76 優しさと強さ
「話を聞く前に言っておくことがある」
「何でしょうか?」
コルボさんは何か言いたい事があるらしい。
「ワイのことはレイブンと呼べ。コルボはもう捨てた名だ」
「わかりました。レイブンさん」
コルボという名前は暗殺者だった時の名前なのだろう。
私は彼をレイブンさんと呼ぶようにした。
「お前。絵は描けるか?」
「絵……ですか?」
「そうだ、絵だ」
レイブンさんは何故いきなり私に絵を描けるか聞いてきたのだろうか?
「あまり……描いた事はありません」
「そうか、それならそれでもいい。お前はここに絵を教えてもらいに来ている事にしろ」
そういうことか。
レイブンさんは暗殺屋ではなく、絵描きとして私を弟子という形しておこうというわけだ。
「わかりました。先生」
「フッ。先生か……面白い。では、先ほど言っていた話を聞かせてもらおうか、お嬢さん」
「僕は、『ポルクシア・スパータ』と言います。先生」
レイブンさんの表情が不機嫌になった。
「ダメだな、警戒心がまるでない。他人に名前をすぐに教えてどうする。成りすまされたり、身元を割られて弱みを握られるぞ」
「す、すみません」
「まあいい。ワイはお前のことをクーロイと呼ぼう。意味は気にするな」
「クーロイ……ですか」
レイブンさんは何を考えているのだろうか。
まあ私はこの裏町の奥で表むきは、先生に絵を教えてもらうという形で通うことになった。
「それで、クーロイ。お前の話を聞かせてもらおう、何故人を守る為の力が欲しい?」
「僕は……母さん一人に育ててもらいました。父親はいません。そんな僕でも街の人は優しく見守ってくれたんです」
「そうか」
「そんなある日、母さんが結婚相手にと紹介された男に僕は襲われそうになりました。僕は警備隊なら助けてくれると思ったのです、でも警備隊は男の方からお金を受け取って僕を見殺しにしようとしました」
「フン、この国の警備隊ならそんなもんだろう」
「男に襲われると思った時、僕を助けてくれたのが街の人達でした。僕はその人達の為に出来ることをしようと考え、お風呂を作ったりゴミを綺麗にすることを考えました」
この話を聞いたレイブンさんはニヤッと笑っていた。
「そうか、このゴミ溜めみたいな街が綺麗になっていったのはお前が考えたのか。子供とは思えない発想力だな」
レイブンさんは私を二度目の人生だとは知らないはずだ、それなのにそれを見抜いたような洞察力だった。
「そして街はキレイになって、僕の大事な人達はみんなが日々気持ちよく生活できるようになっていきました」
「それなら力なぞ必要ないだろうに、お前にそれだけの知恵と優しさがあるのならな」
「でもそれだけではダメでした。僕の大事なスピカが人さらいにさらわれてしまったのです」
「まあ、この街ではよくあることだ」
「幸いスピカは警備隊のイアーソンさんと傭兵のレグルスが一緒に来てくれて助けることは出来ました。でもその時、僕は自分が強くなって大事な人を助けたいと思ったんです」
「そうか、大体わかった」
レイブンさんはコーヒーを淹れなおしてまた飲んだ。
「良いだろう。お前を強くしてやろう」
「ありがとうございます!」
「お前の目が気に入った。お前には優しさの中に強さがある」
レイブンさんはそう言うと戸棚の奥の本を押した。
部屋の戸棚が音を立てて横に移動し、そこには扉が隠れていた。
「ついてこい」
「は、はい」
私は戸棚の下の扉を開け、地下への階段を下りて行った。
「着いたぞ、剣を取れ」
レイブンさんが私の足元に剣を投げてきた。
その剣を私が拾おうとした時!
「甘いッ!!」
「がはっ!」
剣を拾おうとした瞬間、私はいきなり蹴り飛ばされて壁にぶつかった。
「戦いの中で剣を落とした相手を待ってくれるバカがいると思っているのか!」
「いいえ……」
「いいか、ワイが教えるのは殺し合いだ。キレイな剣術や格闘術を習いたいならさっさと尻尾を巻いて帰れ」
もう厳しい修行は始まっていた。




