第61章:縛りプレイも楽じゃない。いや、別に好きでやってるわけじゃないんだけどさあ(愚痴)
男が振りおろした腕をもどす前に、今度は男の頭部に攻撃を見舞った。まず右頬を打ち、返す刀で左頬へ払いを喰らわせる。どうだ、蚊は鬱陶しかろう。
「お、往生際のわるい奴め、ちょこまかと!」
案の定、半竜人男は激昂した。頭に血が昇れば攻撃は威力を増すが、単調にもなる。ますます読みやすくなる。
相手の一撃をかわし、次の攻撃がくるまでの間にこちらからニ三発を喰らわせる。これを何度も繰り返した。俺はなるべく頭部に打撃を集中する。竜人とて、眼球まで丈夫なわけではない。たとえ棒きれの一撃でも喰らえば、潰れることだって十分あり得る。だから攻撃にさらされる都度、男は窮屈そうに顔を背けざるをえない。
相手の硬度が増したことで、俺としては気楽になった面もある。手加減に神経を使わずとも済むからだ。普通の人間相手では、これほど何発も思いっきり頭を打ちつづけることはできなかった。今頃良くて寝たきり状態にしてしまっていただろう。
敵の生命をうばわないよう力加減を調整しながら戦う、というのは思いのほかストレスがかかる作業なのだ。昨日のヤンキーたち程度が相手ではそうせざるを得なかったが、今は気兼ねなく剣を(木の棒きれだが)振るえている。目の前の竜人野郎は俺の本気をぶつけても死ぬことはないだろう、という奇妙な信頼ゆえだ。そしてそのことに、開放感さえおぼえている。
我ながら随分物騒な奴だと思わんでもないが……これも前世から受け継いだ性向ということで見逃してもらいたい。つくづく"勇者"なんてガラじゃなかったよなあ、あの男。
「ぐっ……この……!」
竜人――亜人の身体構造は人間に近い。脳も頭部に収まっている。ほとんど痛みは感じなくとも、何十と左右から連撃を喰らって揺さぶられ続ければ、当然意識は朦朧としてくる。思考力・判断力も鈍ってくる。
棒きれのみで竜人に近いスペックの人間離れした男を相手にする。傍目には無謀な戦いに映るかもしれないが(どういう縛りプレイだよ、まったく!)、現状優勢なのは俺の方だ。膂力や頑強さでは及ぶべくもないが、近接時の俊敏性・反射神経はこちらが上だ。男からの直接攻撃はすべてかわせるし、魔法による攻撃はほぼ効かない。つまり男は、俺にダメージを与える術がないのだ。
加えて俺の攻撃が届く位置まで距離をつめることができたのだから、もはや勝ち確状態とさえ言えるだろう。この相手に関しては。
首筋がチリチリする。原因は背後の木陰から感じる圧力だ。まったく、厄介な話だが……問題はひとつひとつ解決していくしかない。今は目の前の男に集中だ。
かわす、打つ、打つ、かわす、打つ――相手が倒れるまで、後はこの循環をひたすら続けるだけでいい。棒きれ=擬似剣を握っているかぎり、俺の集中力が途切れる心配もない。これだけ身体を酷使した後、得物を手放したらどれだけの筋肉痛に襲われるかは想像を絶するが、その件も後回しだ(また妹にズボン脱がされる羽目になるんだろうなあ、くそ!)
「お、おのれ……う、あ……!」
いく度となく頭部に重い打撃をお見舞いしている内、俺の思惑が実を結んできたらしい。明らかに男の動きが鈍くなった。身体がふらつき、瞳の焦点が合わなくなり、腕も下がってくる。おそらく無意識にだろう、わずかに天を仰ぎ、俺に自分ののどをさらけ出す格好になる。
のど――鱗が浮き出ていない!
それはフェイデアでは竜人のみならず、その始祖である(と目されている)竜族全般の特徴でもあった。呼吸や嚥下をつかさどる箇所だからガチガチに固めてしまっては生活に支障を来たす、ということだろうか。サリスは魔物学に精通していたわけではないので、詳しいことはわからない。わかっているのは竜や竜人と戦う際、硬い鱗に覆われていないのどは絶好の狙い目――弱点になり得るということだ。
この機を逃す手はない。決着を早めるべく、俺は木の棒きれを握った手を引き、全身を瞬間的にしならせた。溜めたエネルギーを一点に集中するような意識で、男ののどめがけて渾身の突きを繰りだした。
前日ヤンキーどものリーダー格相手に放った時とちがい、今度は寸止めなしだ。「頼むから死なないでくれよ」と、頭の片隅でこっそり思う。勝手なのは自覚しているが。
「があっ!!!」
鈍い感触の直後、男の身体が後方にふっ飛んだ。音を立ててあお向けに地面にたおれ、すぐには起き上がれない。
「げえ……ぐええ……!」
両腕でのどを押さえうめき声をあげながら、苦しそうにのたうち回りはじめた。ばたつかせた足が土を蹴りあげ、ほこりが宙に舞う。
ふう、何とか縛りプレイを完遂できたらしい。たまにはまともな武器を使って、もっと楽に戦いたいものだが。
思ったとおり、竜人の生まれ変わりであるこの男ものどまでは硬化できないらしい。そういえばこちらの世界の神話で語られる、触られると龍が激怒するという唯一逆さになっている鱗――"逆鱗"ものどにあると聞いたことがある。なぜ触られると龍は怒るのか? それはやはり、そここそが弱点だからかもしれない。
してみると、フェイデアの竜と地球の神話で語られる龍には、奇妙な類似性があることになる。そんな偶然があり得るのか? まるで古代の地球人が、フェイデアに生息する竜を参考にして逆鱗の挿話を創出したようでさえあるではないか。
あるいは……いや、今は民俗学的好奇心をかき立てている場合ではないか。
俺は男に近づいていき、その苦悶する姿を見下ろした。男はうつ伏せにうずくまり、何とか立ちあがろうとするが足が震えてうまくいかないようだった。牙が生えた口からは、透明な液体が地面に垂れ続けている。
「き、きさま、いい気になるなよ……まだだ……ヒュー……コー……まだ、勝負は、ついちゃ……ゼェゼェ……」
なおも戦い続けようとする男の意気は賛嘆に値するが、あきらかに虚勢だった。呼吸すらまともにできていない。それに万一立ち上がることができたとして、もはやこの男に攻め手はない。何度挑んでこようが、同じ結果が繰り返されるだけだろう。
すでに決着はついた。俺はそう確信しているが、相手に納得させるのは難しそうだ。この半竜人男は、とても物分かりの良いタイプには見えない。かと言って、まさかトドメをさすわけにもいかないし……
うーむ、面倒だな。もうこのまま放置して帰ってしまいたい、という投げやりな欲求が頭をかすめる。無論、そうはいかないことを俺は知っていたが(この時、男に奪われた妹のスマホの件は、きれいさっぱり失念している)。
「そこまでにしとき、しょーきち。誰がどう見てもあんたの完敗や」
声が響いた。凛としてハスキーな、女性の声。
俺は背後を振り向く。
「自業自得やで、勇者サリスには手を出すなちゅううちの指示を無視したんやからな。それに散々忠告もしたやろ、サリスの魔耐性を侮ったらあかん、炎魔法主体に戦うあんたとは相性最悪やて。おのれの能力を過信して突っ走ったあげく返り討ちにあっとるんやから、ざまないでほんま」
男に痛烈な言葉を浴びせながら常緑樹の陰から姿をあらわしたのは、うちの高等部の制服に身を包んだ女子生徒だった。
その名前を俺は知っていた。ボーイッシュなショートカットに小麦色の肌。活力に富んだ美貌、長身でぜい肉をそぎ落とした肢体。
女子ソフトボール部のキャプテン、竜崎星良である。




