17 屋根の上の約束
「アナタ……けが、してる」
スピカは、私の体の棒で打たれた打撲あざを見て手を触れた。
すると、スピカの触れた場所のあざが綺麗に治った。
これは治療魔法に違いない。
「スピカ、これって?」
「これ、いたくなくなるおまじない」
スピカは自ら治癒の魔法を、無意識に使っていた。
これは高度の魔法であり、教会でもシスターではなく神父クラスが使える力だ。
「スピカ、キミは凄いよ!」
「ねえ、すぴか……ってなに?」
スピカは自分の名前を知らなかったらしい。
では、前の時間軸でビルゴ公爵夫人の娘であるスピカの名前を名乗っていたのは何故なのだろうか?
考えても答えが出ないので私はこの事を考えるのをやめた。
「スピカはキミの名前だよ」
「すぴか……アタシの名前」
「そうだよ、キミはスピカだ、可愛い女の子なんだ」
実際スピカはかなりの美少女だった。
汚れていた時はぼさぼさの髪で両目が隠れていたので顔は分からなかったが、お風呂で綺麗に髪と顔を洗ってあげると目のパッチリした美少女が現れた。
「可愛い……」
「かわいい? すぴか、かわいい」
「アナタ、なまえ?」
「僕はポルクシアだよ。スピカ」
「ぽる……」
彼女は片言でしゃべっている。
今まで誰かに勉強を教えてもらったりした事が無いのだろう。
私達は二人で入っていたお風呂から上がると、パン屋のおばさんの家でご馳走してもらった。
「これ、おいしい」
「スピカちゃん、もっと食べてもいいんだよ」
「おばさん、ありがとうございます」
「ポルクシアちゃん、いいのよ。スピカちゃんみんなのお風呂を沸かしてくれたんでしょ」
働いた分食べられる、スピカは今日初めてその事を知った。
この貧民街は今後スピカの事を受け入れてくれるだろう。
スピカはもう、食べ物を盗むために生きる野良猫のような生活はしなくて済むのだ。
「スピカちゃん、嫌じゃなきゃうちの子になるかい?」
「うん……」
疲れたスピカはそのまま眠ってしまった。
スピカをそのままにしておけないと思った私は、パン屋のおばさんにレーダ母さんに伝えてもらって、今日おばさんの家に泊めてもらう事にした。
◇
夜中起きてしまった私は、スピカがいない事に気が付いた。
スピカは逃げたのか!? 二階の部屋の窓が開いていた。
急いで窓から外に出ると、スピカが屋根の上で座って遠くを見ていた。
「スピカ、ここにいたんだね」
「うん……」
スピカは私の傍に寄ってきた。
そして私達は二人で屋根の上に座って話をした。
「スピカ、この街は好き?」
「きらい……」
「そうだろうね、今までが辛すぎたもんね」
「でも……すきになれるかも」
スピカは魔法が使えると、怒られずに食事させてもらえるという事を学んだのだろう。
実際この魔法力はこの街に絶対に必要になる力だ。
この力を正しく使えれば彼女は盗賊になる事も無くなるだろう。
「スピカ、約束してほしい!」
「なに……?」
「もう決して、人の物を盗んではダメだよっ!! 約束だよ!」
「うん……やくそくする」
これが私とスピカの小さな頃の大きな約束だった。
「ニャーン」
屋根の上に白い小さな猫がまた姿を現した。
「かわいい……」
「あ、また会ったね、キミ」
白い小さな猫は私の膝の上に乗ってきた。
スピカが優しくなでてあげると猫は気持ちよさそうに鳴いていた。
「ゴロゴロ、フミャーン」
私とスピカはこの白い猫を見て二人で微笑んでいた。
そしてなんだか少し幸せな気分になれたような気がした。
そしてうっとりしていた間に猫はまた姿を消した。
「不思議な猫だなー」
私とスピカは屋根から窓に入り、元のベッドに戻った。
そして二人で同じベッドで手を繋ぎながら眠りについた。
翌日、腰の治った魔法使いのお爺さんが、ゴミ捨て場の炉の前にやって来た。
今日は朝から私はスピカを連れて、ゴミ捨て場の炉の前に来ていた。
「おや、その子はなんぢゃい?」
「お爺さん、実はこの子魔法が使えるんです」
それを聞いたお爺さんは興味深そうに皺だらけの顔をニヤリとさせて笑った。




