033 途中参戦
ギギャンッ。
勢い良く突かれた三叉の槍の攻撃を、鷹喰エリカは左手に装着した盾で逸らした。すかさず剣で相手に斬り付ける。相手は片手を支点にして槍を回転させ、柄でエリカの剣を跳ね上げる。
エリカはその勢いに逆らわず、やや左方向に交代する。エリカの後ろ右側から攻撃を仕掛けた百合華学園の生徒の薙刀が、空を切る。
「ちょっとっ、邪魔っ」
「アンタこそっ」
(……リアクター出力は大きくても、戦闘慣れはしていないようですね)
いがみ合う百合華学園の生徒たちを見て、エリカは冷静に分析する。跳び退いたエリカは足が地面を捕らえると、すぐに地を蹴って薙刀の生徒に斬りかかる。薙刀の柄で剣を受けられ、バチチッと電磁シールドが激しい音を立てる。
突き出される三叉槍を、エリカはバックステップで躱す。
(戦闘経験ではこちらに分がある……とは言っても2週間程度ですし、パワーはあちらがずっと上、おまけに武器にまでシールドを張りますか……仕方ありません、リーチは短くなりますが)
エリカのすぐ横で、ドガッと大きな音と共に地面が捲り上がった。コトナが地面を殴り付けたところだ。一瞬、百合華学園の2人が怯む。
その隙に、エリカは地中から現れた岩盤の陰に隠れ、剣を納めて盾の裏に仕込んだ2本の短剣を手にして、岩の反対側から姿を見せる。
エリカを見失っていた2人は、彼女の後を追おうとしたらしく岩に迫っていた。砂煙の中から飛び出たエリカは、三叉槍の相手に肉薄する。
エリカの姿に気付いた相手は立ち止まり、足を踏ん張って槍を横に薙ぐ。エリカは短剣を立てて槍の攻撃を受ける構え。
(もらったぁっ)
小さな短剣で長い槍の振りを受けることなどできまい、と百合華学園の生徒が思った瞬間、エリカの短剣の刃が霞む。電磁シールドのバチッという音が僅かに聞こえた直後、短剣は槍の柄を苦も無く切断し、穂先を失った槍はブォンと振り抜かれた。
「はぁっ!?」
「下がってっ」
エリカが勢い良く短剣を突く。しかし、相手の生徒は仲間の警告に従って後ろに跳び退き、エリカの剣閃を避ける。ビシュッと電磁シールドが反応し、アーマードギアの脇腹が僅かに抉られた。避けるのが遅ければ、脇腹に突き刺さっていただろう。
「やっ」
エリカに横から薙刀が振り下ろされる。エリカは左手を素早く上げて盾で薙刀を弾き上げ、相手の胸元に跳び込むと、右手の短剣を腹部に向けて突き出す。
相手は避けることなく、身体を強張らせて受ける構え。いや、咄嗟の動きができなかった模様。
その腹部に、刃を霞ませた短剣が突き刺さり、横に斬り裂かれる。
「きゃっ!」
「動かないでっ! 内臓が零れるよっ! 運営っ、担架願いますっ」
エリカに言われた相手は、左手で腹を押さえ、右手に持った薙刀を地面について身体を支えている。その彼女に背を向けて、三叉槍を破壊され距離を取った生徒に向き直るエリカ。
その背を見た彼女はフェイスプレートの奥で唇を噛み締めると、傷口から手を離して薙刀を両手で持地、後ろからエリカに襲い掛かった。腹部から血が噴き出るが、赤色が思いの外少ないのは、傷が浅いわけではなくアーマードギアが押さえているためだろう。
「このやろぉっ!」
「お馬鹿っ!」
後ろの動きを察知したエリカはすぐさま横に避けながら振り向き、素早く彼女の後背に回り込むと、腰に2基装備されたオーキス・リアクターを短剣で斬り払った。普段は索敵に使うオーキス・リアクター用のセンサーのお陰で、どこに装備しているかは一目瞭然だ。
「キャパシタのエネルギーが切れれば、もう闘えませんよ。諦めて、手当を受けてください」
「うっ、くうぅ」
膝から崩れ落ちる相手を見下ろ引導を渡してから、エリカは今度こそ彼女に背を向けた。三叉槍を持っていた女子は近くにはもういない。
エリカは周囲を見回して、不利な状況に陥っている井久佐野高校の生徒を見つけ、救援に向かう。
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男子争奪戦本戦の1回戦で敗北した大舘リツコは、控え室に戻ってアーマードギアを脱いだアンダースーツ姿で、控え室の壁のディスプレイに映される争奪戦本線を観ていた。そこへ割り込む、百合華学園の生徒たち。
あれよあれよと言う間に16対16の勝負の宣言を見たリツコは、すぐさまアーマードギアの装着を始めた。
「リツコ、また行くの?」
彼女に付き添っていた母が、不安そうに言った。
「もちろん。井久佐野高校に売られた喧嘩、引っ込んでなんてられないよ」
「でも、今更出て行っても、本戦で敗けたリツコには男子とお付き合いする権利はないんでしょう? それなら、わざわざ出て行く必要はないわよね?」
娘の身を心配して、母は言った。実のところ、争奪戦の予選から見てはいなくてもハラハラし通しだったし、本戦で敗北した時には『娘が大きな怪我をしなくて良かった』と胸を撫で下ろしたばかりだった。
そもそも、天然精子に頼らなくとも、人工精子で子を作ることは可能だ。着床率は低いが、受胎するまで何度でも注入すればいいのだから。
しかし、母の心配を余所に娘は首を横に振った。
「アタシを負かした相手に取られるなら構わないけどね、突然横から出て来た奴に掻っ攫われるなんて我慢ならないっ。あいつら、絶対にぶっ潰してやるっ」
「でも、1回戦目で水もそれなりに消費したでしょう? 補給もなしでは却ってみんなの足手纏いよ」
「水は半分以上残ってるし、足りなくなったら水道水でもなんでもいいよ。リアクターは傷むだろうけど、どうせ今日でおしまいなんだ」
断固とした娘の表情に、母は説得を諦めた。
「そこまで言うなら、止めないわよ。でも、怪我はしないようにね」
「多少の怪我くらい、平気だよ。手足がもげたって元通りになるんだから」
「それでも、リツコが苦しむ姿なんて見たくないから」
「はいはい。気を付けるよ」
アーマードギアの装着を終えたリツコが競技場のグラウンドへ続くドアに足を向ける。
と、リツコが出ようとしたのとは反対側のドアが勢い良く開いた。
「すみませんっ、これ、差し入れですっ」
「差し入れ?」
リツコは怪訝な表情で振り返った。母も、何事か、とノックもなく入って来た少女を見る。彼女の手には、金属のボトルが握られている。
「あ、すみません。1Aの匙真ミレイです。これ、少ないですけど精製水です。使ってください」
「それは助かるけど……なんで?」
「本戦に出た友達のお母さんが精製水メーカーに勤めてて、もう本戦を終わった人に持ってくよう頼まれました」
「助かる。その人にもお礼を言っといてくれ」
「お礼は百合華学園を撃退してからって言うと思いますよ」
ミレイは笑みを浮かべて返事とすると、ボトルを2本渡して出て行った。ほかの参加者に渡しに行ったのかも知れない。
リツコはオーキス・リアクターに水を満充填すると、今度こそグラウンドに飛び出した。母は、その背中を見守り、無事を祈ることしかできなかった。
戦闘はグラウンドの中央付近に寄っている。リツコも大剣を脇に構えてその中へ飛び込んだ。槍蔵キョウコが相手取っている2人のうち片方に剣を振り下ろす。
「アタシが相手してやんよっ」
ギギンッ。
相手の大剣がリツコの攻撃を受け止める。
「軽いねぇっ」
相手の剣が振るわれ、弾かれたリツコは後ろに跳ぶ。それをリツコの物と似たようなサイズの剣が追って来る。
ギギャギャッ。
ギンッ。
リツコは相手の剣を受け流し、続けて身体を回転させ、遠心力を上乗せしての横薙ぎ。ブオンッと風を切る音を立てて振るわれる剣を相手は後ろに跳んで躱し、間に合わないと見たか大剣を縦に構える。
リツコの攻撃は敵の剣に先だけ当たったが、それだけで相手は剣を弾かれる。
「くっ」
ザザッと音を立てて踏ん張った百合華学園の生徒に、コトナの追撃が迫る。逆袈裟に振り上げられる大剣を武器で受ける。リアクターの出力差もあり、リツコの剣は難なく受け止められる。
リツコはすぐさま剣を上段に構えて振り下ろす。それも相手は受け止める。続けて、弾かれた剣を横に構え、そのまま薙ぐ。それも防がれる。
大剣対大剣の激しい攻防が続く。しかし、対等に見えた剣戟は、徐々にリツコに天秤が傾いてゆく。いや、そもそもオーキス・リアクターの出力差にも関わらず対等に撃ち合っていられたのだから、最初からリツコに分があったと言える。これまでの男子争奪戦での戦闘経験の差か。
(くっそっ。こっちの方が出力は上のはずなのにっ)
次第に押され、焦る百合華学園の大剣使い。このままリツコに押し切られるかと覚悟したが、そこへ彼女にとっての援護が入った。




