ひとりぼっちの赤ずきんともふもふおおかみ獣人の約束
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森の中にあるお家からお母さんのおつかいで、町へ出かけた赤ずきん。りんごを買うのです。
町はお祭りで人がたくさん集まっています。
大きな通りから広場に向かってたくさんのテントが見えます。
焼いたお肉を巻いた食べ物や串に刺さった炭火焼きの肉、マフィンのような焼き菓子。
お肉焼けた匂いに甘いお菓子の匂い──どれもお腹が空くいい匂いがします。
どの屋台も大人たちと家族連れで溢れていました。
赤ずきんはお祭りが初めてだったので頬を上気させて喜びました。
赤ずきんと同い年くらいの小さな男の子はお父さんの肩に乗せられて景色がよく見えるのか何かを指さしています。
鉄工所に詰めかけているお父さんは夜遅くにしか帰ってこないので、あまり会えません。
(お父さんに会いたいな……)
少しさみしい気持ちを振り払うように屋台の食べ物をのぞく赤ずきん。
星の形の飴を見つけた。
透明できらきらと光を反射しています。
“りんごを買ってね”とお母さんから渡されたお金。
お母さんとお父さんとお姉ちゃんたちにお兄ちゃんたちと私──。
全部で七本必要です。
小さな手に握ったお金は七本分足りるか分かりません。
「おばさん、飴、七本は買えますか?」
そう言いながらも心臓がうるさくなり始めます。
屋台のおばさんは赤ずきんの顔をじっと見ると、笑顔を向けた。
赤ずきんは身体の力が抜けた。
「ちょうど七本分だよ。はい、どうぞ」
「あの、どうもありがとう! すごく……うれしいです」
赤ずきんは七本の飴を両手で握りしめると、おばさんに頭を何度も下げます。
おばさんは優しい目を向け、赤ずきんを大きくて柔らかい手でなでてくれました。
「なくさずに家に持って帰るんだよ」
赤ずきんの心臓はぴょんっと飛び上がりました。そして顔をほころばせた。
そのまま広場の出口に向かって歩いていると大きな声が聞こえます。
「いやだー。あれ買ってよ〜!」と子どもの声。
「そんなにわがまま言ってると森の魔物にさらわれてしまうよ!」とその子のお母さんの声。
脅し文句と赤ずきんも分かっていました。
しかし、広場を出る足はとても重たい。
* * *
森にさしかかると、なんだかお腹も痛くなってきました。
(もしかしてこれが最後のぜいたくで帰り道に森の魔物が待っていたらどうしよう……)
赤ずきんは末娘でした。
姉と兄が四人いるのです。
顔はどんどん下がっていき、地面を歩きながら森を進んでいきました。
ぽた……ぽた、ぽた……
赤ずきんに何かが当たります。
(大変、雨が降ってきちゃった)
小走りに辺りを見回すと大きな葉をたくわえた木の下に倒れた木の幹を見つけた。
(ちょうどいいわ、あそこに座ろう)
膝をそろえて座る赤ずきん。
雨脚は強くなり、森は雨のカーテンに包まれました。
土と草のぬれた匂いがします。
「おやおや、赤ずきんちゃん、悪い子は食べちゃうよ」
低い濁声が背後から聞こえた。
赤ずきんは寒気がしましたが、恐怖で動けなくなってしまいました。
指がわずかに動くと握っていた飴を思い出しました。
家族の人数分ある飴の棒。
たぶん売られる私。
「私はちゃんとりんごを買わなかったから、悪い子なの。でも飴は食べないでください。これは大事な飴だから」
視界の端には、おおかみの長い毛足の身体と口の端からのぞく牙。
「ひ、ひと思いに丸のみしてください!」
赤ずきんは怖さのあまり目をつむって飴の棒を握りしめました。
「おいおい……」
おおかみから呆れ声がすると、風が赤ずきんの前を駆け抜けました。
下を向いていた赤ずきんは驚いて顔を上げると三角のつんとしたふわふわの耳に首にまいたら温かそうな毛足の長いしっぽ。
声の高い少年は赤ずきんの頭一つ分大きいです。
「俺はおおかみ獣人。何があったのか聞かせてほしいな」
惹き込まれそうな透き通るダークグレーの瞳にすっと通った鼻。
簡素な作りの黒い半袖と長ズボン。袖からのぞく、少し引き締まった腕。
ゆらゆらと左右にしっぽを振りながら赤ずきんの顔をのぞきこんでくる。
赤ずきんは自分の話をたくさんしました。
最後におつかいにきて人買いに売られてしまうかもしれない話までした。
「私はこの前お兄ちゃんのいちごを食べちゃったし、お姉ちゃんからもらったどんぐりのネックレスも壊しちゃったの。だから悪い子なの。
悪い子は森の魔物にさらわれちゃうのよ」
そこまで話を聞くとおおかみ獣人は怒ったような怖い顔をしています。
「君の母さんは茶色の髪を一つに結わえているだろ? きっとそれは誤解だから家に帰ろう? 約束だよ」
「家に帰れないかも。できない約束はしちゃだめだってお母さんにいわれたの」
手に衝撃がくると、赤ずきんは腕を引っ張られました。
「大丈夫。ついてきてごらん」
赤ずきんは家の方へと連れられました。
* * *
家の前までおおかみ獣人は連れてくると手を離し、今度はそっと背中を押しました。
「ちゃんと話してくるんだよ」
エリンは驚きと怖さが入り混じり足がすくんでいます。
「駄目だったら俺が森に連れて行く。それで一緒に暮らそう」
「うん……分かった、やってみる」
おおかみ獣人の言葉に押されたエリンは家の扉を震える手で押しました。
扉が開くと明るくて温かな空気が迎えてくれます。
「お母さん、お姉ちゃんたちとお兄ちゃんたち」
エリンは皆が揃っていることに目を大きくさせました。
「それと父さんもだ」
後ろから太く低い声が包んできます。
「お父さん! なんで!?」
エリンはひょいっと抱き上げられると皆は声を揃えました。
「「「エリン、お誕生日おめでとう!」」」
エリンは熱いものが流れてきて喉がきゅっとしまりました。
うまく声が出せないので、握りしめていた飴にすがります。
「私てっきり……ううん、いいの。私お友だちができたの!」
エリンは父の腕から飛び降りると、家の外を見回した。
「まだお名前を聞いていないおおかみ獣人さん! 私の誕生日会にいらしてくれませんか?」
あたりは静かです。少しだけ森がさざめいています。
エリンはもう一度言います。
それでもまだ静か。
もう一度声を張り上げると、おおかみ獣人は顔から耳まで紅潮させて木の影から姿を現しました。
母さんはびっくり。
すぐに笑顔になります。
「まぁ! この前のおおかみくん。エリンの友だちになってくれたのね。どうも、ありがとう」
足早に近づくと膝に手を揃えておおかみ獣人はお辞儀をします。
「森で怪我した時に手当てをしてくれて、ありがとうございました」
なんと、二人は知り合いだったのです。
今度はエリンが手を引っ張ります。
「エリンの誕生会へようこそ! あの、おおかみ……お名前はなあに?」
「ジェイドだよ。本当にいいの?」
上目遣いのジェイドのもふもふのしっぽは下がりながらも左右にゆらゆら揺れています。
「「「さぁ、どうぞ」」」
皆は笑顔でジェイドを家の中へと迎え入れました。
* * *
家の中に入ると紙の輪で作った飾りが天井近くの壁を華やかにします。
テーブルには骨付き肉、その周りにはブロッコリーの森にプチトマトのお花たち。
それから大きなパンにエリンの大好きなりんごジュース。
「いただきます」「いただきます」
エリンは骨付き肉を初めて見ました。
「おいしいね」「おいしいね」
皆はごちそうを手にもって大きな口で食べていきます。
「楽しいね」「楽しいね」
ジュースを飲んで、エリンもジェイドを見ると嬉しそうにしっぽをふっています。
エリンはもっと嬉しくなります。
ごはんをすっかり食べ終わると、お皿の底が顔を出しました。
するとお母さんはりんごパイをもってテーブルに置きました。
「私の大好きなりんごパイ!」
エリンはおつかいのりんごはこのためだったのだと気が付きました。
「りんご買い忘れちゃってごめんなさい」
「ううん、りんごのうさぎさんはまた今度切ってあげるわ」
お母さんが切ったりんごパイをお皿に取り分けます。
それをお姉ちゃんとお兄ちゃんはそれぞれの前へと置いていきます。
それを見たエリンは椅子からぴょんっと飛び降ります。
「私、素敵なものをもっているの」
エリンは握りしめた星の飴を一つずつ乗せていきます。
ジェイドのりんごパイに最後の星を乗せます。
エリンのりんごパイには星がありません。
するとお父さんから新しい星の飴が流れてきました。
「実は町にエリンを迎えに行ったんだけど、父さん見つけられなくてごめんね。代わりにエリンに星の飴を買ったんだよ」
皆のお皿にきらきらの星が飾られました。
「おいしいね」「うれしいね」
皆は声をあげました。
すっかりお皿がきれいになると、ジェイドとお別れの時間です。
* * *
空を見上げるとさっきの飴みたいな星がいっぱいの夜です。
エリンは何度も左右に大きく手を振ります。
「ジェイド、楽しかったね。また会える?」
ジェイドは頬を赤くしながらも顔を伏せています。
「大きな木の秘密の場所でまた待ってるよ!」
エリンは顔を綻ばせます。
「わかったわ、約束よ!」
ジェイドも顔を大きく緩めました。
そして森の方へ歩いていきます。
エリンの大きく振った手と同じようにジェイドのもふもふしたしっぽは大きく動いています。
エリンはジェイドの姿が見えなくなるまで手を振っていました。
ずっと……
ずっと……
(おしまい)
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