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断章-そして叛逆の鐘が鳴る(二)

「これは……」


 ディーノク大陸北西部。荒涼たる山岳地帯を駆け、クシャエッタ峡谷にたどり着いたサリスは絶句した。


 目の前に、"破壊"と"死"を具現化した光景が広がっていた。


 移住してから建てたであろう竜人(ドラゴニア)たちの住居はそのほとんどが燃え落ち、煙が立ち昇っている。大地はうがたれ、谷間を流れる川の水は緑色――竜人の血の色に染まっていた。


 そしてそんな光景の所々に、傷つき力尽きた竜人たちの(むくろ)数多(あまた)転がっていた。ある者は大地にあおむけで倒れ、ある者は川の水にうつ伏せで浮きあがり……


「そんな……すでに竜人族は壊滅したというのか」


 サリスの後を追ってきたカノンが、呆然とつぶやく。


 (ダーク)エルフたちが哨戒から報告を受けたのは、早朝のことだったという。空がどんよりと曇っているため現在の陽の位置は目視できないが、おそらく中天には達していないだろう。エウレネ教団が大陸中に鳴り響かせる、獅子の(とき)(正午)を告げる鐘の音もまだ聞こえてこないのだから。


「全滅は時間の問題」とは聞いても、まさかこれ程短時間で戦闘が終わるとは、やはりカノンも半信半疑だったのだ。無理もない。竜人族の精強ぶりは、あらゆる種族の間で知れ渡っている。


「まったく、なんて野蛮で不浄な行いなの。これだから短命種は嫌なのよ」


 相変わらずカノンの肩に乗ったままのリーリエが毒舌を吐いたが、声に張りがない。彼女も目の前の惨禍に、衝撃を受けているようだ。


「サリス様、やはりここは危険です。一度"常闇(とこやみ)の森"へ引き上げましょう」


 カノンがサリスに進言する。


 メルティア不在の現状、サリスのみを伴ってこの峡谷へ来ることに、彼は当初から難色を示していた。サリスに押し切られ、不承不承この山岳地帯まで転移魔法で連れてきたものの、今も意見は変えていないらしい。


「俺だけでは不服か?」


「そ、そんなことは! ただ敵は、単独で竜人族を蹂躙してしまうほど恐ろしい相手ですよ。ここは大事を取るべきでしょう」


 族長である父と同じく、カノンも慎重な性格の持ち主だった。親子で似てくるという習性は、人間だけでなくエルフにも当てはまるものだろうか。


「援軍を頼むことはできなくとも、武器や霊薬くらいは父も提供してくれるはずです。まずは我らの森で、装備を整えて……」


「そんな暇はない。それに装備なら、もう十分にそろっている」


 サリスの現在の身なりは平服の上にマントをはおり、腰から魔銀(ミスリル)の剣を吊るし、左手首には山吹色の腕輪をはめているというもの。他にはこれと言った武器も持たず、防具もつけていない。


 一見みすぼらしい程の軽装だが、これを「十分」と評したサリスの言葉は誇張でも虚勢でもない。"勇者"同士の戦いが予想されるのに相応の準備も整えないほど、この男はおのれの力量を過信してはいなかった。


 サリスが現在まとっているのは小妖精(エインセル)が生まれ出る繭を編んだ、通称「妖精のマント」。かつて闇エルフ族に盟友と認められた時贈られた魔具(マジックアイテム)のひとつだ。羽毛のように軽いがその硬度は魔銀に勝り、魔法攻撃に対しても高い抵抗力を備えている。


 また左手首にはめているのは「天陽(あまつひ)の腕輪」。ドワーフが鍛え上げた腕輪にメルティアが聖なる魔力を注いで加工した、サリス専用の()()である。


 どちらも暗黒大陸での戦いを切り抜ける際にも大いに助けられた、歴戦の愛用品だった。


 俊敏性を命綱とする剣士であるサリスは、元来鎧や盾を装着することを好まない。軽量で動きも妨げないこれらの防具は、まさに彼の戦い方にうってつけの代物と言えた。


 更に。


 カノンにも言っていない()()()を、もうひとつ懐に忍ばせていた。なるべくなら、これは使いたくなかったが……


「今はひとりでも生存者を見つけることが先決だ。俺から離れるなよ」


 本当は手分けした方が効率が良いのだが敵の姿が見えない以上、カノンと離ればなれで谷を捜索するのは危険だった。どこに潜伏し、いつ奇襲してくるとも限らない。


「……わかりました」


 カノンはそれ以上反論せず、サリスに従った。


 こちらも防具らしい防具は上半身に着込んだ革の鎧だけという、動きやすい格好だ。自然と共に生きることを旨とするエルフ族は、金属で身を包むことを好まない。他には腰から短剣を下げ、背には得意の弓矢を背負っている。


 実際、この状況下では一瞬ごとに、生存者を発見できる可能性は減っていくのた。それが理解できないほど、カノンはおろかな少年ではなかった。


 きな臭さの漂う破壊の跡を、サリスとカノン、その肩に乗ったリーリエがひと塊りとなって進んでいく。


「本当は直接、ここまで飛んでこれれば良かったんだが」


「すみません、この谷には古代魔法陣が存在しないですから……」


「わかっている、いや、責めたわけじゃない」


 (いにしえ)の人間とエルフの大魔導師たちが協力し、古竜(エンシェントドラゴン)の血を以って大地に書き記し秘法を施したとされる"古代魔法陣"は、大陸各地に存在する。そしてそれら一つ一つは、地中を流れる"竜脈"と呼ばれる特殊な魔力の経路で互いに繋がっている、らしい。


 その"竜脈"を経由し、ある古代魔法陣から遠地にある別の古代魔法陣へと転移する。それがエルフ族が用いる転移魔法"地走(ちばしり)"の概要なのだとか。


 転移の際は実体を捨て、一旦大地に溶け込むこととなるが、それには大地の妖精ノームの助けを借りねばならない。故に、この転移魔法は精霊魔法の一種と見なされていた。


 ラプナエ湖の近辺にも古代魔法陣が存在するからこそ、先ほどカノンはサリスの住居へ急報を運んでくることができたのだ。サリスたちがあそこを隠棲の地に選んだのも、ひとつには闇エルフたちと連絡が容易にとれるからだった。


 発動するには術者及び同行者が古代魔法陣の上に立たねばならないし、行き先も限られている。制約が多いようだが、それでも万里の距離を一瞬で移動しうるこの魔法はフェイデア界でも大変希少なもので、習得の困難な上級魔法とされている。若年にしてすでに使いこなしているカノンは、それだけで仲間の闇エルフから一目置かれる存在なのだ。


 1日に2度しか使えないとはいえ、世界中望む場所に望んだ時転移できるメルティアの"瞬燐(しゅんりん)"がいかに驚異的な魔法か、この一事だけでもわかるだろう。


 そしてこの近辺で唯一の古代魔法陣は、クシャエッタ峡谷からやや離れた場所――山岳部の更に奥まった辺りに広がる岩山地帯に、隆起した岩の陰に隠れるようにしてひっそりと残されていた。ためにサリスたちは一旦その地点へと飛び、峡谷まで駆けてこなければならなかったのである。


「その古代魔法陣ですが」


 歩きながらサリスと肩を並べたカノンが、ささやきかける。


「先ほど我々が到着した岩山の魔法陣――この付近では唯一の古代魔法陣ですが……ごく最近、私以外の何者かがあれを利用した形跡がありました」


 サリスは眉をひそめた。


「形跡というのは?」


「あそこからサリス様の元へ向かう時も感じたことですが、周囲のノームがやたらざわついていました。"地走"が発動した直後に見られる兆候です。長く見積もっても丸一日は経過していない、おそらく本日の夜明け以降に発動したものと思われます」


 精霊魔法と無縁のサリスには、精霊のざわめきまでは感じ取れない。ただ何となく、魔法陣近辺に漂う魔力の残滓(ざんし)は感じ取っていた。


「お前以外の闇エルフの誰かが、利用したということはないのか?」


「そのような話は聞いていません。少なくともここ十日ほどの間は、私以外であの魔法陣を発着点として"地走"を使用した者は、我らの集落にはいない、はずです……」


 ここまで言われれば、カノンの訴えたいことは明らかだった。


「この谷をおそった"敵"は、俺たちと同じ古代魔法陣まで"地走"で飛んできたというのか」


「そう考えれば、至近距離にくるまで哨戒の者が感知できなかったことにも説明がつきます」


「あの転移魔法は、闇エルフ以外にも使えるものなのか?」


「習得自体は他の種族にも不可能ではないでしょう、精霊と共に生きる我らよりは困難が伴うでしょうが。また我ら闇エルフだけでなく、()()のエルフたちも使用すると聞いたことがあります」


 ではもし、害意ある外部の者が"地走"を習得しているとしたら、常にあの古代魔法陣から侵入され奇襲を受けるおそれが付きまとうということだ。昔の闇エルフたちが古代魔法陣からやや距離のある"常闇の森"に集落を構えたのも、ひとつにはそれを警戒したからなのだろう。


「しかしあの魔法陣の位置は、現在では我々闇エルフのみに伝承された秘事のはず。周囲には認識阻害の結界も張られており、外部の者に発見できたとはとても信じられません……」


 カノンはそこで言葉を詰まらせた。心なしか顔が蒼ざめている。


 つまりこの少年は、闇エルフ族の中に敵を手引きした者――裏切り者がいるのではないか、と危惧しているのだ。そしてそれが何者であるのかにも、すでに心当たりがある……サリスにはそのように見えた。


 一瞬、重苦しい沈黙が辺りをつつんだ。


「ほら、一々考えこまないの! あんたの悪い癖よ、ほんっと暗い性格なんだから」


 耳元でリーリエに大声をあげられ、カノンは反射的に顔をそむける。


「今は悩んでる場合じゃないわよ。むさ苦しい竜人の生き残りを、ひとりでも多く探してあげるんでしょうが」


「……わかってるよ」


 口の悪い小妖精だったが、彼女なりに相棒を励ましているのだろう。また実際、その言い分は正しかった。


 言葉をかわしながらも、サリスは辺りに注意を払いつづけていた。時折外傷の少ない竜人を、抱え起こしてもみた。だがまだ息のある者は、中々見つからない。


 胸中に焦りが広がっていく。これが()の仕業であれば、殲滅対象を撃ち漏らすような手ぬるい真似をしたとは思えない。だがせめて彼女だけでも――ヴィンゼガルドだけでも何とか救いたい。あの精強な星竜姫(せいりゅうき)が簡単にくたばるはずはない、と信じたい処だった。


 希望的観測の正否は、まもなく判明することとなった。切り立った岩壁の手前に広がる乾いた土の地面、その上に小さな緑色の湖が広がっていた。それが竜人の血であることは、考えるまでもない。


 血溜まりの中央に、女がうつ伏せに倒れていた。遠目にも分かる、細いが引き締まった身体の線。紫がかった長髪が四方に乱れ、その先端が血に(ひた)りたゆたっている……


「ヴィンゼガルド!」


 叫ぶと同時に、サリスは駆け出した。緑血を跳ね上げながら闘姫のもとへたどり着くと、おのれの片ひざを血溜まりに濡らしながら相手の身体を仰向けに抱え上げる。


「ヴィンゼガルド、おい、しっかりしろ!」


 ゆすりながら何度か呼びかけると、硬い(うろこ)に覆われたまぶたがゆっくりと開いた。


「サリス、か……そうか、きてしまったか……」


 星竜姫に似合わぬ、弱々しい声。側頭部と腹部に深手を負い、血も大量に失っている。まだ息はあるものの、危険な状態なのは明らかだ。


「待ってろ、今身体を休められる場所へ連れて行ってやる。暖かくして手当さえすれば、こんな傷……」


「無駄だ、自分でわかる……内臓を抉られた、私はもう助からん。ここから移動するだけの体力も、残ってはいまい……」


 おのれを突き放すような、落ち着いた口調だった。そしてその見立ては、おそらく正鵠を射ているだろう。


 サリスは歯噛みした。この場では満足に治療する術もない。カノンは優れた精霊魔法の使い手だが、回復魔法は修得していなかった。


 仮にメルティアがこの場に同行していても、どうしようもなかっただろう。例え回復魔法であれ、彼女が使う光魔法は内包する"聖なる力"が強すぎる。それは魔族や亜人にとっては、猛毒にも等しいものだ。


 故に"慈光(じこう)"などの白光を用いた回復魔法を竜人に施しても、身体を癒す以上に"聖なる力"で(むしば)んでしまうことになる。体力の衰えた今の状態でそんなものを浴びせられたら、まず間違いなくヴィンゼガルドは生命を落としてしまうだろう。


「私以外で、生き残っている者は……?」


 ヴィンゼガルドの問いかけに、サリスは無言で首を振った。随分谷を捜索したが、生存者は見つけられなかった。もはやこれ以上は期待できまい。


「そうか、精強を誇る竜人族が、たったひとりを相手に全滅したか……」


 無念そうに、吐息をもらした。


「部下たちにはすまないことをした。本来なら私が奴を食い止めねばならなかったが、まるで歯が立たなかった……"星竜姫"などと大層な二つ名で呼ばれながら、情けない話だな」


「先の大戦での損傷や消耗が、回復しきっていなかったのだろう。本来のお前の実力なら、奴が相手だろうとそうむざとやられたりするものか」


「まさか勇者サリスに、慰められる日が来るとはな」


 ヴィンゼガルドは薄く笑った。おのれを嘲るような笑いだった。


「血を操る男だった。光の女神の信徒らしき者たちを連れていた……奴の素性、お前には検討がついているようだな。あれが噂に聞く勇者のひとり、"狂戦士(バーサーカー)"か?」


「おそらく、な」


「まったくお前と言い、勇者とかいう連中はとんでもない。我ら竜人や魔族以上の化け物ぞろいではないか……いかんな、無駄話をしている場合ではない」


 ヴィンゼガルドは右手を宙にあげると、サリスの肩を強く掴んだ。


「今すぐこの場を離れろ」


「何?」


「奴らの狙いは我ら竜人ではない、おそらくお前だ。会話の中でしきりにお前の名がでてきた、ここに来ることを予測していたんだ! 私を生かしておいたのも、おそらくお前を誘き出すための……」


 ふいに、ヴィンゼガルドの言葉が途絶えた。目を見ひらき、苦しそうにうめいたかと思うと……次の瞬間、全身のいたる箇所から緑色の血が吹き出した!


 すさまじい勢いだった。それにも増して異様なのは、幾条(いくじょう)もの血の奔流が地面に滴り落ちる気配も見せず、勢いそのままに空中をたゆたい続けていることだった。明らかに自然の摂理に反した現象だ。


 数瞬の後、それらの奔流は紐状に収斂(しゅうれん)したかと思うと流体の槍と化し、サリス目掛けて一斉に飛来してきた!


「くっ……!」


 サリスは後方へ飛び退き、高速でせまる血の槍の群れを間一髪でかわした。緑色の槍たちが、最前までサリスが立っていた乾いた地面をうがち、土や砂をまき散らす。


 直後、槍たちはまるで使命を終えたかのように液状の血に戻り、自らが砕いた地面を濡らした。


「ヴィンゼガルド……!」


 血溜まりの向こうに呼びかけたが、もはや答えは返ってこなかった。(うろこ)に覆われた硬質の皮膚を自らの血によって内側から食い破られ、竜人の闘姫は全身空洞だらけの無惨な姿となって絶命していた。


 無念の想いに打たれ、サリスは指の爪が掌に食いこみ血がにじむほど、拳を強く握りしめる。


「どうも緑色の血ってのは趣味じゃねえんだよなあ。だから竜人なんざ殺しても、ちっとも面白かあねえんだ」


 突如、頭上から声が聞こえた。冷酷で残忍で、隠しようにない嘲笑を含んだ男の声。


「やっぱ血の色は赤に限るぜ。この世にあんなきれいなもんはねえ。死体が真っ赤に染まってくれればこそ、こっちも殺しがいを感じられるってもんだ。なあ、そう思わねえか、"魔剣士"?」


 崖の上を仰ぎみると、男がサリスを見下していた。予想していたとおりの相手が。


 頬がこけ、全身()せぎすの男。にも関わらず、容姿とは不釣り合いなほど巨大な戦斧(バトルアックス)を、軽々と肩に担いでいる。伸び放題に伸びた髪を束ねもせず前方に垂らしていたが、その髪の間からは両の眼が狂おしい光を放っていた。


「"狂戦士"、貴様……!」


 怒気を含んだサリスの呼びかけに、男――十二勇者中の序列第五位、"狂戦士(バーサーカー)"バルディエルは口角をあげ、獰猛(どうもう)な笑みを一層深くした。

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