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84 焼け残った看板の絵

 ベレニケ男爵の部屋に入ったレイブンさんは何かを見たようだ。


「コレは……? 一体何がどうなっている?」


 レイブンさんは想定外の展開に何か戸惑っているようだ。

 ベテランの暗殺者が戸惑う展開、一体何があったのだろうか?


「いやあああー、もう許してくださぁい! もう悪いことはしませんからぁぁあ」


 女性の声が部屋から聞こえてきた。

 どうやら女性が男達に襲われているようだ。


 しかしレイブンさんは、その女性を助けようとはしなかった。

 私は我慢できなくなり、つい部屋に踏み込んでしまった。


「なんで女の人を助けないんですか!? 襲われてるじゃないですか!」

「落ち着け、というかなぜお前がここにいる?」


 しかしレイブンさんは足払いで私を転倒させた。


「ぐべぇ! いててて……」


 レイブンさんは何故襲われている女性を助けようとしないのだろうか。

 疑問に思った私は気になってそれを聞いてみた。


「先生、女の人が襲われているんですよ。なぜ助けてあげないんですか」

「だから落ち着け、様子をよく見てから話せ」


 様子といわれても……女の人を複数の半裸の男が襲うよくある展開ではないのか?

 しかしよく見ると、襲われていた女性は私が前の人生で見た顔だった。

 アレはベレニケ男爵本人だ。


 なぜ屋敷の主人のベレニケ男爵が手下の奴隷に襲われているのか、確かにこれはわけがわからない。


「ええええ? 一体どうなっているんですか??」

「ワイにも分からないから困惑していた。こんな展開は初めてだからな」

「そうだったんですね」

「しかし、言いつけを聞かなかったお前には後でしっかりとオシオキをしないといけないな……」


 私を見るレイブンさんの目が鋭い暗殺者の目になった。

 あーあ、こりゃ死んだかもしれない。


 ガクブルする私にレイブンさんが手で目隠しをした。


「あんなものはまだお前の見るようなものではない、十年早い」


 そう言えばそうだ、今の私はまだ十歳になったばかりの子供だ。

 レイブンに肩にひょいと担がれた私はそのまま屋敷の外に連れ出された。


「ワイは奴隷にされた子供の親たちに頼まれ、奴隷商人の元締めのベレニケ男爵を殺してくれと頼まれた。だがあの様子じゃベレニケはもう壊れたも同然だ。誰がやったかは分からないが、ああなってはもう元に戻ることはないだろう」


 やはり、レイブンさんはベレニケ男爵を殺すためにあの屋敷に入ったか。

 でも屋敷に入るとすでにベレニケ男爵は誰かによってもう廃人になっていたというわけだ。


「帰るぞ。お前の親と大事な子が心配しているんだろう」

「なぜそれを……?」

「フッ。対象の家族構成や友人関係くらいは調べるものだ」


 対象……って、もし私がレイブンさんを裏切ったり暗殺者だと告げ口をすれば、全員殺す準備は出来ているということなのか!


私は改めてこの暗殺者が恐ろしくなった。


「緊張しているぞ。さっきの話か、冗談だよ。ワイはお前が好きだからな」


 それって……ロリコンなのか!?

 それはそれで私はレイブンが怖くなった。


「何か勘違いされても困るが、ワイは女性は妻だった彼女以外愛するつもりはない。安心しろ」


 この人は本当に何者なのだろうか。

 私の筋肉の緊張だけで心理状態を把握できるのだろうか。


 中央通りまで来たレイブンさんは肩から私を降ろした。


 そして少し歩くと、火事のあった焼け跡に焼け残った看板が有った。

 それを見たレイブンさんは絵をじっと見つめた。


「なんだ、これは……まさか、あの子の絵……」


 普段冷静なレイブンさんが絵を見て動揺していた。


「これって、この間燃えた店の看板じゃ」

「お前、この絵を描いたのが誰か知っているのか」

「いえ、わからないです。僕は服を買いに来ただけですから」


 レイブンさんはその後も何か落ち着かない様子だった。

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