040 男子争奪戦の結末
井久佐野高校の男子争奪戦・本戦の場に乱入した百合華学園の生徒たちは、本戦に勝ち残った16人の生徒により撃退された。
その後、井久佐野高校の教師陣による男子争奪戦実行委員会から、本戦は一旦中断されることが発表された。本来なら、この日1日で本戦トーナメントの第1戦を終わらせる予定だったが、全員が百合華学園との戦闘で疲弊したのだから、中断せざるを得ない。西剛コトナが派手に破壊した地面の修繕も必要だ。
翌日、臨時の朝礼が開かれ、学校側から前日の襲撃と、男子争奪戦の今後についての説明があった。
百合華学園の乱入は、1人の生徒の暴走から始まったらしい。今年3年生の彼女は、自分の在学中に男子が入学する可能性が高いと判断し、百合華学園に入学を決めた。その年と次の年は、井久佐野市の高校に入学した男子生徒はいなかった。
そして今年、井久佐野市で高校生になった男子は鞘守セイジ1人。しかし彼が入学したのは、百合華学園ではなく井久佐野高校だった。
男子が入学すると見込んで百合華学園に入学した件の生徒は、そこで諦めることなく、県教育委員会に直訴し、『井久佐野市の高校に通っているのだから井久佐野市の男子高校生から天然精子を受け取る資格がある』とゴリ押しで認めさせ、男子争奪戦の本戦に割り込んで来たのだった。
これに対し、井久佐野高校の男子争奪戦運営も黙ってはおらず、2校による団体戦とも言える乱戦が始まるとすぐに、校長が教育委員会に対して苦情を表明し、百合華学園の参入を認めた理由を追求した。
最初はのらりくらりと校長の追求から逃れていた委員会だったが、百合華学園の敗北が濃厚になった時点で、委員長が弱味を握られていて要求を呑まざるを得なかったことを曝露した。
本来なら高校生男子の争奪戦は所属高校内だけで行う決まりなので、当事者たるセイジにも井久佐野高校にも無断で特例を決めた教育委員会と、そしてそれを要求した百合華学園は、今後苦しい立場に立たされるだろう。
肝心の争奪戦だが、本戦は取り止めとなり、セイジとの交際権は本戦に出場を果たした16人全員に与えられることになった。全員が同時にセイジと交際するわけではなく、3年生は4週間ずつ、2年生と1年生は2週間ずつの交代制となる。
「結果的には、良かったじゃない。マリナも天然精子を貰えるってことでしょ?」
学校側、運営委員会からの説明の後、男子争奪戦を初期に棄権した匙真ミレイがマリナに言った。
「うん、そうだね。さすがにみんな強い人ばっかりだったし、武器のタネもみんな割れちゃったから、奥の手も残ってなかったから、あのままトーナメントだったら優勝は難しかったと思う」
優勝する気で参加していたとは言っても、実際にそれが可能かどうかは話が別だ。マリナも自分の実力を過信はしていなかったので、2週間だけとはいえセイジから天然精子を得るチャンスが巡って来たこの結果には、満足していた。
「来年と再来年もあるんだよね、男子争奪戦」
「三年間やるって言ってたもんね。ミレイはどうするの?」
「まだ判らないな。来年の争奪戦がどうなるか、ルールも変わるかも知れないし、そもそもアーマードギアのバトルかも判らないし」
「バトルじゃなくなったら、アドバンテージがなくなっちゃうなぁ。まあ、今考えても仕方ないね」
「そういうこと。明日は明日の風が吹く。来年のことは来年が来てから考えればいいでしょ」
来年以降の男子争奪戦について決まっていることは、今年の当初の予定通りにセイジと交際するのは1人だけであること、そして他校の介入は許さないこと、その2つだけだ。今回のことで県教育委員会に貸しもできたので、後者の決定も来年以降は守られるだろう。
「思いもしなかった結果になりましたね」
マリナと同じく本戦出場を果たした鷹喰エリカは、少し釈然としない表情をしている。
「エリカは、天然精子を貰えるのに不満?」
「不満という訳ではありません。ただ、最後まで闘い抜けないことが腑に落ちないだけです」
「見かけに依らず、戦闘狂なのね」
「そうではありません。予定が狂うことに我慢ならないだけです。……ですが済んだことですね。ここは運が良かったと考えて、権利を得たことで満足しましょう」
エリカは本戦を最後まで闘い抜けずに強制的に中断されたことに納得できず、自分だけでは消化できなかったそれを、マリナやミレイと言葉を交わすことで納得させたようだ。
エリカにしても、マリナと同じく優勝できる確率は低いと考えていたから、学校のこの決定は彼女にとっても僥倖と言える。
「ところで、天然精子はどのように戴くものなのでしょう?」
「さあ? セイジくんが知っているっていう話だったから、任せておけばいいんじゃない?」
「それもそうですね」
マリナとエリカは、自分たちの順番が回ってくる日を、指折り数えて待つことになる。
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年は改まって4月下旬。やっと、マリナにセイジの交際期間が巡って来た。授業が終わると、マリナはセイジと共に、帰途に付く。
「やっとだね。2年ではクラス変わっちゃったけど、1年間同じクラスだったから、とっても待ち遠しかったよ」
「待ち焦がれてもらえて、光栄だな」
高校1年生の1年間を同じクラスで過ごしていたので、交際期間がなくてもマリナはセイジとそれなりに友好を深めていた。放課後は、3年生や2年生に連れて行かれてしまっていたので、学校内だけのことだったが。
「帰ったら早速、天然精子をちょうだいね。ずっと楽しみにしてたんだ。これであたしも、お母さんと同じ母親になれるんだっ、って」
「マリナちゃんも、せっかちだね。でも、必ず妊娠できるとは限らないよ? 先輩たちも、全員が妊娠したわけじゃないし」
「そしたら、今年の争奪戦も頑張るよ。今年で駄目なら来年も」
「うん、頑張って」
今年の井久佐野高校の入学希望者は、普段の年の3倍以上にもなっていた。やはり、男子がいると天然精子狙いの受験生が激増する。去年、セイジの進学希望校が事前に公表されていたら、マリナは入試に落ちていたかも知れない。
それを思うと、自分は運が良かったとマリナは思う。
「それで、天然精子ってどうやってもらうの?」
「そんなに欲しい?」
「うーん、正直に言うと、そこまで拘りはないかな。でも、今、天然精子って貴重だから、チャンスがあるならって思って」
「正直だね」
「そうかな?」
「うん。先輩たちはみんな、『絶対に欲しいっ』って勢いだったよ」
「ふうん」
マリナは、男子争奪戦の本戦に出ていた2年生、3年生の顔を思い出す。神峰先輩や双潟先輩はそんな感じに見えなかったけど、と思いつつ、思考を元に戻す。
「それで、どうやれば貰えるの? 天然精子」
「それは……マリナちゃんの家に着いてから説明するよ」
「そう? それなら急ごうか」
マリナは、ライブギアの両手両足のマニピュレーターを展開すると、セイジの身体をサッと抱き上げた。
「ちょ、マリナちゃん?」
「しっかり掴まっててね」
「マリナちゃん、ちょっ、危ないよっ」
「大丈夫大丈夫。行くよっ」
「わっ」
マリナはセイジを抱いたまま、家に向かって走り出した。セイジは落ちないように、マリナの首にしっかりとしがみついていた。
END
この後、17:50頃、あとがきを投稿予定です。




