40 レグルスとシリウス
「久しいの。レグルス」
「その声は……シリウスのジイさんか」
どうやらこの二人は知り合いのようだ。
「いつぞや以来かの、坊主が飛び出してから以来ぢゃな」
「そうだな」
「坊主、家に戻る気はないのか?」
シリウス爺さんの質問に対し、レグルスの目に憂いが見えた。
「オレはただの傭兵のレグルスだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「惜しいの。坊主の腕なら次の大将軍も約束されておったのに」
「そういうのが性に合わねえんだよ。オレはオレのせいで誰かが死ぬのを見たくねえんだよ」
「そうか、惜しいのう」
大将軍、それは軍務省のレオーネ公爵家が代々受け継いできた世襲の役職である。
つまりレグルスはレオーネ公爵家の関係者だったわけだ。
前の人生で聞いた事があるのも納得だった。
レオーネ公爵家には、家を継ぐ前に失踪した長男がいるという噂が出回っていたのだ。
「それよりもオレはこの街で自由気ままに生きる方が性に合ってるんだよ。まあ戦場でドジを踏んで死にかけてしまったがな」
皮肉な話である。
前の人生ではこのレグルスが戦場から帰り、赤死病を持ち込んだ事で国が崩壊しかけたわけだ。
しかし、今のレグルスはスピカのおかげで無事回復できた。
これで赤死病がこの国で猛威を振るう可能性は激減したわけである。
「オレはこの街のために力を貸すぜ。それが俺を助けてくれたそこのお嬢さんに対するオレの恩返しだ」
そういうとレグルスはにっこりと笑いながらみんなの為に肉を切り分けていた。
私は大きな塊を持ってそれを分ける作業を手伝った。
だが、肉からこぼれた脂に足を滑らせ、私は転んでしまった。
「キャアッ!!」
転倒した私は足をくじいてしまった。
「痛い……」
「オイ、大丈夫か!」
レグルスが転倒した私のそばに来て、足首を調べた。
「あちゃぁ、コレ足くじいてるな」
「だ、大丈夫です。僕これくらい」
私は立ち上がろうとしたが、バランスを崩してこけそうになった。
「危ねぇ!」
再び転倒しそうになった私をレグルスが支えてくれた。
「オレはこの子をちょっとそこまで連れていくぜ」
「おう、レグルス。頼んだぜ」
「ポルクシアちゃん、だいじょうぶか?」
私はレグルスにお姫様の様に抱っこされた。
「だ……大丈夫です! 僕、歩けますから!」
「無理すんなって、オレが連れて行ってやるよ」
お姫様抱っこされた私はレグルスの胸板の温かさを感じていた。
耳を立てるとトクン、トクンと心臓の音が聞こえる。
私は何だかふわふわしたような気分になってきた。
もうしばらくこのままでいたいような気がした、その時。
「おーい、着いたぞ」
「え……ええ、もう着きました?」
私はお風呂屋の受付前に連れてきてもらっていた。
レグルスに下ろしてもらった時、少し残念な気がした。
「そういえば、シリウス爺さんとスピカは?」
「ああ、シリウス爺さんと隣にいた女の子は肉を受け取るともうどこか行ってしまったみたいだぜ」
そうなんだ。
僕はその後、少し痛い足を我慢しながらお風呂の受付の仕事をした。
「おい! ポルクシアちゃん、今日はどうなってるんだよ!? 風呂がめちゃくちゃ熱いんだけど!!」
他のお客さんたちからも何故か今日はお風呂が熱いという苦情が殺到した。
スピカに何かあったのだろうか……?
他の人がそういう反応の中、レグルスは何の文句も言わず風呂をさっと浴びると、荷物を持って宿屋に帰っていった。
「スピカ……どうしたんだろう?」
私はお客さんのいなくなったお風呂場を掃除し、その日の仕事を終わらせた。
「あれ? これって落とし物?」
お風呂場の脱衣所に獅子の形のリングが置き忘れてあった。
「これって……確かレグルスさんの物じゃ!?」
私は落とし物をレグルスに届ける為、夕暮れの街を宿屋目指して少し痛む足で走った。




