第53話 押すなよ! 絶対に押すなよ!
一匹目の鬼は、神宮司君が助太刀に入り無事に討伐。
二匹目の鬼は、俺がタイガー・ドライバー91で倒した。
三匹目の鬼は、『家系ラーメンスキー』の剣士二人が戦っているところに、俺がウエスタン・ラリアットで乱入。
鬼が吹き飛んだところに『家系ラーメンスキー』の剣士二人が襲いかかり剣を突き立てフィニッシュ。
さらに一時間かけて、魔物の死体の山に隠れていた鬼を討伐しながら撤去した。
俺はバリケードに引き上げながら、神宮司君とレオ君に話しかける。
神宮司君とレオ君は、冒険者研修・登録の同期なのだ。
周りからはライバル関係バチバチと勘違いされているが、本当は仲が良い。
「ふい~疲れたね。神宮司君もレオ君も働き者だよね」
「狭間さん。それより、相変わらず戦い方が滅茶苦茶ですよね。実戦でラリアット使わないでしょう!」
「そうそう。見てたよ。タイガー・ドライバー。狭間さん、何やってるの? 戦闘? プロレス?」
「え? そこに違いはないでしょう? 血湧き肉躍る戦いのワンダーランドでしょう?」
「「ああ~!」」
神宮司君とレオ君が、大げさに腕を大きく開く。
俺は本気で理解出来ず首をかしげる。
「いや、ちゃんと魔物を倒してるじゃん!」
「そりゃ、倒してますけどね……。魔物とプロレスやらないでしょう? 普通は?」
「そう。倒してるけどね。とりあえず望月さんの偉大さがわかる。よく狭間さんとコンビ組めるよな」
「やっと世の中が、私の凄さに気が付いた!」
なぜかモッチーがノリノリだ。
解せぬ!
まあ、とにかく良い雰囲気で朝一の仕事が終った。
バリケードでは自衛隊の戦車が横一列に並んで前進に備えている。
魔物撤去で働いた冒険者が小休止してから前進だ。
俺たちは給水タイム。
新人冒険者がスポドリを渡してくれたので、感謝してゴクゴク飲む。
すると上原さんの怒鳴り声が聞こえてきた。
「だから、それはそっちの責任でしょう!」
声の方を見ると、上原さんが通信所になっている自衛隊のテントでブチ切れている。
片手にスマートフォンを持っているので、どうやら電話の相手に怒っているようだ。
「うちは新宿西口ギルドです! 東口ギルドの文句をこちらにもってこられても困るんですよ! ええ。ええ。ええ、ええ。はあ。はあ」
不穏な空気が漂う。
冒険者たちが上原さんを見る。
自衛隊の偉い人も上原さんを気にしている。
「だ、か、ら! 文句があるなら現場に来て下さい! 246でお待ちしています! あー、こちらでは鬼が出てますから、重武装でお願いします!」
上原さんが荒ぶり、スマートフォンをテーブルに叩きつけた。
ちょっと離れた場所で見ていた俺たちは驚き声を上げる。
「ええ!? 何があったの!?」
「あの冷静沈着な上原さんが……」
「今、スマホ投げたよな?」
「カルシウム不足?」
みんな驚いている。
ただ、モッチーの発言は気になったので、俺は訂正する。
「モッチーのカルシウム発言は間違っている。きっと足りないのは愛なんだ! すまん! 俺の愛が足りなかった!」
「それは置いておくとして」
「いや、置かないでよ!」
「何があったか聞いてきて」
「俺が?」
「他に誰が?」
ええ!? あんなに怒っている上原さんのところに理由を聞きに行くの!?
いくら愛しの上原さん相手とはいえ、地雷原に裸で突撃するような真似はしたくない。
「嫌だよ」
「そこであえて行くのが狭間イズム」
「ないよ! そんなイズム!」
「ストロングスタイル」
「ゴッチかよ!」
モッチーがあおるが、俺は行かない。
「いや、ここは狭間さんしかいません」
「神宮司君?」
「そうだな。だって、狭間さんと上原さんって、スペシャルな関係だろ? 事情を聞き出して下さいよ」
「レオ君?」
「ほら、行け!」
「ちょっとモッチー押さないで! 押さないで!」
「押せってことね」
「違う! 違う! 押すなって!」
モッチーだけでなく、神宮司君、レオ君も俺を押す。
しまいにはおもしろがって、白騎士の他のメンバーや家系ラーメンスキーの連中も俺を押し出した。
多勢に無勢である。
「うわ!」
ついに俺は上原さんの前に突き出された。
「……」
上原さんが冷たい目で俺を見る。
「そのマイナス一万度の冷たい目が素敵だよ。マイハニー」
「絶対零度は、およそマイナス273度です。マイナス一万度なんて存在しません」
「そんな賢い上原さんが好きです――痛い! 痛い! グーで殴るのは止めてください!」
まあ、俺を殴ることでストレスが解消されるなら、俺は喜んで上原さんのサンドバッグになるが、殴られて嬉しくはない。
俺はすぐに話題の方向転回を図る。
「それで上原さん。何があったんですか? 怒鳴り声が聞こえてきましたよ」
「……」
「東口がどうこう行ってませんでしたか? 新宿東口ギルドのことですか?」
上原さんが、深く、深くため息をついた。
そして重い口を開いた。
「六本木通りで警察の制圧部隊と新宿東口ギルドの冒険者がもめて乱闘になったそうです」
「乱闘? 共同作戦中でしょう?」
「ええ。それで警察庁の偉いさんが、私たち西口ギルドで何とかしろと言い出して、押し問答ですよ」
「あー、それでブチ切れたんだ……」
上原さんがコクリとうなずいた。
さらに話を聞くと詳しい事情がわかった。
六本木通りは、俺たちがいる国道246号線の南側にある道路だ。
渋谷から六本木につながっている。
渋谷奪還作戦では、六本木通りは警察の担当になったのだ。
本当は自衛隊が担当したかったのだが手が足りないことと、警察が面子をかけて六本木通りを担当すると言い張ったそうだ。
それで六本木通りが警察担当になった。
そこまでは良いそうだ。
警察には重火器で装備した特殊部隊がいるので、自衛隊ほどではないにしても火力はある。
冒険者と連携すれば、六本木通りを制圧すことは可能であろうと、作戦本部は見ていた。
ところが……六本木通りを担当することになったのは、新宿東口冒険者ギルドだった。
新宿東口といえば、歌舞伎町がある。
よく言えば華やか、悪く言えばガラの悪い場所だ。
お察しの通り新宿東口の冒険者はガラが悪い。
アウトロー気質の人が多いのだ。
そんな新宿東口の冒険者たちが警察と共同作戦……。
上手く行くわけがない。
警察の方も冒険者を警戒してしまって、ギクシャクした状態が続いていたが、昨日いよいよ衝突したそうだ。
「骨董通りから魔物が溢れてきたでしょう? あれは、六本木通りの担当がボヤボヤしていたからです」
「つまり警察と新宿東口ギルドが悪い?」
「そーですよ!」
上原さんはプンスカプンスカだ。
振り返ってみると、冒険者たちが詰めかけていた。
呆れたり、天を仰いだり、ヤレヤレと首を振ったりしている。
「というわけで、狭間さんと神宮司君は、六本木通りに行って来て」
「へ?」
「は?」
俺と神宮司君が間の抜けた声を出す。
「えっと、何で俺が?」
「知らないわよ! とにかく戦力を回してくれって話なの! 六本木通りが落ち着かなきゃ、246も前進できないのよ! 超獣と白騎士は、六本木通りに急行!」
上原さんは、物凄い剣幕でまくし立てた。
俺と神宮司君は、こういうしかなかった。
「「イエス! マム!」」





