12 この人達と共に生きていく
貧民街の人達は、ユピテルを怨嗟の視線で睨みつけていた。
私はこの目に見覚えがある。
ここにいる人達は、かつて私が前の人生で踏みにじった人達だ。
彼らがユピテルに睨みつけている視線は、かつて私が彼らを粛清しようとした時のものと同じだった。
トレミー皇国を襲った伝染病。
それは戦場帰りの負傷兵が落ちのびた貧民街を中心に、あっという間に広がった。
伝染病は身分関係なく多くの人々を侵食し、その猛威は数十万、数百万の人の命を奪った。
私は警備隊長として伝染病の原因が貧民街にあると確信し、上部を説得して貧民街の一掃浄化作戦を実行した。
その時、私は人の事なんて見ていなかった。
国の為、伝染病の発生源である貧民街を全て焼き払う事で、伝染病は止められると信じたのだ。
だが貧民街は彼らの家であり、家族のいる場所だった。
そんな事を欠片も考えていなかった私は抵抗する者達を逮捕、投獄し、歯向かう者、抵抗する者など全てをことごとく処分した。
その時に私を睨んでいた貧民街の住人達の目、それが今の彼らの目だ。
この目は守るべきものを守る為、それを犯すものを許さない目だったのだ。
「キサマ、オレ達のポルクシアちゃんに手を出すとは! 命がいらないようだな」
「あーあ、アンタ死んだね。ウチの宿六はね、かつてステゴロのブレッドと呼ばれた男だよ」
ステゴロのブレッド。私が警備隊長だった時、貧民街のリーダーとして最も抵抗した男の名前だ。
彼は鎧を着た警備隊を素手で何十人と再起不能にした男だ。
そういえば見覚えがある。
今はまだ若いとはいえ、彼はあのステゴロのブレッドそのものだ。
まさかパン屋のおじさんがステゴロのブレッドだったとは今まで気が付かなかった。
「ポルクシアちゃん、大丈夫かい?」
「えぐっ……ぐすっ……」
私は声にならない声で泣き続けていた。
パン屋の奥さんはそんな私に毛布を被せてくれた。
「ひ、酷いなぁ。ぼくは結婚相手の娘を躾しようとしただけですよ」
弁明しようとしたユピテルを、男が殴り飛ばした。
ボガッ!
ユピテルは壁に叩きつけられ、落ちてきたガラクタに埋もれた。
「ふざけんなぁ! 躾でこの子がこんなに泣くわけがねえだろうが!! テメエこのフラッべ様を舐めとったら骨折ってボコるぞゴラァ!」
フラッべ、彼は前科20犯以上の凶悪犯だ。
骨折りのフラッべと呼ばれていて、喧嘩相手の骨を折るので恐れられた。
彼も警備隊相手に大立ち回りを広げて何十人の骨を折り、その場で処刑された。
他にも貧民街の人達は、どれもが見覚えのある凶悪犯ばかりだった。
しかし彼等は全員が今、私の事を守ろうとしてくれている。
「みんな……なんで僕の事……」
「ここにいるみんなはね、ポルクシアちゃんの事が大好きなのよ」
ユピテルを一方的にボコりながら、フラッべが言っていた。
「あの子はなぁ、オレたちの太陽なんだよ! あの笑顔は荒んだオレの心に癒しをくれた。あの子の笑顔があるからオレは日々生きようと思えるんだよっ!」
ぶっとい腕でユピテルを殴っているブレッドが叫んだ。
「オレだけじゃない、毎日挨拶してくれるあの子、あの子はこの薄暗い貧民街の希望なんだ。あの子は賢い、きっとこの国を変えてくれる。オレはそう信じているんだ」
私は涙が止まらなかった。
毎日挨拶をしていた、それだけの事なのに、この人達は私を愛してくれていたんだ。
前の人生で知らなかった『人と生きる事』、愛の意味を私は心から実感した。
「うわあああああん」
私はパン屋のおばさんに抱きしめてもらいながら、いつまでも泣き続けた。
ユピテルは手足の骨を折られ、歯を折られ、ぼろ雑巾のような姿にされていた。
騒ぎを聞きつけた警備隊が駆け付け、ブレッドさん、フラッべさん他の男達が留置所に叩き込まれてしまったが、貧民同士の他愛ない喧嘩だとしてすぐに釈放された。
私はその日の夜、パン屋のブレッドさんの家に泊めてもらい、おばさんと一緒に寝た。
この日、私は決意した。
『強くなる、強くなってこの人達の為に知恵と力を身に着けて絶対に恩返しをする』
これは私の一生変わらない誓いになった。




