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64 カミソリのイアーソン

「まずは状況の確認からだ。誘拐されたのはスピカという少女で間違いは無いんだな」

「は、はい。そうです」


 イアーソンさんが今までに見た事のないほど鋭い目つきで何かを書き始めていた。

 私の前の人生で一度も見た事の無い姿だ。


「はっ。カミソリのイアーソンが本気を出したな」

「茶化すな、今は冗談を言ってる場合ではない」

「わかったぜ。続けよう」


 イアーソンさんが私に質問を続けた。


「そのスピカという少女、何かこれといった特技はあるのか?」

「はい、魔法が得意で……貧民街のみんなの為に魔法を使って仕事をしてます」

「そうか……誰かに恨みを買う事とかはあったか?」

「いえ、特に。昔は生きる為に盗みをしていましたが、今はシリウス爺さんの弟子として街の為に働きながら勉強してるだけです」


 イアーソンさんは少し考えた上で結論を出したようだ。


「間違いなく誘拐だな。それもただの誘拐ではない、魔法が使えるとなると……貴族に売りつけるのが目的だろう。そうなると……犯人はもう想定済みだ」


 イアーソンさんはこの短いやり取りの中でもう犯人の目星をつけたようだ。


「イアーソン、犯人は誰だって言うんだ?」

「二人心当たりがある、マルシェとケプラーだ」


 私はどちらの名前も聞き覚えがあった。

 前の人生でマルシェは奴隷商人にさらった子供を売りつけていた人さらいのボス。

 ケプラーは東の貧民街を根城にしたごろつき共の元締めだった男だ。


「でもよぉ、マルシェは最近姿を見てないんだわ。あれだけ人さらいの多かった辺りが全然人さらいが出なくなったという話も聞くぜ」

「レグルス、そうなると犯人はケプラーで間違いなさそうだな」


 イアーソンさんはスピカをさらった犯人をケプラーだと特定したようだ。


「しかしケプラーか……アイツが相手となると厄介な話だな」

「イアーソン。それはどういう事だ?」

「アイツは貴族に賄賂を渡していて、罪を見逃してもらっている。その代わりに貴族に奴隷を提供しているというわけだ」


 確かに前の人生でもケプラーを捕まえる機会は何度もあった。

 だが奴は明らかな死者を大量に出した大火事でも、無罪になっていた。

 奴が死んだのを知ったのはその後だ。


 奴は賄賂を渡していた裁判官や司法官もろとも、カストルに殺されていたのだ。

 法の通じない相手が、無法者の犯罪者に殺されるというのも皮肉なものだった。


 しかし今はケプラーが生きている。

 そして奴はスピカをさらい、貴族に売りつけようとしているのだ。


「ポルクシアちゃん、スピカちゃんの事は俺たちに任せて家に帰りな」

「そうだぜ、ここから先は危険だ。良い子はさっさとお家に帰ってママを安心させてあげな」

「ぼ……僕もつれていってくださいっ!! 足手まといにはなりません」

「でもよ、ポルクシアちゃんも可愛い女の子だろ。ポルクシアちゃんまで人さらいにさらわれたらオレ、お前の母さんに合わせる顔がねえんだが」


 まあ当然の反応である。

 だが、私には前の人生での経験で、突入時のケプラーの屋敷の構造とかを把握済みだ。


「僕だってスピカを助けたいんですっ!!」

「仕方ねえな」


 そう言ってイアーソンさんは私に小剣を渡してくれた。


「切ろうと思うな。もし危険だと思ったら相手の弱そうな場所を力いっぱい突け。そうしたらオレが助けてやる。自分の身は自分で守れるな!」

「はいっ! ありがとうございます」


 私達は酒場を出て東の貧民街に向かった。

 貧民街は鬱蒼としていて、物乞いや娼婦、浮浪児があちこちにいる社会の最底辺ともいえる場所だった。


「この先にケプラーの屋敷がある。しかし厳重な警備が敷かれているからな、正攻法では危険だ」


 私はレグルスとイアーソンさんに提案があった。


「あの。僕思うんですけど、下水道から入る事って出来ますか?」

「下水道だって? ポルクシアちゃん本気か?」

「はい、スピカを助ける為なら僕何でもします」


 私の意見を聞いて、イアーソンが何かを考え出した。

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