83 ベレニケ男爵の屋敷へ
「悪かった……な」
レイブンさんが私に謝った。
「酷い……酷いですよ」
「だがお前はこうやって帰ってこれた。ワイは信じてたぞ」
確かにレイブンさんのやっていることは無茶苦茶だったが、私はこうやって帰ってこれた。
前の人生の綺麗な剣術だけをしていた私だったら、一人だけで狼と戦っても正攻法で戦って負けていただろう。
レイブンさんは私に実践をさせたかったのかもしれない。
だがだからといって、街の危険な場所に私を放り出すと、噂も大きくなるし面倒なことが後々増える。
そう考えると誰もいない森で戦える力や鞭の使い方、生き抜く力を確かめた方が確実だとはいえる。
「冷めるぞ、早く飲め」
「は、はい」
私はレイブンさんの用意してくれたたっぷりのミルク入りのコーヒーを飲んだ。
ハチミツの入ったコーヒーは温かく、疲れた体を癒してくれた。
そして私はレイブンさんと街に入り、中央通りで分かれてから家に帰った。
家の前にはふくれっ面で涙目のスピカが立っていた。
「ポル、どこに行ってたの? 心配したんだからね」
「あ、ああゴメン。ちょっと狼退治を」
いきなりスピカの平手打ちが私の頬に入った。
「バカッ。心配させないでよ!」
「ゴメン……」
私は森で仕留めた狼の尻尾をスピカに渡した。
「コレ、あげるね」
「いらないわよっ! バカッ!!」
スピカは狼の尻尾を私に投げ返してきた。
「バーーーカッ!!」
スピカはそう言うと走って薄暗い街を帰っていった。
悪いことしたかな……。
次の日、私がパン屋に行くと、スピカがニコニコした顔をしていた。
「スピカ、何かあったの?」
「なんでもないわよ。さあ、お仕事お仕事」
「変なスピカ……」
その日はその後何事もなく、夕方のお風呂屋の仕事まで終わった。
私はその後レイブンさんの家に向かった。
「アレ? お客さん?」
レイブンさんの家に誰かが来ていた。
私が家に入ると、お客さんらしき人物は丁度出ていくところだった。
「来たか……。だが今日は中止だ。さっさと家に帰れ」
「どうしてですか?」
レイブンさんの目が凄まじく激しい殺気を放っている。
これは……殺し屋の目だ。
「帰れと言ったんだ。聞こえなかったか!」
「は……はい!」
私はその気迫に押され、何も言えなかった。
しかしレイブンさんのことが気になった私は、家を出たふりをして彼を尾行する事にした。
前の人生では尾行は仕事で何度もやった事がある。
そのやり方を忘れていない限りは、そう簡単に見つからない自信はある。
レイブンさんは私を家から追い出すと、中央街に向かって歩き出した。
中央街に着いたレイブンさんは、中央街に用がある様子ではなく、さらに歩いていた。
しかし凄い速さだ、雑踏の中を歩いているのに走っているくらいの速度だ。
私はついて行くのが必死だった。
そしてレイブンさんが到着したのは貴族の住む高級街の一角だった。
その屋敷の塀に辿り着くと、レイブンさんはいとも簡単に警備の目を潜り抜け、塀を超えて中に入った。
どうやらここは貴族の屋敷。
私の記憶が正しければ、ここは奴隷売買の元締めをしていたベレニケ男爵の屋敷だ。
私とイアーソンさん達がケプラーから助け出した奴隷は、ベレニケ男爵に売り飛ばされるはずだった子供達だ。
もし警備隊が奴隷商人とズブズブならせっかく助け出したはずの子供達がここに捕らわれている可能性は十分にある。
もしや……レイブンさんはそのベレニケ男爵を暗殺するためにここに来たのか。
私はレイブンさんの後を追いかけ、塀の上に鞭を縛り付けて屋敷の中に入った。
屋敷の中は警備が思ったよりも緩く、レイブンさんは見張りを次々と倒していた。
だがどれも気絶させられているだけで、殺してはいない。
レイブンさんは無駄な殺しをしないのだろう。
そして警備員の服を奪い、成りすましたレイブンさんはベレニケ男爵の部屋に入った。




