第28章:妹の前では恰好をつけたい(本音)
「にいちゃん、おつかれさま。すっごくかっこよかったよ、見惚れちゃった!」
一息ついた俺の元へ、光琉がかがやく笑顔で駆け寄ってきた。モヤシの兄貴が不良集団をまとめてのしたというのに、特におどろいた様子はない。むしろこの結果を、当然の成り行きと受けとめているようだった。
しかし隣に立って俺の頬に目を止めると、途端にあわてだした。
「にいちゃん、頬が真っ赤に腫れてるじゃない! この工場は薄暗いから、今までよく見えなかったけど……ど、どうしたの!?」
「ん、ああ、何でもない。お前が来る前に一発もらっちまったからな」
「一発ってっ、」
光琉はそこで言葉を切ると、周囲のコンクリート上に転がってまだ意識を回復していないヤンキーたちを見渡した。
「……こいつらが、にいちゃんを殴ったんだね……」
声に剣吞なものがこもったかと思うと、たちまち魔力が弾けた。妹の身体が荒々しく波打つ燐光につつまれ、黄金色の髪が重力に抗うように浮きあがる。
「よくもにいちゃんをこんな目に……全員、消し炭にしてやる……」
「物騒なことを言うな! いいからまず落ち着け、そしてもどってこい!!」
眼が完全にすわっていて、冗談にも比喩にも聞こえないのがこわい! 今の光琉がその気になれば、鉄板でさえ一瞬で蒸発させるほどの光魔法による攻撃が可能なのだ。
「こうして俺は無事なんだし、あいつらを全員のしてやったんだからもういいだろ。この件はこれで終わりだ、な?」
「でも……」
「それよりお前の”慈光”で、殴られた頬を治してくれよ。そうすりゃ全部解決だし、俺にはもう何の遺恨もない」
「……にいちゃんが、そこまで言うなら」
光琉はまだ納得できない様子だったがそれでも破壊的な光の波を鎮めると(やれやれ!)、俺の頬に手をかざして癒しの光をそそいでくれた。たちまちのうちに、痛みと熱が引いていく。
「サンキュ、助かった……それにしても不思議だな。ケンカなんかしたことないのに、何で俺にこいつらを撃退することができたんだろう」
「あら、そんなこと、当たり前でしょ」
何でもないことのように光琉が言う。
「剣を持ったにいちゃん――サリス様に勝てる敵なんて、どこの世界にもいるわけないじゃん!」
そう断言する口調には、万感の信頼がこもっていた。
「おいおい、剣って……どう見てもこれ、ただの傘じゃないか」
「細かいことはいいじゃん。サリス様は戦う時にエモノを選ばなかったわよ」
たしかに前世の俺=サリスは短剣1本あれば上位魔人と渡り合ってしまうような奴だったが……そういう問題かなあ。
「要するに俺が剣、ないしは剣に似た物体をにぎると魂が感応して、前世の"剣士"としての本能がよみがえる、て寸法なのかな」
そうとでも考えるしかないだろうが……しかしよりによって、ビニール傘で覚醒してしまって良かったものだろうか。様にならないにも程がある。"剣士"の本能、泣いてない?
「お前は知ってたのか? 俺がサリスの戦闘力を取りもどす条件が、剣(?)を手にすることだって」
「ううん、知らなかったよ」
あっさり言い切りおる。
「ただ剣さえあればサリス様……にいちゃんがこんな人たちに負けるわけないって確信は、なんとなくあったからね。魔法は使うなって言われてたし、これしか方法はないと思って急いでエモノを探してきたってわけ。夫の活躍を妻(ふへへ!)がアシストする、まさに"内緒のゴボウ"というやつだね!」
「”内助の功”、な?」
夫婦云々の点は、もうめんどくさいからスルーすることにした。
「まあ百歩ゆずってこの傘が剣のまたいとこ分くらいにはあたるとして……一体こんなもの、どこから持って来たんだ?」
「高等部の昇降口。傘立てに1本だけ残ってたよ」
「人様の忘れもんかよ!」
勝手に他人のものを持ちだしたら駄目だろうと言ってやりたいところだったが、そのおかげで俺が窮地を切り抜けられたのは事実である。責めるわけにはいかないだろう。
手元の傘に眼を落とす。あれだけヤンキーたちに対して打撃を繰り出した後だというのに、まるで傷んだ様子はない。骨1本折れたわけでもなければ、生地に破れ目も見受けられない。
刀身(?)への衝撃を最小限におさえつつ敵にダメージをあたえられるような戦い方を、俺の身体が無意識の内にしていたとしか思えない。剣撃のスピード、角度、タイミング。また効率よく相手の意識を刈りとれる打突ポイント……サリスから受け継いだ本能はそれらすべてを完璧に計算した上で、あの大立ち回りを演じていたというわけだ。自分の魂には一体どれだけ闘いの経験が蓄積しているのか、考えるとそら恐ろしくなる。
「しかし傘を持って追ってこようにも、よく俺がこの廃工場に連れてこられたことがわかったな」
「そりゃ”光望”であたり一帯を遠視しまくったもん! 探すの結構大変だったから来るの遅れちゃった、ごめんね……」
光琉はしゅんとして頭をさげた。俺が殴られる前に駆けつけられなかったことを気にしているらしい。
……どうもこの一件では、妹に色々な意味で苦労をかけてしまったようだ。実際、こいつが駆けつけてくれなければ、俺は一方的に袋だたきにされて終わっていただろう。功には報いてやらねばなるまい。
俺は傘を左手に持ちかえ、右手を妹の頭にのせた。
「光琉、つかれてないか」
「あたしは全然平気だけど、なんで?」
「じゃあ、まだ陽も高いことだし、今から予定どおりデートにいくか」
「え、いいの!?……あ、でもにいちゃんこそ大丈夫なの、帰って休んだ方がいいんじゃ」
「心配するなよ。怪我は治してもらったし、かえってさっきより身体が軽いくらいだ」
強がりではない。これも傘をにぎった効果だろうか、自分の中に力が有りあまっているのを感じる。実際、前世のサリスなら、今程度の乱闘を終えたところで準備運動にもならないだろう。
「もっとも、お前がもう遅いから行きたくないってなら、無理にとは言わな」
「行く行く、全然行く!! 行かないとかないから!! ゴーツーデート、ノーデートノーライフ!!!」
予想以上に妹の食いつきがすさまじかった。何でこういう時だけは、言い間違えが発生しないんだよ。
「そ、そうか……じゃあまずはこの傘を返しに学校にもどって、それから駅前に向かうか」
「りょーかい! さ、そうと決まったら、こんなとこさっさと出てこ!!」
光琉ははしゃぎながら、傘を持っていない方の俺の腕にしがみつく。柔らかい感触にふたたびドギマギしつつも、俺は妹のしたいようにさせておくことにした。これくらいのごほうびは、あたえても構わないだろう。
倒れ伏した不良たちをそのままにして、俺と光琉は入口へ向けて歩き出した。いくら俺でも、自分をおそってきた奴らを回復してくれるよう妹に頼むほどお人好しではない。どうせ放っておいても全員その内気がつくだろうし、打撃による後遺症が残ることもないだろう。
それ以上の報復を加える気は、今のところ俺にはなかった。糸であやつられていただけの傀儡どもをいたぶっても、憂さ晴らしにもなりはしない。
「……ん?」
廃工場の出入り口をくぐりかけたところで、俺は屋内を振り返った。薄闇の幕に覆われたキャットウォークを見上げる。欄干付近には、あやしいものは何も見当たらない。
「どったの、にいちゃん?」
「いや、何でもない。気のせいだったみたいだ」
怪訝な様子の光琉をうながして、俺は傾きかけた陽光の下に出た。妹が隣にいるときに、これ以上事を荒立てたくはない。
たしかに今、一瞬だが上方からの視線を感じた。それも2人分。あの欄干の奥に何者かが潜んでいるのは間違いないだろう。依然左手に傘をにぎっていることで、俺の神経は研ぎ澄まされている。
もしかしたらヤンキーたちが「あの人」と呼んでいた、俺への襲撃を命じた黒幕ご本人かもしれない。だが背中に向けられた視線からは、戦意らしきものは感じとれなかった。少なくとも今すぐこちらに攻撃を仕掛けてくる、ということはなさそうだ。
となれば、俺の方でも相手にする必要はないだろう。あるいは是が非でも先方の正体を突き止め、何故俺をおそわせたりしたのか問いただすということも考えたが、うかつにこちらから手を出したら藪蛇になる可能性もある。大体そんなことをしていたらデートに費やす時間がなくなって、妹様が頗る機嫌をそこねる結果にもつながりかねない……うん、想像しただけで面倒くさいな。
幸いというか、奴らの標的になっているのは俺だけだ。もしまだ俺をおそうことをあきらめていないようだったら、それでもかまわない。振りかかる火の粉は、その都度はらえばいいのだ。
だがもし。考えたくもないことだが、連中の魔の手が俺を通り越して光琉にまで伸びるようなことがあったら。
その時は俺も、受動的であり続ける必要は認めない。誓って奴らを徹底的にたたきつぶし、そんな愚考を頭に浮かべたこと自体後悔させてやる。生き地獄を味わう程度で済むとは、思わないでほしいものだ……
「うーん、どうもいかんな」
「さっきから変だよ、にいちゃん。今度は一体何を唸ってんのさ」
「いや、前世の力を取りもどしたからって途端に気が大きくなってイキりだすのも、何か小物っぽくてみっともないかなあ、と……」
「はあ?」
「……あー、うん、何でもない何でもない。今言ったことは忘れてくれ。得意だろ、忘れるの」
手を振りながらそうごまかすと、光琉がぎゃーぎゃー抗議の声をあげてくる。話を逸らすことには何とか成功したようなので、ひそかに俺はホッとしていた。
思わずぼやいてしまったが、自分の中に生じた恥ずかしい増長を妹には極力知られたくなかった。兄として沽券を守るため、光琉の前では恰好をつけたかったのである……
あくまで”兄として”、だからな?




