私は大丈夫~回復の奇跡があるから~」
早朝のフェルン候の皇都邸宅その一室で、僕はアルベルトさん達と合流していた。
この皇都での出来事に関して、二人には竜王ヴァレアスを通じて伝えてある。
とはいえ、ヴァレアスさんが知っているのは昨日の朝までの事。
その後の事に関しては此処で初めて伝える事になった。
まずグラメシェル商会とペリダヌス家について。
瓦礫の巨人を倒しレベルキャップを開放した直後、僕達はグラメシェル商会に足を運んだ。
幾つか理由はあるけれど、最も大きな理由は商会の敷地内にあるあるモノを利用するためだ。
それは、転移の基準となる石碑だ。
皇都がアナザーアースの王都ベースで作られている以上、各町に存在した石碑は必ず存在する。
この皇都では、かつてアナザーアースの王都では冒険者ギルドの建屋であったグラメシェル商会がそれに該当している。
中庭に該当する場所に建てられているそれを経由すれば、冒険者は早い時期から一度行ったことのある街から街へと移動できた。
商会に初めて向かい<魔法の目>と<魔法の耳>を仕込んだ際、僕はその石碑を発見していたのだ。
元々は玄関入った直ぐにあったはずのそれは、何故か屋外の人目に付きにくい場所に移設されていたが、ある意味僕らにとっては好都合。
とは言え現状の敷地の持ち主のグラメシェル商会、ひいては会頭のレオナルドとは、万が一の時の為に良好な関係を結んでおく必要があった。
それに関しては槍使いの男たちに殺されていた商会付きの護衛達を救ったことで、大きな貸しを作れている。
また、槍使いの男の仲間である精霊使いのカーティスの身柄を引き渡しておいた。
丁度皇都中がペリダヌス家の別邸の謎の消失事件で騒ぎになっているらしく、重要参考人としてカーティスが何故か指名手配されているとレオナルド会頭は語っていた。
レオナルド会頭はカーティスの身柄を使って色々思惑があるようだし、うまく利用してくれると期待しようと思う。
ちなみにカーティスは瓦礫の巨人との戦闘で放置していたせいか、戦闘時の機動で少々ボロボロになっていたけれどホーリィさんが治療していたので大丈夫だろう。
ついでに引き渡し前にリムが何かしていたので催眠魔法で記憶に処理をしていたので僕らの事は漏れないだろうと思う。
商会にざっくりとした説明をした後、夜中と言う事もあり僕らはその場を一旦辞している。
もっともそれは名目だけの事。主目的はマイフィールドに戻ってのレベリングだ。
石碑さえ使えれば長距離移動も可能であるため、僕らはこっそりとマイフィールドに戻り朝までみっちりとレベリングにいそしんだのだ。
その後戻ってきた僕らは、グラメシェル商会からの追加の護衛と言う名目でフェルン邸を訪れ、こうしてアルベルトさん達と合流したのだった。
「そんなことが有ったのかよ……<貪欲>ねぇ」
「俺の相棒が戦いたそうな相手だな」
「うむ、我ならばその瓦礫の巨人とやら、全てブレスで消し飛ばしてやれただろう」
「いや、再生力特化型だろ? 竜王の嬢ちゃんじゃぁ息切れ必至だったろうさ」
<貪欲>に関してはアルベルトさん達も気になったようだ。
実際、あれは強敵だった。
あの特性上、広域大規模破壊をもたらす方法が無ければ詰む相手だったと思う。
ギガイアスの魔法増幅機能での魔法拡大が何とかなって本当に良かったとしか言えない。
「あとは、PKの手口を使う傭兵だって? そいつはプレイヤーじゃぁなかったんだな?」
「ええ、直接会った際に確認しましたけどこちらの世界の人物でした」
「それにしては、手口が似通り過ぎてるぜ? プレイヤーと何かのかかわりがあったんじゃないのか?」
「そうとも思ったのですけど、もう死体は蘇生不可能なほど細切れになってしまったので、詳細は判らないんです」
「……そうだ、死体と言えば何で死んでるんだよリーダー! 迂闊すぎだろ!?」
アナザーアースでは蘇生魔法が存在している為に死は絶対の消滅ではないけれど、同時に生前の行いでカルマ値を蓄積していると蘇生が失敗し喪失状態となる危険性があった。
僕自身のプレイ傾向はPKや犯罪行為とは無縁なカルマを貯めない方向性だったけれど、この世界に来てから少しづつ溜まってきているのだ。
つまり、万が一が存在し始めているのだ。
更に言えば僕は根本的に魔術師型のプレイで、つまるところ紙装甲。
プレイヤーとして高い能力を持っていてもモンスターのような強靭な鱗や分厚い皮膚があるわけでもなく、いざ近接攻撃にさらされればこの世界の武器であっても殺害が可能なのだ。
そんな身で、なおかつ多くのモンスターやユニオンの仲間を率いるべき者が護衛もなしにうろつくのは気が緩みすぎているのだと。
実際その通りなので二人には平謝りすることになった。
ちなみに、死亡したことに関してはレベリング作業中に仲間モンスターからも叱られている。
実際一人で出歩くにしても、姿を隠すなり出来るモンスターを連れて行くことは不可能ではなかったはずで、そこは僕の非だと認めるしかなかった。
ただ、レベリングダンジョンの中で妙に過保護に扱われる事だけは少し辟易としたけれど。
「あとは、キャップ開放方法が見つかったんだって?」
「ええ、おかげさまで……なので早速位階を上げてきましたよ」
「魔術師系統ならそりゃ上げるよな、集団転移の魔法は利便性が段違いだ」
「ここにも転移目標の石碑あるもんなぁ」
「私も帰還転移の奇跡使えるようになったのよ~」
そうそう、アルベルトさん達にも語ったように、夜通しかけて行ったレベリングにより、僕の位階は一気に準上級のカンスト値、100まで上昇している。
これにより、僕は石碑に触れずとも特定の石碑や大まかな場所へと転移できる集団転移の魔法を覚えていた。
また、ホーリィさんは自身のマイフィールドへ、詠唱も必要なく帰還できる帰還の奇跡を習得しなおしている。
これらは準上級で開放できる利便性の高い魔法の一つだ。
移動が大幅に楽になる他、転移先の周囲の状況も大まかに確認できるので索敵にも活用できる利点があった。
他にもレベリングによって色々出来る事の幅が広がっている。
特に位階が上がった事でモンスターの召喚のコスト支払いが大幅に軽減されていたのだ。
また召喚時のオプションをいろいろ選べるようにもなって居た。
この後皇城の中に入り情報収集用のモンスターを呼ぶことを考えると、これらの特性を得るために夜通しレベリングしてやはり良かったのだろう。
そんな内容で一通り僕らの状況を伝えると、今度はアルベルトさん達の番だ。
「こっちはこっちで大変だったんだぜ? 何しろ道中襲われまくりでさー」
「ナスルロンの連中、侵攻した側でなおかつ負けたから危機感が酷いらしくてな、刺客を何度も送って来やがったのさ」
「……御前会議で紛争の非を糾弾される前にフェルン候を、ですか?」
「後は俺っちだな。爆榴弾兵を作った奴を殺した上で侵攻の原因を押し付ける腹積もりだったんだろうさ」
「無論そのような事私が許す筈もありませんわ。マスターに指一本触れさせるどころか、姿を見る事すら許すわけにはまいりません」
アルベルトさんは、フェルン候の一行の中で、同じプレイヤーであるライリーさんの監視兼いざと言う時の取り押さえ役としての仕事を担っている。
だけどライリーさんはユニオンの一員に加わったし、アルベルトさんからフェルン候へ同郷の者を優遇したフェルン候に帰順する旨を伝え全面協力する姿勢を見せているため、捕虜と護衛という姿はポーズに過ぎない物になって居る。
特にライリーさんのパートナーであるメルティさんは、メイドであると同時に有能な護衛でもあるとか。
襲い来た刺客達をことごとく無力化して捕縛した上、全員に雇い主を自白させたと言うのだから何とも恐ろしい。
「昼には河賊に見せかけた刺客、夜には夜陰に紛れた暗殺者。なんとも刺激的な旅だったなぁ?」
「まぁ、昼の河賊はフェルン候の護衛だけで片付いてたけどな。位階差で無双ゲーみたいに蹴散らされてたぜ」
「船旅はまぁそんな調子だったんだが、問題は昨日の夜でな……」
此処まで話して、ライリーさんの表情が曇る。
アルベルトさんも少し困った表情で、この部屋、捕虜であるライリーさんの為に用意された部屋の一角も見る。
そこには、一組の男女が居た。
一人は、如何にも初心者然とした少年だ。
捕虜用とは言え格式のある屋敷の一室であるこの部屋は内装も相応の格がある。それを見ては興味深そうにしてあちこち見まわしているのだ。
何とも落ち着きがないのは、中身も少年めいた姿にあっていると言う事だろうか?
そしてもう一人、こちらが大きな問題だった。
「レディ・スナーク……本物ですか、アレ?」
「ああ、話した限りじゃ本人だな。メルティもそう言ってる」
壁際に立ち此方を観察しているらしき女。
とんでもなく美女なのに、時折何もいないかのように存在感が薄れるのは、彼女が身に付けた類稀な隠形の技術によるものだろう。
彼女はレディ・スナーク。
ルイス・キャロルの詩に謳われた正体不明の怪物の名を持つ伝説級の暗殺者にして、全盗賊系称号取得イベントにおける師匠キャラクターだ。
「昨夜、何があったんですか?」
「そうだな、まずはこの屋敷についた辺りからになるな。あれは……」
「いえ、説明はワタシからしよう」
昨夜の事を話そうとしたライリーさんを遮った声。それは、それまで無口を貫いていたレディ・スナークだった。
その声は、かつてモニター越しに聞いた有名声優が当てた何ともクールな美声そのもの。
「まず先に名乗らせてもらおう。アナタ達が言う通り、ワタシはレディ・スナークと呼ばれている……だが、今はスナちゃん、或いはスナ姉さん、もしくはスナスナと呼んで欲しい」
そんな美声で紡がれた自己紹介に、僕らは思考を停止させることになったのだった。




