プロローグ
昼間にはあんなに晴れていたのに今は強い雨が窓を叩き、風は唸り声をあげている。空は何をそんなに怒っているのか真っ黒な雲に覆われていた。とうとう台風が俺の街にも上陸したと空が教えてくれる。
今回の台風は観測史上最大級の物らしく、連日テレビでは家から出ないよう呼びかけており、なんでも近くの小中学校は事前に休校になったそうだ。
毎年観測史上だなんだとヴォジョレーヌーヴォーの謳い文句みたいなものを聞いている気がするが、それはともかくそんな日に外に出るのは馬鹿馬鹿しいし、何より面倒だ。
そこで俺…砺波俊樹は事前にバイト先には有給を申請し、食料を溜め込んでスマホの電源を落とし、完全に引き籠る体勢を整えていた。 こういう時、親が海外で仕事をしているのはありがたい。口うるさいのがいないだけでわくわく感が2倍にも3倍にも膨れ上がる。
そして台風が直撃している今現在、俺は昨日購入した「DXレッツゴーベルト」を腰に巻き動作確認をしていた。
レッツゴーベルトとは現在放送中の大人気特撮「亜人ファイター」シリーズの第5作目「亜人ファイター烈」に出てくる変身アイテムで、スマホ型アイテム「レッツフォン」で0250を押し、ベルトに装填する事で亜人ファイター烈へと変身することができるのだ! そして変身遊びだけでなくコマンドを押すことで様々な武器やアイテム召喚遊びもできる優れものだ。
昨年放送された「亜人ファイター輝」のベルトが大人気だったため中々手に入れられず歯がゆい思いをしたので、今回は発売日の朝4時から並んで手に入れたのだった。有給を取った理由としてはこれを遊びたおしたいってのもあったりする。
「さてといくか。まずはベルトのスイッチを入れて……。」
『Stanby』
この無機質なシステム音!いやぁかっこいいなぁ。
「そして0・2・5・0、んでEnter。」
コードを間違えないようにレッツフォン打ち込むと、画面が赤く発光したレッツフォンから声が聞こえる。
『Are you ready?』
それに答えるように
「変身!」
自分の中で最大のカッコイイ声で叫びレッツフォンをベルトに装填する。この装填が中々難しくベルトの左側からレッツフォンをいれるのだが、主役の人もノールックは難しいらしい。俺?もちろん見ながらだ。
『System all clear! Let's……GO!』
本当だったらこの後ベルトから鎧が飛び出して体に装着されるけれど玩具なのでここまで、それでも感動で胸が震えていた。まさか25になって特撮に嵌るとは思わなかったが、今ではこれが心地良いもので休みの日は必ずと言ってベルトをつけ、武器を動かし、イメージ上の敵をバッサバッサと倒すのが楽しみになっていた。
「そうだ武器もださなきゃ。」
そう言って同時発売の「DXレッツカリバー」も箱から取り出して準備完了。
「えーとレッツカリバーのコードは……」
まだ放送前の武器なのでレッツゴーベルトの取説は欠かせない。
「あったあった。2・8・0・0、Enter!」
『Summon!Let's calibur!』
その音声が流れてやっと剣を持つ。
「やっぱり子供用だから小さいなぁ」
剣というよりはナイフだが子供の安全のためだ仕方ない。斬撃音がなるボタンを押しながら剣をふりある程度満足したところで
「おし!必殺技だ!」
レッツフォンをベルトから外しレッツカリバーの右側面に装填。そしてEnterを押すことで放たれるのが……!
『Over Drive!Go!Go!!Go!!!!』
「大・烈・斬!!」
レッツカリバーにコードを入力して放たれる必殺技「大烈斬」でどんな敵も一刀両断だ!……というのが公式の煽りである。
「ふう…遊んだ遊んだ。」
その後もベルトを遊びつくした俺はベルトを外しベッドで横になっていた。割りと長く遊んでいた気がしたけれどまだ台風は通過していないようだ。
「というか強くなってない?」
心なしかさっきより音が大きくなった気がする。
「気のせい……だよな?」
そんな俺の言葉を否定するように窓が一層激しくゆれる。それと同時に家全体も振動を始めた。やばい…!そう思った俺は布団をかぶり身を縮めたその間にも振動はだんだん激しさを増し、棚の玩具や漫画が床に投げ出される。ミシミシと家は悲鳴をあげ、階下からは食器の割れる音が聞こえる。
電気が消えた暗闇の中、なんとか布団しっかりかぶりながらベッドにしがみついてはいるがいつ振り落とされるかもわからない。床に落とされてその上から本棚が襲いかかる場面を想像して一層体が強張る。ああ神様!バイトをサボったことはそんなにも罪なのでしょうか!?
目を固くつぶりこの悪夢が終わることを願っていると本日最大の揺れが俺と家を襲い、その揺れは俺の頭を壁に思い切り叩きつけた。
やばい…意識が飛ぶ……誰か…た………す…………。




