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断章-月下血風小夜曲(後)

「口では否定していたが、俺たちが今のような状況におちいる可能性くらい、"槍聖(そうせい)"の老いぼれも当然気づいていたはずだ。腹の中では俺が襲撃してきた魔物に殺されることを、期待していたのかもしれんな。それに応えてやる義理はないが」


 サリスがかわいた笑い声をたてると、カーシャがため息をついた。


「あんたたち勇者ってのは、ほんとに仲が悪いわねえ。特にあの"槍聖"のじいさんと、序列7位の"白銀の騎士"があんたをきらってるって噂は、傭兵稼業をしていたあたしの耳にまで届いていたわよ」


「それに"雷霆公女"もだな。あの気位のたかい公女は、事あるごとに俺に突っかかってきやがる。よほど気に食わないらしい」


 サリスの発言に、今度はカーシャは返事をしなかった。ただ両眼を細め、あきれたような視線を向けてくるだけだった。


「ん、どうした?」


「……あれは違うでしょうよ。まったく、つくづく女心に疎いんだから」


「? 言っていることがよくわからないが」


 首をかしげていると、先ほどよりも盛大なため息がカーシャの口から漏れた。ついでに、大げさなほど肩をすくめてみせる。


「何でもないわよ、馬鹿馬鹿しい。あんた、ニブいのも大概にしないと聖女サマにも愛想つかされるわよ。あのお嬢ちゃんだって、年頃の女の子なんだからね」


「……だから何でいちいちメルティアを引き合いに出すんだよ。彼女は関係ないだろ」


 ことさら無愛想をよそおいつつも反応してしまうのは、「メルティアに愛想をつかされる」というカーシャの示唆が多少は気になったからである。このあたり、前世の自分ながら、サリスの情緒は成熟していたとはどうも言い難いようだ。


「まだそんなこと言ってる。いい加減、往生際が悪いわよ」


「お前こそしつけえぞ。俺とメルティアをどうしても男女の仲にしたいようだが、一体何を根拠に、」


「それよ」


 だしぬけに、カーシャが人差し指を突きつけてきた。


「その"メルティア"って呼び方。一体いつから、名前で呼ぶようになったのかしら? 旅がはじまった頃は"あの女"だの"小娘"だの、散々な言い草だったじゃない」


 カーシャの指摘に、サリスは言葉を詰まらせた。変化を自分で意識していなかったのは、迂闊と言うしかない。


 たしかに旅をつづけるうち、いつの間にか"光の聖女"を名前で呼ぶようになっていた。もちろん彼女に対する心証が徐々に変化したからだが……一体いつから今の呼び方になっていたか、はっきり思い出せなかった。


 以前旅の途中で立ち寄った村を救うため、雪山に巣食う氷竜と戦ったことがあった。村は雪山の(ふもと)にあり、たびたび飛来する氷竜によって甚大な損害を被っていたのである。


 当初は村を救うべきか放っておいて旅をいそぐべきかをめぐり、メルティアとサリスははげしく意見を衝突させた。しかし紆余曲折の(のち)、最終的には協力して氷竜を討伐することに成功したのだった。そしてその葛藤と戦いを通じて、彼女の心の一端に触れたという実感が、サリスにはあった。苦戦の末に勝利をおさめた時、ふたりの間には絆に似た何かが、たしかに芽生えていた……呼び方が変わったのは、あの頃だったろうか?


「あの()……聖女サマだって、最初は"勇者様"って他人行儀な呼び方だったのがいつの間にか"サリス様"になって、最近は随分あんたになついてるじゃないの。2人きりで仲良さそうに話しこんでるとこ、道中もよく見かけたわよ」


「今後の旅の見通しや"聖剣"のあつかいについて、相談していただけだ。共に魔族と戦う同志として彼女のことは認めているが、それ以上の感情はない」


「ふーん、あくまで言いはるつもりね」


 カーシャは亜麻色の髪をゆっくりとかき上げながら、いたずらっぽい笑みを浮かべだ。


「だったらあんた、一度あたしと寝てくれない?」


「……唐突に何を言い出す」


「だってこの旅をはじめてから、満足に男も見つくろえないじゃない? そろそろ我慢の限界なのよお」


 そう言うとサリスの横に移動してきて、肩にしなだれてみせる。誘惑する仕草は、手慣れたものだった。


 風魔法の使い手として名を馳せているカーシャだが、実はもうひとつ、その多情なことも裏稼業の世界では有名だった。"色欲のカーシャ"の呼称は、"疾風の魔女"とおなじくらい広く知られている。数々の同業の異性と浮名をながしては、すぐに冷めて捨ててしまう。長いまつげに縁どられた二重の眼を細めて彼女が言いよれば、大抵の男は魅せられてしまい、手もなく軍門に降るとのことだった。


 無論、カーシャが一時の火遊びに飽きて手を引く気になった時、男の方でも同じ気持ちとはかぎらない。中にはどうしても彼女への執着を断てない相手と修羅場をむかえたことも何度かあったようだが、荒くれ者の傭兵たちといえども”疾風の魔女”に実力行使でかなう者などいなかった。結局、毎回男の方が涙を呑むことで決着し、カーシャはその後も変わらず奔放なふるまいを続けるのだった……


「あんた経験少なそうだし根暗な性格だけど、この際贅沢は言ってらんないわ。顔はぎりぎり合格点、それに何だかんだで剣が強いのは好みね。いいでしょ、長い付き合いだけど、そろそろあたしを抱いてみない?」


 吐息がかかるほど耳元に顔を近づけ、囁いてくる。カーシャも言ったとおり、サリスはこれまで彼女とそういった関係を結んだことはなかった。共に戦う相棒としては認めていたし、この男にしては随分好意的でさえあったが、異性として意識したことはなかったのである。


「冗談もそれくらいにしておけ、くだらん」


「あら、あたしは本気よ」


「だったらなおさらタチが悪い。いい加減はなれろ」


「女に恥をかかせる気? それともやっぱり、聖女サマに遠慮しているのかしら」


 カーシャはサリスの左腕に自身の両手をかけ、密着してきた。ふくよかな胸の感触が、二の腕に生まれる。


 フェイデアの魔導士は普通、僧侶や司祭などと同じく、極力肌をあらわにしない服装を心がけるものである。足首までかくす色合いの地味な法衣(ローブ)に身を包み、華美な装飾などもせず、清貧を外見で体現するのが魔導を志す者の有り様と言われていた。してみれば、カーシャはその点でも異質な存在だった。


 日常的に着ている革製の衣服は妖艶な肢体の稜線をはっきり浮き立たせ、しかも上半身は肩や胸元を、下半身は膝の半分より下を露出させている。山野を旅する時はその上から防寒用のマントを羽織るが、いったん街中にはいれば堂々とマントをはだけてしまうため、当然挑発的な格好をした魔女は脂ぎった視線を周囲から向けられることになる。その手の商売女だと勘違いした男に声をかけられ、メルティアや"司祭"が渋い顔をしながら相手を追い返す、ということもしばしばだった。


「あのお嬢ちゃんとはまだ、何でもないんでしょお? だったら操を立てることもないじゃない。あんたも傭兵あがりのくせに、そんな純でどうすんのよ」


「別にメルティアを気にしているわけじゃない……今はそんなことをしている場合じゃないだろう、と言っているんだ。旅の目的を忘れるな」


「ふん、魔王をたおすまでは女も抱けないって? 使命を逃げ口上に使うんじゃないわよ、臆病者。殺し合いなんかより生命の基となる男女の営みの方が、よほど建設的でしょ」


「おい、そろそろ本気で怒るぞ。今日のお前はどうかしちまったんじゃねえのか?」


「そうね、あの(みどり)の月があんまり明るいせいかしら。身体が(ほて)ってしょうがないわ……」


 カーシャはなおも身体を密着させてくる。胸の膨らみを押しつけたまま、手はサリスの顔へと伸び、その頬を蠱惑的な指のうごきで撫でさする。むき出しになった生足まで活用し、サリスの足に絡ませようとしてきた。


 出会ってそう短くもない期間が経つが、これほどなりふり構わないカーシャをみるのははじめてだった。何者かに"惑乱(わくらん)"の魔法でもかけられたか、と一瞬疑ったほどだ。そうむざむざと他者の魔法に干渉をゆるす、"疾風の魔女"であるはずもないのだが。


 いずれにせよ、今の彼女がサリスの手に余ることにはかわりなかった。そろそろ力づくで引きはなそうか、と考えたとき。


「……仲がおよろしいことですね」


 氷竜の息吹よりも低い温度を有した声が、サリスの耳に届いた。おどろいて振り向くと、"白き(ほこら)"の入り口前に、メルティアがたたずんでいた。


 カーシャとは対照的に清楚な法衣を身にまとい、両手で()()()の形状となった"聖剣"を包みこんでいる。やつれたり憔悴した様子はなく、淡い月光を浴びた黄金の髪がしとやかに輝いている。洞窟に入る前と変わらず、健康な状態にみえた。しかしその顔には"不機嫌"を具現化したような表情が張りつき、軽蔑の念をたたえた眼光をサリスたちに注いでいた……


「メ、メルティア……(ほこら)から出てきていたのか。もう、"深化の儀"とやらは済んだのか?」


「聖剣は無事、"第二具象階位(フェーズ)"へと移行しました」


「そ、そうか。思ったより早かったな」


「早く出てきて、かえってご迷惑でしたか? お二人の邪魔をしてしまったようですし」


 メルティアの声には、聖女らしからぬ棘が含まれていた。サリスは狼狽した。たとえ今、100体を越えるオークがこの場に攻め寄せてきたとしても、これほど心を乱しはしなかっただろう。


 そもそもメルティアが洞窟から出てきたことに気づかなかったこと自体、二重の意味でサリスの失態である。いくらカーシャに気を取られていたとはいえ敵の接近を感知できるよう、常に"魔覚"の網を周囲に張り巡らせていたのだ。にもかかわらず声をかけられるまでメルティアの存在を認識できなかったのは、彼女がおのれの魔力を抑えこみ、その気配をほぼ完璧に消していたからに他ならない。


 旅がはじまった当初は、そこまで自在に魔力を制御するような(わざ)はできなかったはずである。幾多の苦難を経験して、聖女もまた成長を遂げているらしい。


「おい! 何か誤解しているようだが、別に俺たちは……」


 サリスは釈明しようとしたが、メルティアは取り合わなかった。オークたちの屍が横たわっている周囲の野を見わたすと、こちらへ向かって頭を下げた。


「私が洞窟へはいっている間に、やはり魔物がおそってきたのですね。守っていただき、ありがとうございます。私のみだったら一度はじめた"深化の儀"への集中を解くわけにもいかず、迎え撃つのはむずかしかったでしょう。こうして無事役目を果たせたのも、お二人のおかげです」


 丁寧だが、よそよそしさを漂わせた謝辞だった。メルティアはサリスにあゆみ寄ると、手に持った聖剣の()を差し出した。


「この"第二具象階位(フェーズ)"へと深化した聖剣なら、今後一層戦いがはげしくなっても大いに私たちの力となってくれるはずです。お受け取りください、()()()


 サリスは反射的に差し出された柄を手にし、そこで固まった。カーシャが指摘したように近頃メルティアは自分のことを名前で呼ぶようになったはずなのに、出会った頃の他人行儀な呼称をあえて使用してきた。相当、怒っているらしい。


 眉をひそめ唇を尖らせ、目を合わせようとしない。露骨に感情をあらわにするメルティアは、どこにでもいる普通の少女のようだった。シュリーフェンの前で見せた人形の面影は、少なくともこの時は霧散していた。サリスは困惑しつつも内心、そのことには安堵をおぼえていた。とてもそんな余裕がある状況ではない、はずなのだが。


「もう用は済みましたし、私は下山します。今ならひとりでも、光魔法で自分の身くらい守れます。お二人はもう少しゆっくりしていってもいいですよ」


「何を言っている、まだ敵の襲撃があるかもしれない。俺たちも一緒に……」


「そんな格好のまま、あるけないでしょう」


 言われて、まだカーシャが自分に引っついていることにようやく気づいた。ご丁寧に、足まで絡ませてきている。


「おい、はなれろ」


「あ〜ら、この()とは何でもないんじゃなかったっけ? じゃあ見せつけても一向に構わないでしょ」


「そういう問題じゃない!」


 言い争っている間にも、メルティアはさっさと山を降りはじめた。遠ざかる背中を見つめながら、サリスはますます焦燥を深めた。同時にそんな自分に、とまどいもおぼえる。一体何をあわてている、別に俺と彼女は男女の仲というわけじゃない、くどくどと弁明をする理由もないではないか、しかし……


 この手の経験に疎いサリスはこういう時、颯爽とはほど遠い若者になる。おのれの感情も処理しきれず、カーシャなどからはさぞ滑稽に見えたことだろう。


()()()も形無しね。まったく、最初から素直に認めないから、こんな面倒ごとに発展するのよ」


 そう言うとカーシャはサリスからはなれ、勇者の背中を勢いよく叩いた。


「ほら、追いかけて言い訳なりなんなりしてきなさい」


 その口調は、いつものさばけた相棒のものに戻っていた。


「言い訳ってお前な、俺は何も、」


「こんなとこでグズグズ言っているひまがあるの? 聖女サマ、行っちゃうよ?」


「…………」


 サリスは剣を持たない左手で、自分の頭をはげしくかき乱した。言いたいことは山ほどあったが、たしかにそれをぶちまけている場合ではなさそうだ。釈然としないまま、カーシャの言うとおりメルティアの背中を追うべくはしりだした。


 草を踏むサリスの耳に、うしろから風に乗ってカーシャの声が聞こえてきた。


「今はゆずってあげる。でもあたしは負けないわよ、聖女メルティア」


 耳に届いたそのつぶやきはあまりにもかすかだったので、本当にカーシャの口から出たものかわからなかった。言葉の意味も、サリスには不分明だった。あるいは樹々の間を吹き抜け葉を揺らす風たちが、幻聴をはこんできたのかもしれないと思った。


 いずれにせよ、サリスがその声に深くこだわることはなかった。この時の彼の注意は、前方へ去って行く聖女にのみ向けられていた。かすかに聞こえた言葉の意味をかみ砕く間もなく心の隅へ押しやってしまうと、薄闇に浮き上がる黄金の髪をめざして駆けていくのだった。

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[良い点] 恋の火花がバチバチじゃないですかーっ!(笑) サリス……罪な男だ(。-`ω-) そっかぁ、前世からこんな三角関係で、サリスはメルティアを選んだんだなぁ……。
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