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第7章:「終わりよければすべてよし」、ってよく聞くよねえ(遠目)

「なんだったんだ、一体……」


 俺は突然あらわれた幽霊少女が、あっという間に消滅(しょうめつ)してしまったのを目の当たりにし、知らずそうつぶやいていた。


 登場も唐突(とうとつ)なら、退場の仕方もあまりに急ではないか。まるで作者が文字数かせぎのためだけに登場させたかのような……いや、なんでもない。


 ともあれ、彼女は元々負の情念が()り固まって現世に(とど)まっていた(いびつ)な存在だったのだ。浄化(じょうか)され旅立てたのなら、本人にとっても救いだったろう。


 俺は心中で自分にそう言い聞かせ、消え去った幽霊少女のために合掌(がっしょう)した。どうかもう化けて出てきませんように、これ以上事態がややこしくなったらたまらないので。


 ちなみにフェイデア界で死者を(とむら)うときには、当然仏教とは異なる(いの)り方があったが、やはり今はこの現世の習慣の方が感覚的にしっくりくるようだ。とっさに手を合わせていた。


 さて、自己満足の儀式も()ませたところで、目下(もっか)の課題に向き合わねばならない。


 我が妹様は部屋の中で、以前発光し続けているのだ。夢中で泣いたままで、多分自分がこの間に一体の霊人(レイス)を浄化したことにも気づいてないんだろうな。つくづくあの幽霊少女への哀れさが増す。まあ光琉(ひかる)の魔力をねらっていたのだから、自業自得(じごうじとく)とも言えるのだろうけど。


 妹が()れ流し続けている明かりはLEDライトよりも白く鮮明で、しかも電気代が一切かからないというお得さだが、発光にこの泣き声がともなうんじゃ誰も照明()わりに利用したいとは思わないだろう……などとアホなことを考えている場合ではない。こうしている間にも荒れ狂う聖なる光は、俺の部屋の各所を着実に(けず)り取っているのだ。


 いや、それ以前にこのまま魔力を消耗(しょうもう)し続けては、光琉の()が心配だ。聖女が内包(ないほう)する魔力は膨大(ぼうだい)だが、もちろん無限ではない。魔導士や神官などの魔法を行使する者にとって、魔力と生命力はほぼ同義(どうぎ)。使い果たせば、当人の生命(いのち)にもかかわる。


 内心でひとつ()()りをつけると、俺はあらためて妹(発光中)に向き直り、歩み寄りはじめた。


 聖光の圧力に全身が押されるのも感じるが、それよりもやはり問題はこのまぶしさだ。目蓋(まぶた)を閉じてさえ眼球が刺激されるのに加え、その状態では当然光琉の正確な位置は把握できない。


 誠意をもって妹を(さと)そうと思えば、目を(つむ)りっぱなしというわけにもいかないだろう。


「……ええい、くそ!」


 俺は悪態(あくたい)をつくと同時に、目蓋を開いた。白の奔流(ほんしゅう)が視界を(おお)い、網膜が(あぶ)られ、眼球から血が流れないのが不思議なほどの痛みだったが、そんなことに構ってはいられない。


「光琉! 落ち着け!」


 (くら)んだ視界の中でかろうじて妹の姿を見分けると、両手を伸ばして光琉の左右の二の腕をつかんだ。今度こそ離さない、という決意とともに。


 妹はいやいやするように身をよじり、俺の手を振りほどこうとする。その反応に、俺は(かえ)って勇気づけられた。リアクションがあるということは、まだこちらの呼びかけが届くということではないだろうか。


「まずは、話を聞いてくれ」


「いや! あーあー、なにもきこえなーい」


 聞こえてんじゃねえか。


「なあ光琉、前世は前世、現世は現世なんだ。サリスと俺、メルティアとお前は、まるで違う人間なんだよ」


「そんなことわかってるもん! でも、だからって前世の記憶が戻ったなら、気持ちだって(よみがえ)るもん! これは簡単に消せないし、現世のあたしもにいちゃんが好きだもん!」


「それは勘違(かんちが)いだ。お前は、前世の幻影(げんえい)を追っているだけだ。メルティアはサリスが好きだった、その惰性(だせい)で、お前も俺が好きだと思いこんでいるんだよ」


「ちがうちがう! 自分の気持ちくらい、自分でわかってるもん。メルティアがサリス様を愛したのと同じくらい、ううん、それに負けないくらい、あたしは」


「だってお前はさっきから、俺のことを”にいちゃん”としか呼んでないじゃないか」


 え、と(きょ)をつかれたような声をあげ、光琉はようやく俺の顔に目を向けてきた。心なしか、妹が発する白光(びゃっこう)の明るさも弱まったようだ。


 よし! どうやら正解の選択肢を引き当てたようだ。正直自分でも苦しまぎれの論法だと思うが、妹がその気になってくれたのなら躊躇(ちゅうちょ)することはない。


「好意を寄せる異性なら、”にいちゃん”じゃないはずだろ?お前は”サリス様”とは呼んだけど、一度も俺の名前を呼んでない。つまりお前は、現世の俺を男としてみてないんだよ」


「そ、そんなことない! 単に”にいちゃん”の方が呼びなれているから、そっちで呼んじゃってただけだよ! うん、よし、わかった。今からにいちゃんのこと名前で呼ぶ」


 言ったそばから”にいちゃん”になってるぞ、このポンコツ妹。


「だったら呼んでみろよ。俺の名前を」


「よ、呼ぶよ。ま、まままままままま、まさ……まひゃっ!?」


 あ、また舌()んだ。


 たった三音の俺の名前を口にできなかった妹は、再び口をおさえ(もだ)えている。俺はそんな光琉の頭を、優しく()でた。


「無理するなよ」


「む、無理なんかしてない!……にいちゃんの名前、呼びにくいよ」


「”真人(まさと)”のどこに呼びにくさのエッセンスがあるよ!?」


 全国の”マサト”さんにあやまれ。


「な? そういうことだ。お前は俺を名前で呼ぶのがしっくりこなすぎて、口にすることさえできないじゃないか。お前にとって俺は、あくまで”にいちゃん”なんだよ。それでいいじゃないか」


「う……」


「お前にとって俺は兄貴で、俺にとってもお前は大事な妹だ。そうやって15年間かけて(きず)きあげた、家族の(きずな)がある。サリスとメルティアの人生はそりゃ劇的(げきてき)なものだったけど、現世の俺たちが過ごしてきた時間だって、あいつらに負けてないぜ? いくら前世の記憶が戻ったからって、一朝(いっちょう)でそれが全部消えてたまるかよ」


 俺と光琉の兄妹としての関係を否定すれば、まるで前世に現世でのこれまでの人生を()りつぶされてしまうような気がする。そんなことはさせない。天代真人(あましろまさと)天代光琉(あましろひかる)も、確かにこの地球に生まれ、成長し、兄妹として時をかさねてきた。それは、俺にとっては前世なんかよりもはるかに手ごたえを感じる、ゆるぎない事実だ。たとえ勇者にも、聖女にも、否定させはしない。


「お前は俺の妹だ。聖女なんかじゃない。わがままで、うるさくて、寝相(ねぞう)が悪くて、何か気に入らないことがあるとすぐ()ってきて、甘いものが大好きで、それで俺が買い置きしていたプリンを食べちまうくらい()意地(いじ)がはっていて、格ゲーが下手で、リアル〇マーソルトキックをやろうとして失敗してしまうくらい頭が悪くて……」


「こういう時って、もう少し相手をほめるものじゃないの!?」


「そんなアホアホな妹のままで、お前にはいてほしいんだよ。お前はどうだ? 俺はお前の、兄貴でなくなった方がいいか? 俺が兄貴のままでいるのは、もういやか?」


「……いやなわけ、ないでしょ」


 白光はみるみる弱まり、やがて妹の身体からまったく発散されなくなった。よかった、ギリギリ視力を失う前におさまってくれたようだ。


「あたしにとってだって、にいちゃんはサリス様とは大違いだよ。口うるさくて、面倒くさがりで、ケチで、だらしがなくて、隠れ中二病で、偉そうなことばかり言っているくせにいざとなったらヘタレで、格ゲーで対戦してもはめ技ばかりやってきて、妙におじさんくさくて、流行(はやり)に乗れないからクラスでも地味に浮いてて……」


 さっきの反撃とばかりに並べ立ててきやがる我が妹。というか、最後のは何で知ってるんだ? 図星(ほんとー)だけどさ!


「だけどそんなにいちゃんがあたしが今までずっと一緒に過ごしてきたにいちゃんで、にいちゃんがにいちゃんじゃなくなるのはあたしだって……う、う……」


 光琉はまた言葉を()まらせ、涙ぐみはじめた。俺は先ほどのことを思い出して反射的に身構えたが、今度は光の奔流がおそってくるようなことはなかった。


「う、うえーーーん」


 癇癪(かんしゃく)を爆発させた豪雨のようなさっきの泣き声とは違い、しとしとと降る小雨を思わせる静かな涙だった。どうやら妹も、ようやく(ほんっとうにようやく!)理解してくれたようだ、と俺は思った。その証拠に、魔力も暴走していない。


 気持ちを整理するために、涙を流さねばならないこともあるだろう。俺は光琉を引き寄せ、自分の胸にその顔をうずめさせた。もちろん家族として。兄として。


「恋人同士だったらいつか別れることがあるかもしれないけどさ、兄妹だったらずっと一緒だ。血の(つな)がりがある以上、(えん)を切りたくたって切れるもんじゃない。案外これは、サリスもメルティアも望んだことなのかもな」


 極力やさしく、子供をあやすような声で、泣きじゃくる妹に語りかけた。


「俺はずっとお前のそばにいるよ。兄貴として。だからもう泣くな、な?」


 我ながらくさい言い回しだが、ともかくこれで今朝の嵐もおさまった。思春期の兄妹が気の迷いからちょっとギクシャクしたけど、ぶつかりあってまた元の家族に戻る。ありふれた、しかし微笑(ほほえ)ましい美談として、ことは完結したのだ。


 一件落着、めでたしめでたし。


 ……


 落着してくれ、頼むから。


 光琉は相変わらず俺にしがみついて涙を流している。妹のしたいようにさせておきながら、しかし俺は、はやくも自分の行動を後悔していた。今光琉が顔を押しつけている俺の胸は、前世の恋人に密着されたことで、再びバクバクしてきやがったのである(何度目だ!?)。


 散々偉そうなこと言っておきながら、俺の方が気持ちの整理をまったくできてねえ! 妹を異性として、超意識してしまってるよ。そりゃそうだ、今朝前世での恋人との記憶を思い出したばかりで、そんな簡単に()り切れるはずもないよな……今さっきはよくも上から目線で妹様に説教できたな、俺!?


 俺の胸に顔をあてている状態の光琉に、この心臓の爆音ビートに気づかれたら、これまた厄介なことになりかねない。


 そろそろ引き離した方がいいだろうか、と考えはじめた時、妹が自分から離れてくれた。もう泣き()んでいて、指先で目元の涙を(ぬぐ)うと、その表情はさっぱりしていた。


「そうだよね、あたし達は家族なんだもん、これからもずっと一緒だよね」


「……ああ」


 どうやら光琉の方は割り切ってくれたようだと思い、安堵(あんど)と同時にほんの少しの(さび)しさを覚える。勝手な心理だが、この激動の朝を乗りきったことを思えば、この程度のメランコリーは許されるだろう。


「ずっと一緒なんだから、いくらでもチャンスはあるよね!」


「……は?」


 メランコリーはたちまち吹き飛んだ。


 妹の眼がキラキラ光っている。夢見る少女のような、という形容は穏当(おんとう)に過ぎる。獲物(えもの)を狙う、野獣の眼光だった。


「ヘイ、マイシスター、チャンスっていったいなんのチャンスだい?」


「もちろん、にいちゃんをオトすチャンス」


「オマエハナニヲイッテイルンダッ!?」


 衝撃のあまり、思わず片言(かたこと)が再発しちゃったよ。いや、その前からあやしい外人口調だったけどさ。


「家族としてのにいちゃんはとっても大事だし、これからもずっといてほしいけど、それとオトメゴコロは別。あたしはやっぱりにいちゃんが好きだから、兄妹でありかつ恋人でもある、これをリョーリツできる関係がベストだと思うの」


「”ベスト”の和訳知ってるか、”最悪”って意味じゃねえぞ!?」


 俺は床に(ひざ)をつきたい気分だった。結局またふりだしじゃねえか! これまでの俺の説得は一体何だったんだ……ラスボス前まで進めていたRPGのセーブデータが消えたような徒労感(とろうかん)におそわれる。


「今はにいちゃんにオンナとしてみてもらえないかもしれないけど、いつか絶対振り向かせてみせるからね! あたし抜きじゃ生きられないカラダにしてあげる」


「表現がイチイチきわどいんだよ! ちゃんと意味わかって言ってる!?」


「あたしは我慢(がまん)づよいオンナだから、(あせ)らずじっくりいくの。まずはトモダチからはじめよ。よろしくね、にいちゃん!」


「握手の手を差し出すな! 友達って何、俺たちは家族だってさっきから言ってんだろうがああああああああああ」


 妹の顔に浮かぶ輝くような笑みが、俺に眩暈(めまい)を誘発した。くそ、なんだこの理解力ゼロの超絶美少女。そもそも俺を振り向かせる努力なんかする必要ないんだよ、俺はとっくにお前にオチてるんだから!


 オチながら戦うってよく聞くけど、こういうことかしら……


 どうやら、前世の記憶が蘇ったことではじまったこの騒動は、当分おさまりそうにない。俺はいつまで理性を(たも)ち、貞節(ていせつ)とモラルと世間体(せけんてい)を守ることができるだろうか……将来に暗澹(あんたん)としたものを感じながら、またしても前世の恋人と瓜二(うりふた)つの容姿をした実妹が迫ってくるのを、鉄の心(アイアンハート)で押し返すのだった。




 なお、この朝の騒動のうちに時間は無情にも過ぎ、すでに登校時間ギリギリになってしまっていると俺が気づくのは、それからさらに数分後のことでしたとさ。


 遅刻はほぼ確定、自室は半壊状態、光琉はおかまいなしにじゃれてくる……この三重苦の状況。いくら勇者の生まれ変わりだって、もう泣いてもいいよね、俺?

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


軽い出オチのつもりではじめた本作でしたが、予想だにしなかったほど多くの方に読んでいただいているようで、生みの親としては皆様にどれだけ頭を下げても下げたりない思いでおります(PV数をみるたび、目が飛び出しそうです……)


この作品は元々、今回更新までの内容を読み切り作品として投稿するつもりで構想していたものでした。

それが書き進めるうちに諸々の事情―設定がふくらんだり、新たなキャラが浮かんだり、ptを稼ぎたくなったr……げふんげふん、とにかく、それらの要因に背中を押される形で、長期連載として発表していこうと方針を転換した次第です。


それら要因の最たるものは、ヒロイン光琉ちゃんが作者の想定をこえて暴れもとい動いてくれたことでしょうか。さすがの彼女も今は疲れたのか、私の脳内で兄貴にもたれかかって眠っているようです(兄貴の肩によだれを垂らしながら)。


物語はこれからも続く予定です。ですが残念ながら、当初から書き溜めていたストックがここで尽きてしまいました。方針転換したにもかかわらず、開始までにまるで続きの話を用意できなかったのです。駄目だこの作者


1日もはやく天代兄妹の今後をお届けしたい所存ですが、以下3つの理由からしばしのお時間を頂戴したく思います。


①新たな展開のプロットを整えたい

②本作以外の別作品も書いてみたい

③そろそろ『鬼滅の刃』を視聴したい


筆者としては、③こそが最も危急の課題かと愚考するのですが……あ、ページを閉じないで!


冗談(?)はさておき、現在作者が別の作品に着手しているのは事実です。こちらは一応区切りをつけられたと判断し、しばし毛色の違う世界観に遊びたくなりました。筆者の勝手、どうかお許しください。


もちろん本作にも、筆者は大変思い入れがあります。現在挑戦している別作がある程度進められたら、もしくは煮詰まってとん挫したら(おい)またこちらに戻ってまいります。伏線をやたらめったらまき散らしたままここで投げだしたりしたら、いくら何でも読んでくれた皆様に不義理すぎますので。いかに私でも、そこまで人非人ではありません。


まあ後先考えずに伏線投げすぎたと自分でも思っているので、全部回収できるかは正直微妙なのですが(おいコラ)……微力は尽くさせていただく所存です。


ただ今後は、書き溜めたらその分を何回かにわけて更新し、その後また書き溜める……というスパンを繰り返す、不定期更新とさせていただきたく考えています。またいつ頃再開できるのか、明確な時期をここで提示することはできません(遅筆な上にムラがある己の性分が憎い!)。まあ、地球が寿命を終えるまでには……うそです、ごめんなさい。


一応、続きのイメージはぼんやりとですが浮かんでいます。読者の皆様には大変ご迷惑をおかけしますが、どうかこれからも気長に、かつ寛容に(笑)天代兄妹とお付き合いいただければ幸いです。



小説を書くことこそ私の生きがいです。できる限りはやく皆様と再会できるよう、執筆に全力で邁進するぞ!


……だからまず、d〇ニメストアのページを閉じようか、俺(怒)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 光琉ちゃんのことをアホとかずいぶんケチョンケチョンだけど、真人くんにとってはなんだかんだ言って可愛い妹だったんだろな( *´艸`) そして、全くへこたれない光琉ちゃん強い!! 本来はこの…
[一言] 面白かったです。 いつの日か更新楽しみにしています。
2020/03/20 11:32 退会済み
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