ご飯を食べよう
それはともかく、俺は息子が口に入れた鳥肉の様子を魔術的に観察する。
どう消化されるのか気になる。というか消化されるのか?
少なくとも昨日の時点では消化器系は全く活動していなかったはずだ。
噛まれている。
息子はよく噛んで食べている。かわいい。
唾液も出ているようだが、ん? 若干肉が溶け始めている? 早くないか?
飲み込まれた。
息子は次の一切れに手を付け始めている。かわいい。
おぉ、なんかすごい勢いで溶けている……胃に届く前にそのまま吸収されてしまった……
喉より奥がすべて消化吸収の能力を持っているのだろうか。胃に落ちてこないし、欠片が落ちてきても初雪が融けるように即座に消えていく。
腸まで仕事が回ってきていないな。暇そうだ。
「はー、おなかいっぱい!」
「……」
空だ。息子の胃の中は空っぽのままだ。
「本当に満腹なのか?」
「……? うん」
一応、伝えておこうと思う。
「カイル、お腹の中空っぽのままだぞ」
「え?!」
息子は寝間着をめくり上げて、自分のお腹を擦りだす。
「? ……??」
何もわからなそうだ。
「どこいっちゃったんだろ……?」
ぺちぺちとお腹を叩きながら首をかしげる。えっ、かわいい。
「カイルの身体には取り込まれているみたいなんだが」
「消化力がすごくなった……?」
「どうだろう、だが満腹ではあるんだな」
「うん、もう食べられない」
おそらく……損失分に達したということだろう。
大抵の肉体を持つタイプのアンデッドは、一定以上の魔力を持たなければ肉体を保持できずに腐っていく。だからその欠けた分を捕食して補おうとする。だが喰ったそばから腐るのだから、彼らは際限のない飢えに苛まれているということになる。
では息子はどうか。
俺が手を尽くし過ぎているせいで、食欲がほとんど発現せずどこぞの国に伝わる仙人みたいになってしまっている。……俺自身も殆ど飲まず食わずで問題ない以上、とやかく言えないが。
食事と洗い物を済ませ、整理した問題点と現状の展望を息子にも伝える。
食事と体温と成長の件だ。
だが、息子はハッと何か思い出したような顔をする。
「どうした?」
「えっと、伝言があったの思い出して。母さんから……あんまり、いい内容じゃないんだけど」
妻から……伝言? いい内容じゃない……?
◇
いや、考えなかったわけではない。息子が転生してきたのだから、妻だって転生してきていてもおかしくはない。だが300年の間でそれらしい人間に巡り会えてはいない。もしかしたらマールがそうだったように、きっかけがないまま前世を思い出すことなく過ごしている可能性もある。あるいは既に……
だがここに来て伝言。しかも良くない内容。
覚悟を決めて息子を見つめる。
「聞かせてくれ」
「う、うん……」
《愛しのグレンデール
この伝言聞いてるってことは、カイルのほうが先に再会したのね。残念。でも再会出来た事自体は嬉しいわ。
でね、私あの時ついキレちゃって、クソ国を消し飛ばすのに力を使いすぎちゃった。テヘッ。
だから……なんとかカイルはいけそうなんだけど、私は人間に生まれ直すのは無理そうなの。
ごめんなさい。
でもカイルより少し早いくらいの時期を狙ってはいるから、短命動物じゃなけりゃなんとかなると思うわ。運命の交点自体はあるはずだから。
植物とかカビとかかもしんないんだけど。
あーせめて知性欲しいわ。
もし待てたら、待っててね。
メイルーアより。
追伸。
もしカイルが傷つくような事があったら、同じ体験させてぶっ殺す。》
「俺死んだな」
「父さんは悪くないから! お、俺からも説得するから!」
「少なく見積もっても、アンデッドにされて殺される」
「諦めないでよお!!」
カイルは知らないかもしれないが、俺は喧嘩で妻に勝てたことがない。
人質でも使われなければ、妻は妻で強い。
だからカイルは、無意識にかもしれないが、負い目を感じることになったのだろう。自分が弱かったせいだと、あのとき涙ながらに俺に謝っていた。
ともかく、そうだな。今のうちにアンデッドのことをよく調べておこう。自分の将来のことを調べるのは大切だ。
◇
「ぅ、んんッ……」
息子の顔が強張り、その身をよじる。
「カイル、大丈夫か? 無理なら止めるが……」
「はぁ、大、丈夫。ちょっと、はぁっ、あつくて……」
汗はかいていない、いや、まだ汗をかけないというのが正しいか。それでも息子は顔を赤く火照らせ、呼吸を荒くしている。
「済まない、一気に入れすぎたな……」
「はぁ、はぁ……大丈夫だって、父さん。すぐ、慣れるから」
息子の健気な言葉に手元が狂いそうになった気がしたが、そんなヘマで息子の体を傷つけるわけにはいかない。
「どうだ?」
「んー……まだちょっと暑いかも」
俺は息子の内臓、特に肝臓と小腸、あとは筋肉に発熱の魔法を付与していた。それぞれ時間や変形など独立した条件を設定しつつ、表皮の熱交換量操作と合わせて体温の恒常性を再現する。
汗は、どこをどういじれば程よく出るのか判断できず保留にした。
ただ、どうにも熱放射だけでは体感温度があまり下がらないようで、息子は暑そうに手をパタパタさせていた。
「父さんみたく水魔法使いこなせたら涼めるのになあ……」
「……カイルは天才だな」
「へ?」
あほだ。単に気化熱を利用したければ、汗をかかせずとも、同程度の放熱効果が期待できる水滴を水魔法で皮膚表面に発生させればいい。
「わ、涼しい! すごいよ父さん!」
微小な水滴が蒸発することで、息子の体感温度は快適な水準になったようだ。
これで体温の問題は解決。
すると、息子が急に抱きついてきた。
「どうしたカイル」
俺は自然と息子の頭を撫でてしまう。魔法の効果で体温を帯びた息子の体は温かい。
「父さんの体、すごい熱いなって思ってたけど、俺の体が冷た過ぎただけだったんだなーって」
あぁ、そうか。お風呂が熱かったんだもんな。俺の身体も熱いに決まっている。だというのに俺は息子にあんなにベタベタと触れて……火炙りの刑が追加された気がする。
「あ、でもっそんな火傷しそうって感じじゃなかったから! あの温かい毛布くらいだから!」
息子の優しさが心に染みる……
「そ、そうだ、あとはあれだよね、……変身?」
「変装魔法だな。錬金術の応用で肉体のパーツを調整して、体格や見かけの年齢、性別を変えてしまう魔法だ」
「……やっぱ変身じゃない?」
「……そうかもしれない」
最初の頃は化粧代わりに顔のパーツを変形したり位置をずらしていた程度だったのが、気がついたら体全体でやるようになっていた。幼児から少年、青年に老人、男も女も自在だ。
と言っても老化自体はそれで克服できない。中身はどんどん確かに老化しているのだ。
あと単純に凄まじく痛い。
俺は慣れたが、姿を変えるとき驚くほど痛む。お陰で痛覚が丈夫になった。
これ以上痛みを息子に味わわせるわけにいかないので悩む。
「どうせなら、前の、カイルだったころの体になってみたいんだけど……できるかな?」
……天才だな。
「……カイルの言うとおりだ……そのほうが簡単だ」
「??」
錬金術で生み出された全身鏡には、銀髪に透き通る紫の瞳の姿。色が変わるだけで、予想以上にカイルそのものになった。
「あぁ、そうだ。俺、こんなだったなあ……父さんとお揃いの色で好きだったんだ」
無理に形を買えなくても、髪型や色だけでも十分だし、親が別人と化していれば同一人物だとは思われない。
「流石にこの辺りでその色は目立つから、元の色のほうがいいが……そういうことなら俺のほうが揃えよう」
茶髪に緑の瞳。中肉中背の印象に残りにくい体格。この山の下の周辺地域ではなんてことのない、珍しくない見た目だ。
そして……並んだ姿はごく平凡な普通の親子に見える。
それは、カイルが奪われ、マールが得られなかった、普通の親子だった。
「ぁ……とう、さん」
息子の目に涙が浮かぶ。
俺は、普通の体温の普通の息子を、普通にそっと抱きしめた。
鏡に映るのは、相変わらず普通の親子だった。
唐突に閃いて衝動的にここまで書いてしまいましたが、ここから先はまったり書こうかと思います。




