038 最終戦初戦
「せ、先輩、どうしてあたしなんですかっ!?」
「そうです。わたくしよりも3年生の方が」
マリナとエリカは、指名したミコトに抗議の声を上げた。しかしミコトは柔らかく微笑んだ。
「いいえ、ここは2人が最善です。まず茅吹さん、あなたなら力押しも可能でしょう?」
「え? あ、はい、まあ……」
マリナの装備は、オーキス・リアクターの出力こそ2基合わせて1MWだが、オーキス・ブースターのお陰でアーマードギアのパワーは跳ね上がる。ミコトはそれを知らないはずだが、今日の闘いを見ていて察したのだろう。
「鷹喰さんも、その武器を使えば大抵の相手には勝てるでしょう?」
「……はい、多分」
百合華学園との戦闘が始まってから、エリカが長剣から持ち替えた2本の短剣。バトルロイヤルでもエリカが使ったその短剣の特性も、ミコトはモモカと闘いながら確認していた。
「だから、2人が最善なのよ。それに学年はまったく無関係ね。アーマードギアを使った戦闘経験なんて、1年生も3年生も期間は同じなんだから」
それもそのはず、ここ10年近く井久佐野高校では男子争奪戦はなかったのだから、在校生の中で学年による戦闘経験の差は皆無だ。
マリナとエリカが他の生徒を見回すと、ミコトの提案にみんな納得しているようだ。少なくとも、反対意見の出る様子は見えない。
2人は顔を見合わせてから、ミコトに向き直った。
「解りました」
「精一杯努力します」
「それじゃ駄目よ。必ず勝ってもらわなくちゃ」
にっこりと微笑むミコトに、マリナとエリカはたじろぐも、すぐにその視線を返した。
「はい。必ず勝利します」
「大船に乗ったつもりでいてください」
マリナとエリカは言い切ったが、その目は自信に満ち溢れているとは到底言えなかった。
「任せたわよ」
対してミコトは、自信に満ちた笑みで2人に頷いた。
××××××××××××××××××××××
ミコトとモモカが話し合い、最後の決戦は1対1の対戦となった。1勝1敗になった場合は、勝者同士での最終戦を行う。
「でも、2戦ともこちらが取るから、最終戦はないわね」
笑顔で言うミコトに、マリナとエリカは内心どんよりしつつ、いや、先輩がこれだけ信頼してくれているのだから応えよう、と思い直して奮起する。気持ちを落ち込ませていたら、勝てるものも勝てなくなる。
「1戦目は鷹喰さんね。よろしく頼むわよ」
「はい。あの、アドバイスを貰えるとありがたいのですけれど……」
「そうね。短期決戦、10秒以内に決めなさい。それを超えるとあなたの場合、色々と不味いでしょう?」
「10秒……ですか……。でも、長引くと不利なのは確かですね。解りました」
「頑張ってね」
エリカはミコトに頷き、マリナに微笑んでから、前に出た。
対戦する相手は皐月ナノカ。両手に長剣を携えている。
「悪いけど、叩き伏せさせてもらうわよ」
ナノカは右手の剣を鋭く振って、不敵な笑みを浮かべる。
「ギアを壊してしまうことになるでしょうけれど、ごめんなさい」
エリカもナノカを煽るように言う。ナノカがピクッと身体を震わせた。
エリカは両手の短剣の他、左腕に盾を装着している。メインウェポンの長剣は外して他の生徒に預けた。この対戦では不要と判断して。
ミコトのサブウェポンの短剣は、バトルロイヤルの時から装備している。あまり訓練していないために普段は長剣を使っているが、実はこの短剣の方が攻撃力は高い。
長剣をレーザー剣として使えば短剣の攻撃力を優に超えるものの、燃費が悪い。オーキス・リアクターが満水状態であればともかく、ここまでの戦闘で消費した状態での使用は危険だった。
(それでも、10秒で終われるなら問題ないのですけれど。長剣では10秒で決めるのは厳しいですし)
それに、ミコトはエリカの短剣の機能に期待しているようでもある。ならば、彼女の言葉を信じて短剣での短期決戦に挑もう、と覚悟を決めた。
開戦の合図は、副崎ネリイが務めた。彼女の武装の一つ、レーザー拳銃を空に向けて引金を絞る。
ビシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。
射線が現れると同時に、ナノカはエリカに向けて突っ込む。エリカは短剣を構えて迎撃の体勢。
ナノカが振り下ろした右手の剣を、エリカは左腕の盾で受ける。
バチッ。
電磁シールドが反応するが、ナノカは力任せに押し込んでいく。……と思いきや、そうして盾に意識を割かせつつ、左手の剣による攻撃。しかしエリカもその手には乗らず、右手の短剣を振り上げる。
振り下ろされる長剣と振り上げられる短剣、それにオーキス・リアクターの出力の差。だれが見ても、エリカが押し切られると思う場面。
2本の剣が交わる寸前、エリカの短剣の刃がブレた。そして。
キィンッ。
ナノカの剣が綺麗に切断された。
「え??」
ほとんど抵抗もなく武器を破壊された驚きで、ナノカの右手の力が弱まる。エリカは右手の短剣でナノカに斬り付け、ナノカは一瞬で思考を切り替えエリカから跳び退って距離を取る。
考える時間を与えまいと、エリカはナノカに肉薄、両手の剣を振るう。霞む刃がナノカを襲い、受けるのは危険だと判断したナノカはそれを辛うじて避ける。
エリカは足に力を込め、瞬間的にエネルギーの大部分を脚部に集中、離れたナノカとの距離を一気に詰めると続けて腕に力を込め、両手の短剣を勢い良く振り抜く。
ナノカはその攻撃を躱しきれず、剣で受ける。
キンッキンッ。
切断された剣先が宙を舞い、地面に突き刺さる。短くなった剣を構えつつ、ナノカはさらに後退するが、エリカは左手を振って短剣をナノカに向けて投擲する。
ナノカは身を捻って飛んで来る短剣を回避、それで一瞬、エリカから視線が逸れた。ナノカの行動を予測していたエリカはナノカの後ろに回り込み、躊躇うことなく右手に残した短剣で背中のオーキス・リアクターを切り裂いて、すぐに跳び退いた。
ナノカがエリカを振り返るが、そこまでだった。苦し紛れにジェネレーターに残ったエネルギーを使って半分の長さになった剣を投げ付けるも、盾で簡単に弾かれた。オーキス・リアクターを破壊され、エネルギー供給を失ったアーマードギアの動きはすぐに精彩を欠き、ナノカは敗北を宣言した。
「勝ちましたっ」
投げた短剣を拾って仲間たちのところへと戻って来たエリカは、笑顔でミコトに報告した。
「お疲れ様。良くやったわね」
「はい。次はマリナね」
「うん。エリカが勝ってくれたお陰で、気が楽になったよ。それにしてもその剣凄いね。どうなってるの」
「それはちょっと……」
質問に表情を曇らせたエリカを見て、マリナはピンときた。自分も同じなので。
「あ、いいよ、言えないことなら言わなくて」
「振動刃剣でしょう?」
ミコトが言った。エリカが口を開きかけ、固まる。
「あ、なるほど、それで斬れ味を上げているのか」
「詮索はここまでにしましょう。鷹喰さんも困っているから」
「はい。次はあたしですね。あの、先輩からのアドバイスは戴けますか?」
「そうね。茅吹さんは、短期決戦に拘る必要はないわね。もちろん、可能なら短期で済ませて構わないけれど。とにかく力押しで、ただしパワーに振り回されないように注意なさい」
「はい、ありがとうございます」
マリナはミコトに礼を言うと、グラウンドの中央へと出て行った。
(気は楽になったんだから、勝たなきゃね。エリカに負けてはいられないっ)
最後の対戦に向かいながら、マリナは気持ちを引き締めた。




