第48章:俺は誤解を受けやすいタイプなのだろうか?(不服)
俺はそのまま自室にもどると学習机に付属の椅子に座り、机の上に置きっぱなしにしていたスマホを手に取った。通話アプリを起動し、先刻登録したばかりの連絡先をタップする。
「……もしもし」
受話口の向こうから、奥杜楓のやや緊張を帯びた声が聞こえてきた。
「悪い、かけるのが遅くなっちまった。今いいか?」
「大丈夫よ、私も宿題をやってて、今ちょうど終えたところだし」
「え、今日宿題なんてあったっけ?」
「何言ってるの、英語と数学のプリント、明日までの提出ですからね」
完全に忘れていた。自宅までの帰路で妹から「宿題を気にするような真面目な人間ではない」という不本意な評価をくだされたばかりだが、これでは反論できんな。
「明日の朝、プリント見せてもらうってのは……ダメ?」
「ダメに決まってるでしょ。今からでも自分の力でやりなさい」
「風紀委員に対して、無謀な頼みだったか」
軽口を叩き合っていても、どこかぎこちない。お互い、この後にあまり愉快ではない本題が控えていることを、承知しているせいだろう。
俺は小さく息を吐いた。いつまでも先延ばしにできるものではないし、元々話があると言い出したのはこちらだ。
「さっき、ゲーセンから帰る途中のことだけどさ」
「ええ」
「あの公園の中を通って帰ろうと俺たちに提案したのは、奥杜だったよな。何であんなこと言い出したんだ?」
「……何でって、単にあのルートが近道だったからよ。結果的にそのせいで土僕に襲われることになったわけだから、申し訳ないとは思っているわ。でもそんなこと、事前に予想できるわけもないし」
「そうかな」
奥杜が公園を通って帰ろうと提案してきた時、おやと思った。彼女は大分以前から前世の記憶と力を取り戻しており、退魔士として現世にはびこる魔の者たちと戦ってきた。当然、闇の深い場所は魔の領域であり奴らが出没しやすいことなど、百も承知だったはずだ。
「お前、昼休みに俺に言ったよな。「この地域でも魔の被害や目撃情報が後を絶たなくなり、脅威は確実に迫っている」って。そんな危険な時期に、あんな樹林に覆われて暗い公園の中を通ることに何の抵抗も覚えなかったって言うのか? しかもお前が言う"逢魔が刻"に、だ」
「……」
「それに噴水のあたりで土僕に遭遇した時、「まさか土僕が出てくるなんて……」とお前は口走ったよな。その言い方も俺には引っかかった。土僕が出現したことには驚いたが、魔物が襲ってきたこと自体には驚いていない……まるでもっと下級の魔物が出没することなら、あらかじめ想定していたような物言いに聞こえた。穿ち過ぎかな?」
否定を期待して投げかけた俺の問いに、奥杜は沈黙を以て応えた。どうやらもう、間違いはないようだ。光琉が土僕の爪に倒れた際、奥杜が一見過剰に見える罪悪感を発露させたのは、故ないことではなかったのだ。
「お前、光琉を囮にしたな?」
感情を抑えこむのに、少なからぬ努力を要した。
繰り返しになるが、魔の眷属にとって"聖女"は極上の獲物だ。魔力が覚醒した光琉が魔の領域に足を踏み入れたなら、蜜に群がるアリのごとく魔物が押し寄せてくるのは理の必然だろう。
「昼休み、こんなことも言っていた。ここのところ、魔物たちは何者かに統制されているかのように動きが狡猾になっていると。ひょっとして、お前の目的は……」
「そうよ、あの公園は最近頻繁に幽霊や妖怪が目撃され、実際にその被害にあう人も後を経たない、いわばホットスポットのような場所になっているの。まあ集まった情報を分析すると、ほとんどが下級魔族の仕業みたいなのだけどね。そいつらを捕らえるか、ないしは逃走する処を尾行して、奴らの黒幕の正体を暴きたかったの」
腹を括ったのか、奥杜は自分の思惑を述懐しはじめた。
「あなたの言う通り、土僕ほどの強力な魔物が現れるのは想定外だった。それでもせめて召喚士の正体でも暴ければと思ったけど……結局、土僕への対処が精一杯でそれどころではなかったわね」
召喚士を追いかけようとした光琉が土塊の中から突如出現した土僕に不意打ちを喰らわなければ、奥杜の目的はあるいは達成できていたかもしれない。結果的に足を引っ張った形になってしまったが、奥杜にそのことを責めるつもりはなさそうだった。それはそうだろう、この場合、光琉は巻きこまれた被害者なのだ。
「それに……光琉さんが魔族に襲われたとなれば、貴方も否応なく私たちに協力せざるを得なくなる。そういう打算もあったわ」
「私たちって、昼間言っていた"退魔"の組織ってやつか」
「ええ、あの時の天代くんは、あまり乗り気じゃなさそうだったから」
興奮していたように見えたが、その実しっかり俺を観察していたわけだ。こういう抜け目ないところは、前世から変わらない。
「だからと言って、随分乱暴なやり方じゃないか」
「魔物たちを放置しておけば、大勢の人々が生命を危うくすることになる。軽率だったかもしれないけど、そこまで事態は差し迫っているのよ。どうかわかって……」
「大勢の生命? そんなもののために、光琉は死にかけたってのか?」
静かに言ったつもりだったが、受話口から奥杜の「ひ……!」という微かな悲鳴が聞こえてきた。自分が無意識のうちに殺気を放ってしまったことに、一拍遅れて気づいた。フェイデアには電話などという便利な代物はなかったので、それが通信電波を介してまで伝わるものなのかは分からない。あるいは奥杜――カーシャとは前世で長い付き合いだったから、俺の声色だけでこちらの心理を察したのかもしれない。
光琉が土僕の爪によって負った傷は、常人であれば致命的な深手となるものだった。たまたま"女神の加護"の特殊能力が目覚めていたから大事には至らなかったが、そうでなければ光琉は間違いなく現世の住人ではなくなっていた……想像しただけで怖気が止まらなくなる。どれだけ他の大勢の人間が代わりに助かったとしても、到底その喪失は補えるものではない。妹の生命は、俺にとって唯一無二のものだ。
「……ごめんなさい、馬鹿なことを言ったわ。今更自己弁護はみっともないわね。どう取り繕っても、あなた達をだまして危険な目に合わせてしまったことに変わりはないのだから。自分でも、卑劣な真似だったと思うわ」
奥杜の殊勝な声が、俺の頭に昇った血を幾分か下げる作用を果たした。
ここで激しても仕方がない、と自分に言い聞かせる。何も奥杜の責任を追求するために、電話をかけたわけではないのだ。
「今聞いたことは、俺の胸にしまっておく。だからお前も、光琉には黙っておいてくれ。あのアホが知ったら面倒なことになるだろうからな」
俺の申し出は、奥杜にとって相当意外なものだったらしい。
「わ、私を許すというの!? だって、私のせいで光琉さんは……」
「せっかく妹に一緒にレトロゲームをしてくれる友人ができたのに、それを失わせてしまうのは兄として忍びないんだよ。あのアホは生意気なことばかり言ってるけど、奥杜とゲーム仲間になれて内心では相当喜んでるはずだからな」
これは俺の本心である。もっとも、もし光琉が近くでこの発言を聞いていたら、顔を真っ赤にして否定するだろうが。
「ただし、二度と今日みたいな真似はしないでくれ。もしまた俺に黙って光琉を危険な目に合わせるようなことをしたら、例え前世で相棒だったお前でも許さない。いいな?」
「肝に銘じておくわ……ありがとう、天代くん」
奥杜の声の間に、鼻をすするような音が混ざった。ひょっとしたら涙ぐんでいるのかもしれない。冷徹な風紀委員としての一面しかしらないクラスの連中がこれほど感傷的な彼女を見たら、さぞ驚くことだろう。
「さて、その上で相談なんだが……昼間話していた"退魔"の組織、だったか。そこに俺と光琉を紹介してくれないか」
「え、いいの!?」
奥杜にしてみれば、企みが露見したにもかかわらず当初の目的を達成できるわけだ。俺としても掌の上で踊らされているようで面白くない気持ちはあるが、今日1日の体験を振り返ればそうせざるを得ないだろう。
「"光の聖女"として覚醒した今、光琉の魔力が魔物たちを引きつけてしまうのは間違いないようだ。であれば、これからもいつ今日のような襲撃を受けるかわからない。そうだろ?」
「そうね……特に今朝の"瞬燐"がいけなかったわね。覚醒してすぐ、あんな禁術まがいの魔法を無造作に使ってしまうんだもの。あれで光琉さんの魔力の波動が拡散されて、極上の獲物がいることを周囲の魔物たちに喧伝してしまったようなものよ。実際、私もあの波動を感じ取ってあなた達の存在に気づいたわけだしね」
「や、やっぱりそうか」
たった一度の遅刻を回避するために随分高いツケを払っちまったもんだな、クソ!
「……ともかく、どの道今後魔物との戦いが避けられないとしたら、俺と光琉の2人で対処するより専門の組織に援助してもらった方が安心だ。もちろんこちらも、見返りとして組織の活動にできる限り協力させてもらう。正式に所属する、とまではまだ断言できないけどな。光琉には後で俺から伝えておく。あいつにはまだ組織のことも何も話してないが、多分この考えに反対はしないはずだ」
むしろ「魔物退治? 面白そう!」と遊び半分で乗り気になる姿が目に見えるようだ。それはそれで、喜んでいいのか疑問だが……
「そういうことであれば、もちろん私に異存はないわ。私たちの組織のリーダーにも伝えておく。近いうちに、一度直接会ってリーダーと話をしてもらえるかしら?」
「わかった。会う日時は先方の都合にまかせる。俺の予定は大体空いてるから」
現世の俺は部活にも入っていないし付き合っている彼女もいない、至って暇な陰キャ野郎である。休みの日も妹と◯ーファミで遊ぶくらいしかやることがない……何か問題があるか?(震え声)
話がとんとん拍子に進み、俺の目的も達することができた。”退魔”組織の全貌が見えない以上多少の不安は残るが、奥杜が所属しているというからにはそういかがわしい団体でもあるまい。その程度には、前世の相棒を信用している。
夜も遅いしそろそろ通話を終えようかと考えていると、電話の向こうから「ふふっ」と風紀委員の笑い声が聞こえてきた。
「ん、どうした?」
「いえ、あなたが私に対して怒ったのも、それにもかかわらず私の頼みを聞いてくれたのも、全部光琉さんのためなんだと思ったら何だかおかしくなってしまったのよ。本当に大事にされてるのね、光琉さん。うらやましいわ」
「……まあ、あんなアホでも俺にとってはたったひとりの妹だからな」
「はいはい、そういうことにしといてあげます」
「おい、どういう意味だそれは」
俺の非難の声を、奥杜は意に介さなかった。
「今日はもう遅いから、そろそろ切るわ。おやすみなさい、また明日学校でね。あ、寝る前にちゃんと宿題終わらせなきゃダメよ」
一方的にそう告げると、さっさと電話を切ってしまうのだった。
……何だか奥杜は思い違いをしている気がする。それも俺にとって、大変不名誉な思い違いだ。一体なぜ、そんな風に考えてしまうのだろう。俺は誤解されやすい体質なのかなあ、云々。
まあ、誤解は明日にでも解けばいいだろう。今日の所は、俺ももう寝ることとしようか。本日最後の要件を終えて肩の荷が下りたせいか、急激に睡魔がおそってきた。奥杜からは宿題をするように釘を刺されていたが、どうも履行できそうにない。
長い1日だった。色々あったことは確かだが、それにしても異様に長く感じた。まるで朝から2年以上も経ってしまったような気さえする。まったく、作者の遅筆にも困ったもので……いや、なんでもない。
意識が混沌としてゆく。俺はシャワーも浴びず着の身着のままでベッドの上に倒れこむと、枕に顔を突っ伏して瞬く間に眠りの沼へと沈んでいった。
せめて夢の中でくらいは、妹に大人しくしていてほしいものだ。そんなことを考えながら。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
ようやく物語の1日目が終わりました。
連載開始からここにくるまで、気が付けば2年4か月が経過していました。
ひえ……
感慨にふけるようなことでもないかもしれませんが、やはり作者としては様々な気持ちが沸いてきます。
これについては後日整理して、活動報告の方に記そうかと考えています。
ご興味がある方はそちらも覗いてやってください。
なお、そちらを読まなくても本編には一切支障ありません。
もちろん波乱の1日が終わって「俺たちの戦いはこれからだ!」……とはなりません。
本作はまだまだ続きます。
少なくとも書いてる当人はそのつもりです。
どうぞこれからも、気長にお付き合いいただければ幸いです。




